2話 登校
俺が通う高校は滑り止めとして有名な私立の高校。偏差値は中央値で考えると低いのかもしれないが、平均値だと思う。だって全校生徒が千人以上もいるのだから。
公立高校の全校生徒はせいぜい三百~四百程度だろう。二倍以上の差があるのだ。だから俺は多数派。俺は普通だ。
『俺が通う高校より偏差値の高い高校はその分いっぱいあるじゃん。』
黙れ。そんなことわかってんだよ。俺は出来損ないじゃないと慰めているだけだろ。水を差すな。
己を肯定する自分と現実を突きつける自分の喧嘩。この喧嘩に集中してか、イヤホンから流れてくる音楽は右から左だ。
まだ高校まで十分以上かかる。ダメだ、話題を変えないと気分が悪くなる。
面白い漫画……ない。最近ハマってるゲーム……ない。他に思いつくのは……勉強が嫌、登校が面倒くさい。暗い話題ばかりだ。
自分自身との会話ですら話題切れ。そら友達できないわけだ。
何もしていないわけではない。流行ってる漫画やアニメは視聴済み。話題のゲームも知っている。だが語れるほど好きではない。
『語るってことはファン?グッズもってる?布教してる?ガチのファンと会ったとき同じ熱量で話せる?』と常に自分が問いかけてくる。
いつも自分が自分の邪魔をする。そんな自分に腹が立つ。
「もうやめよう。自分は嫌いだ」
イヤホンから流れてくる音楽だけに集中する。流れてくるのはアプリが厳選した流行の曲。
わからない。
早口すぎて聞き取れない。歌詞の意味も分からない。
「これが最近の流行ねぇ…」
これが先進的な音楽なのだろう。社会がそう定めるのなら俺はそれに従うだけ。俺がどう思ったとしても変えられないのだから。
空を見上げる。
「雨降るなよ」
今日の天気はくもり。今にも雨が降りそうな空に怯えながら、ペダルを漕ぐ。
考えるのやぁーめた。自転車でイヤホン?しぃーらね。
早く学校着かないかな。
******
二年生指定の駐輪場に到着。自転車から降り、カゴからリュックを取りイヤホンをしまう。
自転車イヤホンが話題になってから、見られてないかドキドキするな。
「おはよう!」
ビクッ
後ろを振り返る前に違うところから声が返ってくる。
「おはよう!教室行こうぜ」
「その前に部室寄りたい。付いてきてくれん?」
「別にいいけど」
知らない人の会話に反応してしまった。
『自分のことだと思ったの?そんなわけないのに、自意識過剰乙』
うるさい。
「顔熱ッ…」
顔が真っ赤になる前に、発してしまった一言に反応される前にここから退散しなければ。
いつもよりも慌て気味にリュックを背負い、自転車の鍵を閉める。
慌てているせいか鍵を抜くのに手こずってしまう。
恥ずかしさに薪をくべられた気分だ。
顔を上げ誰にも見られていないか確認する。誰もこちらを見ていない。一人で教室に向かう者、友達と共に登校してきた者。彼ら彼女らの視界に自分は映っていないのだろう。
それはそれで悲しい。そんなことを思いながら駐輪場を後にする。
昇降口で上履きに履き替え、二年生の教室がある三階へ向かう。
朝から階段を上るのはしんどいけど教室からの景色がいいから許してしまう。授業中の暇つぶしになるからね。暇つぶしの種とは偉大である。
そんなことを考えながら、ある人達を目で追ってしまう。駐輪場から一人で向かった生徒達だ。
俺が目を付けたのは二人。人が隣で歩いているの無言。気にした様子もない。俺含め三人そろって一人だ。
一人で教室に向かうってことは同類かな?
『そんなわけないだろ』
まだわからないだろ!
『学校生活で常に一人の俺たちと一緒にしたら失礼だ!』
違う!こいつらもボッチなはず! 類が友を呼んだんだ!
『じゃあ友達になるの?そんなことできないくせに』
本日二回目、自分相手の口喧嘩。自然と二人を追う目に力が入る。
その視線に気づいてか、一人が後ろを振り返り俺と目が合う。
ヤベッ、見てるのバレた。
俺は目を反らし、必死に前を向いていたら偶然目が合ったフリをする。
バレないように必死になっていたら後ろから階段を上る足音が聞こえてくる。
「佐々木じゃん。おはよう!今日早ない?」
は?
さっきまで俺を見ていた生徒が階段を上ってきた生徒に話しかけられる。
「みっくんおはよう!俺はいつもどおりだよ。みっくんが早いんじゃね?」
なにぃー!あだ名、あだ名だとー!
「今日は早起きに成功したからな!」
「起床に成功も失敗もなくない?」
『ほらな』
なにがほらなだ! お前も俺なんだぞ! この勘違いも恥ずかしさも共通だろ!
いいや違うか。お前も俺ならそんなわけないと思いながらつまらない日常に色を付けようとしたんだ!
『日常がつまらないからって、一人二役するって…』
………
「悲しくなってきた」
仲良く会話していた佐々木とみっくんが声に反応してこちらを振り向く。
……はぁ、萎えた。でも最後までやりきる。
先に行ってしまったもう一人を追うために早歩きでその場を後にした。
「なんかいってた?」
「さぁ?」
「それより今日席替えじゃね、楽しみー」
「俺は嫌かな、今の席好きだし」
会話の途中で入ったノイズなど一瞬で忘れ普段の会話に戻っていく。
日常におけるノイズなどその程度。気にしても仕方ないのだから。
******
いた。
階段を登り切り教室があるフロアで目を付けたもう一人の生徒を見つける。
佐々木とは違いいまだ一人、歩く姿は少し猫背ぎみ。
猫背というだけでボッチ感がでる。これは期待が持てそうだ。
期待が持てないのは俺のほう。さっきので結構萎えている。コイツが同類だとして、心の底から喜ぶことが出来るだろうか?
その逆だった場合悔しがることが出来るだろうか?
正直どっちでもいいと思ってしまう。ただやりきらなければならないとは思う。自分で始めたこともできないのかと自信を無くしたくない。
自分の考え、自分の覚悟が決まる前に猫背の生徒が教室に入っていく。
隣の教室なんだ。
少し歩く速度を緩め、教室の中をのぞきながら自分の教室に向かう。
猫背の生徒は教室の廊下際にある自分の机にリュックを置き、そのまま教室の隅で窓の外を眺める生徒に話しかける。
「今日の放課後予定ある?」
「ないよ、APEXの誘い?」
「二日連続はキツいか」
「マジで!」
あぁ~あ。予想がハズれた悔しさも湧かないや…。
自分の教室に入り、窓際の一番後ろにある自分の机に向かう。
リュックを机のサイドフックに掛け、椅子に座る。窓の外を眺めるがあまりいい景色ではない。
雲で太陽が隠れ、朝なのに夕暮れのように暗い。地面から空までコンクリート色一色。
今だ会話はゼロ。さっきの猫背の生徒も俺とは違った。会話は聞こえなかったが楽しそうだった。
そんなヤツを同類にするなんて俺にもアイツにも失礼だ。こっちにもプライドがある。
朝から友達と会話?同類なわけないだろ。ふざけるな。
底辺であるプライド。守っても仕方がないプライドを守っている。とてもみじめだ。
朝から自分を嫌いになってばっかりだ。自分以外にヘイトを向ける必要がある。そうしないともっとみじめになりそうだから。
そんなゲスな考えを持ちながら教室に飛び交う会話に耳を傾け、ヘイトを向ける相手を探す。
「唯、宿題やった?」
「お!mーやbい!やo-xrと!」
「俺徹夜明け、お前はいっぱい寝れてうらやましー」
「宿題?やったよ。京ちんは?」
「徹夜自慢ウザ」
「!それuiju!我慢でki!それやb-!」
しょうもない会話。面白くない会話。聞き取れないがうるさい会話。
テレビで見ている芸人より面白くない人達。そう見下すと同時に、何も話していない俺はそれ以下だと理解する。理解してしまう。俺もなれるのだろうか? 友達と楽しく会話する存在に。
みっくん、京ちん。親しみを込められたあだ名。
あだ名までとはいかずとも、名前で呼び合う仲の友達は俺にできるのだろうか?
俺の名前は佐藤無我。
むっく、とまではいかずとも無我と呼んでくれる人はいるのだろうか?
受け身のままではできない。自分で行動を起こす必要があるのは知っている。だが「名前で呼び合える友達」が景品ではやる気が起きない。
その友達がお金をくれるなら動くのだろうか?
うごかないんだろうな。
窓の外を眺めていた視線を教室へ向ける。
俺がつまらないと断じた会話をする人達はみんな楽しそうにしている。会話を日常を人生を。
全てをつまらなそうにしている俺とは違う。
外が暗いせいなのか、蛍光灯が普段より明るいからなのか、理由はわからない。
だが、みんなが輝いて見える。
「うらやましい」
誰にも聞こえないほど小さい声で、つい本音が漏れる。
反応はない。
小さい声のせいなのか、周りの音がうるさいせいなのか。
知っている。
何もしない俺に興味がないのだ。
誰も。




