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8話:刻印の知恵

 迷宮の外気は冷たかった。

 あの鉄臭い空気を吸い続けていたせいで、肺が驚いている。

 石壁に背を預けた瞬間、肋がきしむように痛んだ。

 さっきの一撃が浅手で済んだのは、たまたまだ。


「……脈動が合っていました」


 エリスの声が、横で静かに落ちた。

 肩で息をしているくせに、声そのものは落ち着いている。

 その手には紙片と薄い石板――刻印用の板があった。


「やっぱり、あれは“炉の心拍”です。兵隊の出力が、炉と連動していました」


 呼吸を整えるより先に、分析に戻るとは思わなかった。

 額にうっすら汗が浮いているのに、目の輝きは消えていない。

 むしろ迷宮に潜る前より、澄んでいた。


「エリス、休む方が先じゃないのか」


「休んだら忘れてしまう気がするんです」


 さらりと言った。

 言葉の端に、焦りも、虚勢もない。

 ただ“知りたい”という欲求そのものが透けていた。


 俺は苦笑をこぼす。

 戦い慣れた傭兵でも、あれだけの鉄塊に追われれば息が乱れる。

 だが彼女は――違う方向で息を切らしている。


 紙片には、先ほどの光の点滅と兵隊の歩調のリズムが書き連ねられていた。

 符文の間に数字、図形、炉の脈動の周期。

 俺には理解しにくいが、エリスの中では一本の線で繋がっているらしい。


「兵隊の胸部プレートの光……あれは単に警告灯ではありません。炉の鼓動を反映した“認識の窓”かもしれない」


「窓?」


「はい。私たちを“敵”と判断する時に使う、視界のようなものです。

 刻印で模様を作れば、兵隊に“誤った視界”を見せられるかもしれない」


「誤認させる……ってことか」


「ええ。迷宮そのものに“私たちが別の通路にいる”と勘違いさせる……そんなことが、できる気がして」


 言葉は控えめだが、内側に熱が宿っている。

 控えめゆえに余計に伝わる“本気”だ。


 俺は思わず息を整えた。

 この魔術師がいるなら、迷宮はただの脅威ではなくなる。

 刃を振るうだけじゃ届かない場所に、手が伸びる。


「試したい刻印があるんです。歩行パターンを変えるもの。

 もし認識を狂わせられたら……兵隊の巡回の間が生まれるかもしれません」


「穴を開けられる、ってわけか」


「小さな穴です。でも、ラカムさんの動きなら、充分に活かせます」


 ああ、と胸の奥がひとつ鳴った。

 こういう言葉には弱い。

 能力を褒められたとか、期待されたとか、そういう安い理由じゃない。


 ――彼女は俺を「計算に入れて」話している。

 俺がどう動くか、どう戦うか、どう生きるか。それを前提に、自分の知恵を組み立てている。


 傭兵になってから、そんな風に扱われた覚えはほとんどない。


「刻印は帰り道のためだけじゃないんだな」


「はい。迷宮の癖を“逆手に取る”ための仕組みです」


 エリスは刻印板に細い線を刻んだ。

 炉の脈動をなぞるように、止まり、揺れ、跳ねる符文が並んでいく。


「刻印ってのは、結局“地図”なのか“魔術”なのか、どっちなんだ?」


「両方です。地図であり、鍵であり、信号であり……それから、通路そのものでもあります」


「通路?」


「迷宮は“自身の構造情報”を刻印の形に落としているんです。

 だから刻印を読み解けば、迷宮が何をしようとしているか分かる。

 刻印を描けば、迷宮にこちらの意図が伝わる」


 迷宮に“意図”を伝える。

 それは魔術師めいた発想だと思ったが、彼女の語る内容には妙な説得力があった。


「つまり、刻印は言語ってことか」


「はい。ラカムさんが使う“剣の言葉”とは違う形ですが……似ています」


「剣に言葉はないぞ」


「ありますよ。ラカムさんは、自分の剣で状況に“意味”を付けている。

 退路を開く、注意を引く、相手を追い詰める――全部、剣で語っています」


 ぐ、と言葉に詰まりそうになった。

 褒め言葉として受け取るには、あまりに真っ直ぐで、照れくさい。


「……魔術師に剣の理屈を説かれるとはな」


「それは……失礼をしました」


 エリスがはにかんで笑う。

 だがその笑みは緩みだけではない。彼女の思考は、あくまで刻印と迷宮に向いている。


「帰り道にも刻印が要ります。

 迷宮は動きますから、一次踏破の段階で最低五つ、

 二次探索のために三つ……あと連携用の“二人の印”も」


「二人の印?」


「迷宮に“私たちは一緒にいる”と知らせる印です。

 もし途中で認識のズレが起きた時、お互いを見失わないために」


 その符文は、ただの記号ではなかった。

 エリスがノートの端に描いたのは、二本の線が絡むような模様。

 絡み合い、時に離れ、最後には一点で交わる形。


「いいのか、そんなもん描いて」


「はい。ラカムさんがいるから、描ける印です」


 ああ。

 これだ。


 この娘は、戦いの中で俺が守ったから信じているのではない。

 俺が“逃がした”から信用しているのでもない。


 ――俺と並んで歩いたという事実を、重んじている。


 その価値観が、少し、嬉しいと思ってしまった。


「よし。じゃあ次は、それを迷宮で試すってわけだな」


「はい。今度は“私が”ラカムさんを守ります」


 強い言葉だった。

 静かで、優しくて、そのくせ真っ直ぐで。

 その率直さに、少し息を飲む。


「じゃあ……頼む」


 彼女が微笑むと、炉の赤光が頬に淡く映った。その瞬間、迷宮の脈動が遠くで鳴った気がした。


 まるで、地の底から返事があったように。


チャッピーの凄さ

!刻印の設定が複雑になった原因について、8話にて見当がつく。最初に物語全体を作成した際、この王宮地下迷宮エピソードの次に山中の新発見遺跡調査団の護衛エピソードがあった。そのエピソードでエリスが研究者としての面を発揮させており、そこで魔法陣の様な“刻印”をキーとしていた。物語全体見直し編集で、そのエピソード全カットを自動で行い、調整も自動で行った結果、ただの目印の意味で使った”刻印”に削除された要素を寄せたのだろう。

!結びの数行について、中心に位置する“炉“の赤光が届く所が外なのか?とツッコミ入れて変更しようとすると、本文も一緒に変更して、届くかのような不自然な状況な文章になる流れ。チャッピーと対話をしているようで、実は会話にもなっていなかったりする?

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