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29話:学匠ギルドの闇

明日2026年01月01日 00時00分〜20分にかけ、30話〜32話(最終話)を連続投稿します。

 学匠ギルドという場所は、いつも静かだ。


 本があり、紙があり、数式と符文があり、

 そして――権力がある。


 剣戟の音も、怒号もない。

 だが、ここで決まったことは、戦場より多くの命を左右する。


 俺はその建物を、少し離れた通りから眺めていた。

 正面から入る気はない。

 今日は“観る側”だ。


 ヴァロス卿との約束は、順序がある。


 まず、二つの証拠。

 それが揃えば、議会は動き、学匠ギルドは動き、

 そして――ルデラン卿は、椅子から落ちる。



 一つ目の証拠は、帳簿だ。


 灰色商会の契約帳簿。

 商会と、議員と、学匠ギルド内部の金の流れ。


 それは俺の仕事だった。


 夜の裏道、封蝋の割れた扉、

 守りを任された荒事屋の死体。


 その過程に語る価値はない。

 俺は刃で開き、刃で閉じただけだ。


 帳簿は重かった。

 紙の束の重みじゃない。

 名前の重みだ。


 そこには、学匠ギルドの“顧問研究費”という名目で、

 不自然な金額が流れ込んでいる記録があった。


 送り主は灰色商会。

 受け取り先は、複数の研究部局。


 そして――最終承認者の欄。


 ルデラン卿。


 疑いは、これで“形”になる。



 二つ目の証拠は、もっと厄介だった。


 帝国との繋がり。

 灰色商会が、帝国の使者――カイエンと繋がっていた証。


 これは、刃では取れない。


 書状。

 符号化された往復文。

 学術交流という名目の、技術供与。


 それを掴んだのは――俺じゃない。


 気づいた時、俺は声を出さず笑っていた。


「……やられたな」


 学匠ギルド内部。

 研究棟の一角。

 夜更けにも灯る小さな魔導灯。


 そこにいたのは、エリスだった。


 白衣の袖を捲り、指先に符文の残光を宿しながら、書類の束と向き合っている。


 俺は影から、気配を殺したまま見ていた。

 声は掛けない。


 彼女の前には、帝国語と古代文字が混ざった文書。

 表向きは学術論文の草稿。

 だが、その行間に、明確な“指示”がある。


 ――実験炉の再現条件。

 ――機械兵制御系の要点。

 ――提供先:灰色商会経由、帝国学術局。


 ……なるほど。


 ルデラン卿は、学匠ギルドを売っていた。

 金と地位のために。

 帝国と繋がり、王国の学問を横流しして。


 そして、エリスはそれを――

 自分で掴んだ。



 エリスは、俺に相談しなかった。


 助けを求めなかった。

 剣を欲しがらなかった。


 代わりにやったことは、研究者として、学匠として、真正面からの“対抗”だった。


 彼女は、研究室の名簿を洗い、論文の査読履歴を洗い、資金の流れと実験結果の差異を突き合わせた。


 誰が、どの段階で、どの情報を持ち出したか。

 どの論文が、不自然に評価されているか。

 どの研究が、帝国側で先行しているか。


 剣はいらない。

 血もいらない。


 必要なのは、理屈と、証明と、粘り強さ。


 ……研究者馬鹿め。


 俺は思わず、苦笑していた。


 俺が影で刃を振るっている間、彼女は光の下で、同じ相手と戦っていた。


 自分の成果を、

 自分の責任で、

 公に役立てるために。


 汚れ仕事も、危険も、「必要なら引き受ける」と言わんばかりの背中。知ったら、俺のやっていることに、迷わず並んでくるだろう。


 だからこそ――

 知られない方がいい。



 証拠は揃った。


 一つ目。

 灰色商会とルデラン卿を繋ぐ、金の帳簿。


 二つ目。

 帝国と学匠ギルドを繋ぐ、技術供与の書状。


 どちらか一つなら、言い逃れはできた。

 だが、二つ揃えば話は別だ。


 ヴァロス卿は、動いた。


 議会に提出された資料は、簡潔で、冷酷だった。

 感情論はない。

 あるのは事実だけ。


 ・議員による不正な資金受領

 ・国家学術資産の国外流出

 ・帝国との不透明な関係


 結果は、早かった。


 ルデラン卿は、評議会の場で釈明を求められ、

 答えられず、

 そのまま――失脚した。


 議員辞職。

 身柄拘束。

 捜査対象。


 学匠ギルドは、暫定的に、

 ヴァロス卿の監督下へ移された。


 表向きの理由は、“浄化と再編”。


 実際の意味は――

 灰色商会と帝国の手が、ここから切れたということだ。



 その夜、俺は屋根の上から、

 学匠ギルドの灯りを見ていた。


 静かだ。

 だが、確実に空気が変わっている。


 エリスの研究室の窓にも、明かりがあった。


 彼女は、きっといつも通り、

 次の式を書き、

 次の実験を考えている。


 自分が、どれほどの政治的爆心地を踏み抜いたかも知らずに。


「……強いな」


 思わず、声が漏れた。


 俺は剣しか持たない。

 彼女は、知を持つ。


 どちらが欠けても、ここには辿り着けなかった。


 ヴァロス卿の言葉を思い出す。


 ――問いは、いずれ形を変える。


 ああ。

 確かに、変わり始めている。


 俺が踏み込む理由は、もう“噛まれたから”だけじゃない。


 そして次は――

 政治の裏から切り離された今、逃げ場を失った灰色商会そのものだ。

 

チャッピーの凄さ

!当初、ラカムのスネイク的潜入描写話で行こうと思ったのを、エリスのただラカムの行動を知らずに研究しているのでは無い描写をしてという指示で、この話を生成してくれたので、こちらを採用してみました。

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