16話:盗賊団の予兆
漁村は、静かすぎた。
南岸に点在するうちの一つ、小さな入り江に抱かれた村。
港と言うには船が少なすぎ、集落と言うには海の匂いが濃すぎる。
こういう場所は、本来うるさい。
網を引く掛け声、子どもの笑い声、干した魚の匂いに混じる罵声。
どこを切り取っても生活の音で溢れるはずだ。
なのに、今は波の音ばかりが耳についた。
俺は浜に立ち、並ぶ小舟を眺めた。
何隻かは、板を打ち直したばかりなのか木目が新しい。
だが、その割に漁に出ている気配が薄い。
「……さて」
歩き出すと、視線が刺さった。
傭兵の装いは、ここでは異物だ。
海の男たちの目が、「厄介事の匂い」を嗅ぎ取った顔をしている。
村長格の男は、すぐに見つかった。
背を丸めた痩せた男。だが、目だけは海風に削られて濁っていない。
俺が近づくと、警戒と期待が入り混じった顔を向けてきた。
「……あんたが、王都から来たって傭兵か」
「王都から来たのは間違いねえが、“王都の犬”じゃない。俺はただの傭兵だ」
軽く肩をすくめてみせる。
「港の“狂犬”とか呼ばれてるらしいが、勝手につけられた名だ。
今は成れても“漁村と王都の間の伝言役”ってところだな」
男の眉がわずかに動いた。
「伝言、ね。……王都のお偉いさんは、やっとこの村のことを思い出したのかい?」
「思い出したというより、“匂いを嗅ぎつけた”ってところだろうな。
盗賊が塩を狙ってる。背後に、灰色商会の気配がある」
村長は一瞬、顔をしかめた。
「やっぱり、あんたもそう思うか」
「誰かに先に言われたってところか?」
「盗賊にやられてから、商人が増えたんだよ。
“うちの商会なら、安く塩を卸せます”ってな。
盗まれた分を埋め合わせるって話だが、どうにも出来すぎてる」
思わず笑いが漏れた。
「なるほど。盗ませて、売るわけだ」
「冗談で言ってるのか?」
「傭兵の冗談は、大体が本当だ」
村長は口を閉ざし、しばらく俺を見た。
その視線は、助けを求めているくせに助けてくれと口に出せない人間のそれだ。
気持ちは分かる。
よそ者の傭兵に命を預けるのは、正気のやることじゃない。
「詳しく聞かせてくれ。
盗賊がいつ来るのか、どう動くのか。
“勘”じゃなく、“数字”で話してくれ」
言うと、男は少しだけ安堵したように息を吐き、俺を集会小屋に案内した。
◆
板壁の小屋には、漁師たちが数人集まっていた。
全員疲れきった顔をしている。
網ではなく、戦場に連れていかれる兵士の目つきだ。
「夜明け前に来る。満ち潮の少し前だ」
一人が口火を切った。
「潮が高くなり始めた頃に、静かに近づいてくる。
沖で灯りを消して、岸の陰を這うように。
上陸するのは十人ぐらいだな」
「十人。全員武器持ちか?」
「剣と、棍棒みてえなの。盾は見ねえ」
別の男が続けた。
「まっすぐ倉へ向かう。家には入らねえ。
人は殴られたが、殺されたやつはいねえ。
怒鳴って、脅して、塩蔵庫だけ空っぽにして帰る」
「……律儀なこった」
効率的すぎる。
“略奪”より“確保”を目的とした動きだ。
「来るたび、量は変わるか?」
「増えてる」
村長が低く言った。
「最初は樽にして二つ、三つだった。
だが、最近は五つ、六つ持っていく。
塩蔵庫の中身、きちんと数えてるような取り方だ」
「次に来るとしたら、だいたいどれくらいの間隔だ?」
「……一月に二度。最初はばらばらだったが、最近は間隔が揃ってきた」
それはもう、“戦のための供給線”の動きだ。
偶然でも、盗賊の思いつきでもない。
「顔ぶれは同じか?」
「ああ、頭の奴は同じ面だ。
口の利き方が盗賊ってより、商売人に近え。
“悪いが、こっちも仕事なんでね”なんて言いやがる」
そこまで聞いて、俺の中で点が線になり始めた。
――盗賊団というより、“雇われの運び屋”。
背後に帳簿を握っている奴がいる。
「灰色商会の名を、連中の口から聞いたか?」
「直接はねえ。だが、後から来る商人が名乗った。“灰色商会のグラステル支部です”ってな」
村長の声には乾いた笑いが混じっていた。
「“被害はお気の毒に。ですが、我が商会なら王都の塩を安く仕入れて届けられます”だとよ。
盗まれた塩の代わりを売る。
王都への道の途中で、税の話もされた」
あまりに整いすぎた話だ。
俺は机の上に指を置き、ゆっくりと叩いた。
「いいか。これはただの盗賊の仕業じゃねえ。
“誰かが戦の準備をしている”と考えた方が自然だ」
漁師たちがざわめいた。
「戦、だと?」
「こんな小さな村が戦に……?」
「村が戦場になるとは限らないさ」
俺は首を振る。
「だが、戦場に塩はいる。兵が動くには食い物がいる。
誰かが兵糧をかき集めてる。その一端を、お前らが担わされてるってことだ」
沈黙が落ちた。
その重さが、村の弱さを浮かび上がらせる。
彼らは戦なんて望んでいない。
家族と海と、明日の漁の心配だけして生きたいはずだ。
だが、戦は望まない場所から奪っていく。
「……王都は、助けてくれるのか」
誰かが、半ば諦めた声で言った。
「王都は、アイツらの損得で動く。
お前らの村ひとつのために兵を出すほど、余裕はねえ」
酷い言い方だが、嘘はつけない。
「じゃあ、あんたは何なんだ」
「さっき言ったろ。伝言役に成れる」
俺は肩をすくめる。
「王都に、こう伝える。“漁村が灰色商会の隠れた兵站になりつつある”ってな。
その前に、お前らと一緒に、盗賊の“癖”を割り出す。
行動が計画的なら、パターンがあるはずだ」
村長が、かすかに顔を上げた。
「……戦ってくれるのか?」
「勘違いするな。俺は面倒ごとが嫌いだ。
だが、戦争をするのは、もっと嫌いだ。
戦争の準備をしている奴を、邪魔したいのさ」
言葉にすると、少し気が楽になった。
俺は椅子から立ち上がり、窓から外を見た。
海は静かだ。今はまだ、何も起きていない。
だが、この静けさの向こうに“灰色の影”がある。
灰色商会。
王都でも、迷宮でも、帝国でも、あの連中の影がちらつき始めている。
――ラカム。牙を剥く相手を選べ。
仲介人の言葉が頭をよぎる。
今のところ、選ぶ相手は分かりやすい。
盗賊団。その背後にいる商会。そのまた向こうにいる誰か。
「まずは“予兆”を形にする」
俺は村人たちに向き直った。
「次に奴らが来る日を、できるだけ正確に予想しよう。
潮の高さ、月の形、風向き。全部覚えてる限り教えてくれ」
「そんなもんで何が分かる」
「盗賊は、楽なやり方を何度でも繰り返す。
楽な条件が分かれば、待ち伏せができる」
村人たちの顔にはまだ怯えが残っている。
外から来た傭兵で、当てにできない王都の“伝言役”。信用しきれないのは当然だ。
それでも、彼らには俺しかいない。
そして俺には、彼らの村を足場にする理由がある。
エリスが研究室で迷宮と向き合っている間に、俺はその周りで、彼女の未来の邪魔になりそうな火種を一つでも減らしておく。
そういう役回りなら、悪くない。
「怯えてていい。怖がってもいい。
ただ、“情報だけは惜しむな”。
俺はそれを武器にしてやる」
そう告げると、沈黙の中で誰かが小さく息を飲んだ。
外では海鳥が鳴き、波が岩を叩いている。
穏やかな音だ。
だが俺には、その向こうで帆の軋む音が聞こえた気がした。
盗賊団の、規則正しく刻まれた櫂の音。
塩を運ぶためだけに動かされる船の、乾いた悲鳴。
危機は、もう始まっている。
俺たちはまだ、その“予兆”をようやく掴み始めただけだ。
チャッピーの凄さ
!指定をしていないにも関わらず、3話の仲介人のセリフを引用する。勝手に意味深なセリフを入れてるなぁーって思っていたけど、ここで使うんだ。
!元々は、傭兵としてのラカムの深掘りのための、単なる盗賊と雇われ傭兵の戦いの話しだったんだけどなー。全体見直し編集をお願いしたら、灰色商会の暗躍やら、エリスへの推し活要素が、遡ってこの辺のあたりで既に追加された。




