第1章
ふと視線をうつした先。そこには見慣れぬ店があった。
「こんな店あったけ?」
いつもの帰り道。
もう一年もここを通りかかっているはずなのに、ぜんぜん気付かなかった。
だからと言ってこの店は新装開店といった風な真新しい感じは無く、むしろ時に忘れ去られたかのような古びた感じの店だ。
僕はその店を目の端に置きながら近くのバス停でバスが来るのを待った。
「ここじゃない?」
あるカップルの女性がその店を前に隣にいる男性に声をかけた。
「…」
男性の方は無言のままその店の外観を眺めている。
「入りましょう」
男性の様子に業を煮やし、女性は男の腕を引っ張るように中へと歩みを進めた。
僕はその様子を目の端にとめたままバスを待つ。
(遅いな…)
別に急いでるわけではなかったが、そう呟く。
あのカップルが店に入ってから十五分は経っただろうか、バスはまだ来ない。
(今日は五・十日じゃないんだけどな)
目の前の道路は混んでる様子はまったく無く、勢いよく車が走っている。
(…まあいいか。今日は塾も無いし、な)
そう自分に言い聞かせてバスを待つ。
あの店のこともちょっと気にかかっていたのでバスが来ないほうが都合が良い。
(何の店なんだろう…)
あたりが夕日に染まり、その店の木枠に小さなガラスが埋め込まれたドアも紅に染まる。
角度によってはその照り返した光がきらきらと光り、僕の顔を照らした。
(遅いな…)
今度はあのカップルに対してだった。
もうあれから一時間、僕はここに立っている。
喫茶店ならもう出てきてもおかしくないだろう。
バスが来るのももちろん遅い。
下町とはいえ東京で一時間もバスが来ないなんて考えられない。
ここのバス停は十分間隔でバスが行き来しているのだから尚更だ。
でも今日に限っては僕以外の乗客はいなかった。
学校を出るのが遅くなったとはいえ同じ学校の生徒も近所の会社員も今日はこのバス停でバスを待ってはいない。
でもこのとき僕はその点に気を止めてはいなかった。
通行人がいつもの通りにこの前を通り過ぎる事と、あの店の事が気になっていたからだ。
あれから一時間半が経ってようやくバスが来た。
だがあのカップルは結局その店から出てはこなかった。
(…)
そのままこのバス停で待っている訳にはいかないのでバスに乗り込む。
あんなに長い時間バスが来なかったのに、客はまばらにしかいなかった。
(?)
今日はなんだか変な感じだ。今まで通っていたはずの道にある、古ぼけた店。
1時間半も来ないうえに空いているバス。
僕はバスの椅子に腰掛けたまま外の景色を眺めていた。
もうあたりは紺色に染まっている。
足を速め歩いてゆく人の姿がバス越しに異世界の情景のようにぼんやりと目に留まる。
今、自分がバスの中にいてその情景を眺めている。
けれど足早に歩くその人物は僕のことなど気に止めるどころか存在さえも気づいていないのだろう。
そんな他愛の無い思いにとらわれている時、胸ポケットに入れた携帯が鳴った。
メールが届いている。
『桐野、バスの件大丈夫だったか?お前のことだからこのメールにも気づいてかないかもな(^m^)』
バスの件?
何の事だかさっぱりわからない。
一応他の着信メールを確認してみる。
『桐野~、お前が使ってるバス、操車場で事件があってしばらく止まるらしいぞ。俺の家にでも来て待つか?』
一つ前の着信メールにはそんな内容があった。
(またやっちまったか)
そう思いつつ返信メールを打つ。
『悪い、西村の予想通りだ(^_^;) ところで事件ってどんな?』
操車場で事件なんて、今まで聞いた事が無い。
気になって友人の西村に確認する。
『立てこもりだってさ。でも犯人が忽然と消えたってTVじゃ大騒ぎしてるぜ』
(返事早いな~)
西村の返信の早さに感心しつつ、事件のことも気になった。
立てこもりなのに犯人が消えちゃうってどういうことだ?
普通立てこもりなら人質とって何かを要求して人質を盾に出てくるってのが一般的だろ?
しかもTVで大騒ぎって事はその場所にはマスコミが駆けつけてたって事だろうし、そんな中で犯人はどうやって消えたんだ?
なかなか興味深い話に携帯のディスプレーを眺めつつ考える。
『今、犯人は二人組だったって操車場の人が話してるぞ。でも顔は隠していたから分かんないんだと』
ディスプレーにまたそんな新しいメールが表示された。
『連絡、ありがとな』
僕は返信ボタンを押すと、また事件について考えた。
早く帰って事件を報道するTV見たさに少し焦りながら。




