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努力の天才と、理不尽な天災(ラッキー)

 第十層へと続く転送ゲートの前。そこには、俺たちの行く手を阻むように一人の少年が立っていた。


 燃えるような赤髪に、鍛え抜かれた肉体。背負った大剣には数々の戦闘の跡が刻まれている。


 彼の名は、高橋 はやて


 ギフト【剛力無双】を持ち、寝る間も惜しんで修行に明け暮れることで「若手ナンバーワン」と称される、努力の塊のような男だ。


「……お前が、噂の『転倒聖者』か」


 颯の声には、隠しきれない怒りが混じっていた。

 彼は蓮の前に歩み寄り、大剣の先を地面に突き立てる。


「昨日、俺たちが三日かけて攻略したレアモンスターを、お前は躓いた拍子に倒したらしいな。……ふざけるな。俺たちが積み上げてきた血と汗の結晶を、運なんていう不確かなもので汚してんじゃねえぞ!」


「いや、本当にその通りだと思います。申し訳ない……」


 俺が本気で謝ると、颯はさらに顔を真っ赤にした。


「その、弱者のふりをした態度が一番腹が立つんだよ! 実力があるなら堂々と戦え! 次のエリアの守護者ガーディアン戦、どっちが先に首を獲るか勝負だ。もし俺が勝ったら、そのふざけたパーティーは解散しろ!」


「ええっ、そんな勝手に……」


 困り果てる俺の横で、湊がニヤリと笑った。


「受けてやれよ、蓮。……お前の『実力』を見せるいい機会だろ?」


「湊、お前まで何を……!」


 その時、ダンジョンの天井から重厚なリズムが降り注いできた。


 今、世界中で再生されている、一人の青年がギター一本で駆け上がるような、力強くも泥臭い「努力と栄光」のヒット曲だ。


「ハッ、いいBGMじゃねえか。努力した者こそが勝つ。世界はそうできてるんだよ!」


 颯は曲に合わせ、爆発的なスピードでエリアボス『岩鉄の巨人ゴーレム』へと突っ込んでいった。

 彼の剣技は完璧だった。無駄のない動き、積み上げた経験に裏打ちされた一撃。ボスのHPが着実に削られていく。


「見たか! これが本物の力だ!」


 対する俺はといえば、もう帰りたくて仕方がなかった。


 あんな怖い巨人と戦うなんて無理だ。絶対に勝負に負けて、平和にパーティー解散したい。


「……よし、わざと負けよう。ここは、俺がカッコ悪く逃げ出そうとして失敗する形にするんだ」


 俺は「うわぁぁ怖いよー!」と情けない声を上げながら、出口の方へ向かって全力疾走(逃亡)を開始した。


 やる気はゼロ。むしろマイナスだ。

 ――しかし、その瞬間。【万象幸運】が牙を剥く。

 逃げ出した俺の足が、偶然にも地面から突き出していた「伝説の聖石」の角に引っかかった。


「ぎゃっ!? 痛っ……!?」


 そのまま派手にスライディング。

 だが、その滑り込んだ先には、颯が苦戦していたボスの「唯一の弱点」である右足の関節部があった。

 さらに、俺が滑った勢いで跳ね上げた小石が、偶然にも颯が放った全力の斬撃の軌道を変えた。

 

「なっ!? 剣が弾かれた!?」


 軌道が変わった颯の大剣は、ボスの頭部ではなく、天井に吊るされていた巨大な「氷結の鍾乳石」を直撃。

 

 ドゴォォォォン!!

 数十トンもの氷の塊が、ボスの頭上にピンポイントで落下。

 さらに、俺が転んだ拍子にポケットからこぼれ落ちた「ただの安物の油」に、颯の剣から散った火花が引火。

 

 急激な冷却と急激な加熱――ボスの岩の体は、物理的な限界を超えて粉々に砕け散った。


『ガガ……ッ!?』


 一歩も動かず、ただ逃げようとしただけの俺の足元に、ボスの魔石がコロンと転がってくる。


「……うそだろ」


 颯が呆然と膝をつく。


「今のは……あえて俺を囮にして、ボスの弱点に潜り込み、鍾乳石の落下位置を逆算して、さらに熱膨張による破壊まで計算したっていうのか……?」


「いや、逃げようとしたら転んだだけで……」


「……ふん、完敗だよ。お前ほどの天才が、あえて『臆病者』のロールプレイをして俺を油断させるとはな」


 颯は悔しそうに、しかしどこか晴れやかな顔で立ち上がった。


「佐藤蓮。お前は俺が一生かけて超えるべき壁だ。いつか必ず、その『完璧な計算』を打ち破ってみせる!」


 颯は一方的にそう告げると、風のように去っていった。


「……な、凪くん、今の見た? 俺、本当に何もしてないよね?」


「うん、見てたよ。蓮くんが、自分の身を挺してライバルに『格の違い』を教えてあげるところ」


 凪がトロンとした目で見つめてくる。


 紬も「……アンタ、あんな危ない戦い方しないでって言ってるでしょ! 心臓に悪いのよ!」と、怒りながらも心配そうに俺の服の汚れを払ってくれる。


 俺は、遠ざかる颯の背中を見送りながら、また一つ増えてしまった「無敵の英雄伝説」に、深い溜息をつくしかなかった。

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