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6話:迷宮層の“刻印”と赤い炉

 王宮の地下へ降りる階段は、まるで深海へ沈む梯子のようだった。

 灯りが吸い込まれるほどの闇。冷えた石壁。

 そのすべてが、俺を歓迎していないのが分かった。


 エリスは階段の途中で立ち止まり、息を整えた。

 緊張している――しかし怯えてはいない。

 彼女の肩越しに見える横顔は硬く、だが芯は折れていない。


「……迷宮に入る前に、一つだけ言わせてください」

 その声は小さいが、氷に閉じ込めた炎のようだった。


「怖くないと言えば、嘘になってしまいます。

 でも……それでも、進みます。刻印を持っているかぎり」


 俺は返事をせず、ただ見つめた。

 小柄な身体に宿っているものは、魔術でも学問でもなく――

 静かに燃える意志 だった。


 理由がどうあれ、こういう奴は強い。

 俺がどれほど戦場を潜り抜けても持てなかった“何か”を持っている。


 だからこそ、胸が少しざわついた。


 ――切り捨てられる可能性は、高いってのに。

 なぜ、彼女は歩みを止めない?

 なぜ、俺は一歩を踏み出す?


 まだ答えはない。

 迷っている俺より、彼女の方が未来を見ていた。


「怖ければいいさ」

 俺は短く言った。

「怖いと思える奴の方が、よく生き残る」


 エリスは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに柔らかい笑みを浮かべた。

 それは迷宮の闇とは真逆に灯る、静かな光だった。


「ありがとうございます。

 では……行きましょう、ラカムさん」


 その声は小さいのに、なぜか俺の迷いを少し押し流した。

 言葉ではなく体温で支えるような、そんな響きだった。


 俺たちは歩みを再開した。


 階段を降りきった先は、広い石造りの回廊だった。

 壁には古代文明の名残らしい金属配管が走り、

 薄く赤い光が……奥の奥から、鼓動のように漏れ出していた。


 赤い炉。


 噂の“脈動”は本当だった。

 迷宮は死んでいない。まだ呼吸している。


 刻印を取り出し、壁へ触れる。

 エリスも同じように術式の線を確かめた。


「……見えますか、ラカムさん」

「刻印の癖か?」

「はい。通路の“動き方”が分かります。

 迷宮そのものが、呼吸するように作り変わっている」


 彼女の指先は震えているのに、声は震えていない。

 恐怖を押し込めて平静を保つのではなく、

 恐怖を抱いたまま前に進む意思の強さ を感じた。


 俺はその横顔を見ながら、自分の胸の奥を探る。

 さっきまでの問いが、また頭をもたげる。


 ――切り捨てられると知りながら、なぜ俺は踏み込む?


 俺の答えの無さとは対照的に、エリスの足取りは迷いがなかった。


「ラカムさん、奥の光……先行した兵隊が、まだ活動している可能性があります」


「ああ、音がする。金属が擦れる……動く前の息みだ」


「作戦通り、刻印を残しつつ進みましょう。

 戻る道を絶対に失わないために」


 刻印を刻むエリスの手は、驚くほど丁寧だった。

 戦場の“帰り道”を自分で掘るような覚悟がにじんでいた。


 その背に視線を置きながら、俺は不思議な感覚に襲われた。


 ――もしここで俺が死んでも、エリスはきっと進むだろう。

 ――そして、生きて帰るかもしれない。


 自分の死を思ったはずなのに、胸が妙に温かかった。


 理由のない決意が、形になり始めているようだった。


 赤い光が近づき、空気が熱を帯びてくる。

 金属音が規則的になり、まるで心臓の鼓動のように回廊を震わせる。


「ラカムさん」

「なんだ」

「……ありがとうございます。ここまで一緒に来てくれて」

「そりゃ依頼だからな」


「いいえ。依頼以上の覚悟を……あなたは最初から持っているように見えます」


 思わず息が止まった。

 俺が見透かされるとは思っていなかった。


 ――違う。俺は答えなんて持っていない。

 持っていないはずなのに。


「……行こう。炉の音が変わった」


 エリスは頷き、再び歩き出した。


 後に、その背中が、俺にとって一つの“答え”になりつつあったことに思い至るのだが、今はただ“暗闇の中でも、なぜか鮮やか見える”と感じただけだった。


 暗闇の奥で、鉄の兵隊が動き始める音がした。


 迷宮は、俺たちを飲み込む準備を整えていた。


チャッピーの凄さ?

!刻印は、自動修復的な機能があっても、しぶとく残るよって感じの目印で登場させたのだけど、魔術的なナニカがプラスされた取り扱いに変わった。

!500字も無かった迷宮雰囲気シーンが、関係性の演出お願いで約3倍へ加筆して1話分にしてくれました。

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