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5話:魔術師エリスとの出会い

 港に夜風が吹いていた。潮の匂いは湿っているのに、どこか鉄の味がする。

 王都は陽が落ちても眠らない。酔いと欲望と密謀の火が、灯りと共に揺れるからだ。


 〈赤い帆〉の看板は海風で軋み、かすかに鳴いていた。

 喧騒の外側に、静けさの膜が一枚かかったような空間。

 俺にはそこが、王宮よりも正直な場所に思えた。


 扉を押すと、潮と酒と古い木の匂いが流れ込んだ。

 客の笑い声は荒く、椅子を引く音は喧しい。それなのに――

 なぜか一人だけ、嵐の中心のように静かな存在がいた。


 小柄な女が、窓際の席にいた。

 杯にも触れず、手元の紙片に刻みを落としている。

 その仕草は丁寧で、筆圧はわずかに震え、だけど迷いはなかった。

 火を抱えたまま、炎上させるのではなく、灯火として燃やす者。


 魔術師――エリス。


 俺は深く息を吐いた。

 切り捨てられると知りながら、なぜ踏み出す?

 自分に問い続けても、答えはまだ霧の中だ。

 それでも歩き続ける足は止まらない。理由が無くてもだ。


 エリスが顔を上げた。瞳は湖面のように静かで、底の熱だけが透けて見えた。


「あなたが、ラカムですね」


 声は柔らかかったが揺れていなかった。

 まるで――俺の迷いの代わりに、前へ進もうとしているようだった。


「そうだ。迷宮層の依頼だろう」


「ええ。私も王宮から言われました。あなたと同行し、刻印を扱い、可能なら……」


「鉄の兵を止める」


 彼女は小さく頷いた。

 あどけない輪郭なのに、決意の温度は俺より明瞭だった。


 席に腰を下ろす。俺はまだ、自分の中の答えを見つけられずにいる。

 なのに彼女と向かい合うだけで、少しだけ――考えるより先に息が楽になった。


「あなたは、怖くないんですか?」

 エリスが唐突に言った。


「何がだ」


「迷宮。王宮。古代兵器。……任務そのものです」

 彼女の指先はわずかに震え、けれど握りしめるように止まった。

 怖いのではなく、“怖さを認めた上で前に踏み出す強さ”の震えだった。


 俺は答える代わりに、視線だけで店の奥を示した。

 酔った傭兵たち、乱暴な歌、刃物と酒の匂い。

 どこにいても死は近い。迷宮でも、酒場でも。


「怖いとか怖くないとか、俺は考えたことがない」


「それは……強いですね」


「違う。考えたところで、答えが出ないだけだ」


 そう呟くと、胸の奥が鈍く疼いた。


 切り捨てられる未来が見えている。

 それでも俺はその扉を開く。

 理由は言語化できない。ただ、流れに従うように足が動く。


「そういう強さは、私にはまだありません。」

 エリスはゆっくり言った。

「だから、学びたい。あなたの傍で」


 その言葉は、火の粉のように胸に落ちた。

 理由も確証もない。だが――踏み出す理由になり得る。

 誰かが俺の背中に焔を灯した、そんな感覚があった。


「刻印は持っているか?」と俺は問う。


 エリスは胸元から丁寧に彫られた木札を出した。

 仲介人からもらったそれに、彼女はさらに細かい線を二本加えている。

 ただ刻むのではなく、意味を付与している。


 俺は思わず口角を上げた。


「魔術師の刻印ってやつか」


「ええ。帰るための道を“覚える”だけじゃ足りない。

 戻るための意志を刻まなければ、迷宮には勝てません」


 その断言は、若いのに重かった。

 俺より傷が少なく、だが俺より真っ直ぐだ。


「準備はもういいか?」


「はい。行けます」


 彼女の返事は迷いがなかった。

 俺の迷いとは対照的で、それが不思議と心地よい。


 立ち上がり、扉へ向かう。

 背後で揺れる灯りが、俺たちの影を二つ並べた。


 ――理由はまだ見つからない。

 だが、この影が二つである限り、俺は前に行ける気がした。


「行こう。迷宮層へ」


 エリスは静かに微笑んだ。

 その笑みは、剣よりも俺の背中を押した。


 そして俺たちは、赤い帆を後にした。


 迷宮は息を潜めて待っている。

 その奥底で、血と鉄と火の脈動が呼んでいる。


チャッピーの凄さ?

!最初に話しを作った際は、王宮での交渉で「魔術師」をサポートにつけるやり取りにして、設定は考えていなかった。〈赤い帆〉で合流とだけ決める。魔術師の設定を丸投げでお願いすると、女性魔術師“エリス”が登場。「なぜ女性?」と思いつつも、そのままにしてしまう自分がいた。

!話し全体が出来て編集をお願いしたら、あたかも1話から“エリス“が設定されていたかのように調整され、ビックリ。

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