21話:灰色商会の影
夜明けの海風は、戦の匂いを洗い流すには冷たすぎた。
盗賊団の船は傾いてはいたが沈んではいない。
俺が沈めたのは盗賊たちの逃げ道と、連中の希望だけだ。
船内を調べたとき、見つけたのは、積み込まれていた箱の鉄板の裏に刻まれた奇妙な線。
灰色商会の印章でも、どこかの傭兵団の紋章でもない。
もっと古い、古代設備の残影に近い。
――迷宮の壁で見た刻印に、形が似ていた。
盗賊どもは知らずに、その刻印の付いた箱を扱っていたのだろう。
村を狙っただけではなく、“試験搬送”の経路に利用したのか…
(やっかいな話になってきたな)
俺は砂を払って村へ戻った。
◆
村人の目は、もう俺を“助けてくれた外から来た傭兵”とは見ていなかった。
恐れている。
怒りは盗賊へ向くが、その処理をした俺という存在も、同じ破落戸の延長として見ている。
村長の小屋で挨拶を受けたが、老人の声にも微かな震えが混じった。
「……村は救われた。感謝している。本当に、しているのだがな」
「分かっている。感情と理屈は別でしょうよ」
「恐れているのだ。村人たちは。
あんたのように外へ出られぬ我々とは違い、あんたは“明日に消える”のだからな」
俺はため息をひとつだけ落とし、余計な言葉を置かず外へ出た。
村は守られた。
だが、平和の代償として、村人は俺を見る目を変えた。
それで構わない。俺の稼業だ。
(……エリスには見せられんな)
胸の辺りが鈍く疼く。
あいつは、戦場の泥を厭うタイプじゃない。
危険も、汚れ仕事も、研究のためなら平然と踏み込む――静かな狂気がある。
盗賊を皆殺しにした俺のやり方を見れば、迷わず助けようとする。
だが、それでも。
エリスは“研究を正しく役立てるために動く研究者”だ。
俺とは違う歩き方をしている。
(だからこそ……巻き込みたくない)
そう思いながら、裏市場へ向かう足だけは止まらなかった。
◆
王都の裏市場は、夜明け前でも生きている。
静かな喧騒、押し殺された声、酒と血の混じる匂い。
この街のもう一つの心臓だ。
仲介人は、例の壊れた噴水の前で木箱に腰掛けていた。
「よう、ラカム。噂は届いてるぜ。盗賊、全滅だってな」
「流石耳が早いな。仕事をしただけだ」
「仕事ねぇ……まあいいさ。座れ」
仲介人が机の下から紙片を出す前に、俺は船で見つけた刻印の話をした。
仲介人の顔色が、いつもより一段だけ真面目になる。
「……迷宮で見たやつに似てるって?」
「ああ。形の流れが“同じ系統”だ」
「それは……灰色商会どころじゃ済まねぇな」
「どういう意味だ?」
「古代設備の“鍵刻”に近い。
迷宮を再起動させるための動力線の一部かもしれん」
嫌な汗が背中を滑った。
迷宮の“鍵刻”――
もし盗賊が扱っていた箱が、古代設備の動力線に関わるものなら。
灰色商会は古代兵器そのものへ手を伸ばしている。
(エリスの研究も……狙われて当然か)
エリスは魔術師というより研究者だ。
あいつの論文は、魔術と古代技術の“境界”に踏み込んでいる。
灰色商会と帝国が欲しがらない理由がない。
「で? エリス嬢には、なんて言った」
「……剣が必要なら呼んでくれ、とだけ」
「ふぅん……“港の剣は守る相手を決めた”ってわけだ」
「……俺はただの傭兵だ」
「依頼されてもない相手のために、盗賊全滅させて漁村を守り、その足で灰色商会追っている……確かに”ただ”の傭兵だな」
「揶揄はやめろ」
「事実さ」
仲介人は薄笑いを崩さず、机に地図を置いた。
「これは港の倉庫街の図だ。
灰色商会は“第七倉庫”を押さえてる。
古代金属の管理帳簿はそこにある可能性が高い」
「カイエンは?」
「“女主人の宿”だ。
護衛が三人。動きは早い。
おまえが盗賊を潰したせいで、証拠隠しに走ってる」
「俺のせいじゃないだろ。元から悪さしてんだ。証拠になるもんは隠すだろう?」
「はいはい。
ところでラカム――エリス嬢は研究所に籠ってる。
彼女の研究、だいぶ進んでるそうだ」
胸の奥で、何かがひやりとした。
「……あいつは研究者だ。俺がどう動こうが関係ない」
「関係あるさ。
迷宮の鍵刻、古代設備、灰色商会、帝国……
“全部”エリス嬢が進めてる研究と繋がってる」
「だからこそ、関わらせない。
あいつは前に出るタイプだ。大人しく後ろで守られてなんかいやしない。
知れば絶対に一緒に来る」
「研究が危険だからこそ、か?」
「……だろうな」
仲介人はため息をついた。
「ほんと、おまえは分かりにくい狂犬になったな。噛み付く相手、勝手に決めやがって」
「狂犬じゃない。
ただ――やることをやってるだけだ」
「やること、ね。
じゃあひとつ教えてやるよ。
灰色商会は“次の積み荷”をすでに港へ移してる。
内容は分からんが、迷宮刻と同じ線が刻まれた箱の可能性が高い」
心臓の奥に冷たい火が灯った。
「第七倉庫を潰せば、証拠は出るか?」
「出る。
ただし……灰色商会も覚悟を決めてる。
あんたが動くなら、カイエンも動く」
「望むところだ」
「……やっぱり狂犬じゃねぇか」
「違うだろ。ただの傭兵だ。
腹立つ相手を噛むのは傭兵の習いだろう?」
仲介人は笑い声を漏らし、追加で銀貨を払う俺の手を払いのけた。
「……エリス嬢の前では、その顔見せるなよ」
胸の奥に何かを刺された気がした。
「……言われるまでもない。
あいつには研究だけしていりゃいい」
「なら行けよ。“狂犬”」
「ただの傭兵だって言ってるだろうが」
俺は踵を返して裏市場を抜けた。
倉庫街へ向かう道は長くはない。
夜風が冷たい。
だが、胸の奥の火は消えなかった。
(あいつには……俺のやり口は似合わない)
そう思いながら、俺は剣に触れた。
これから血を見るのは分かっている。
それでも進む。
守るべきものを明かさないために。
チャッピーの凄さ
!全体編集後の当初、ラカムが「彼女なら、人を殺す俺を否定はしないだろう。ただ、静かに哀しむ。それが分かっているから、見せたくない。」「狂犬じゃない。――守る相手を決めた獣だ」「守るために、俺は泥に沈む。彼女には見せなくていい。」と、重過ぎでイタ過ぎだったので、私が考えるラカムのエリスへの想いと、距離感を伝えて調整してもらった。ちなみに、エリスのラカムへの感情は設定しないで、今はお任せ状態です。
!話を進めて行くと、ほぼ調整せずとも、会話をしている文章を生成してくれるようになってきた。




