愚の骨頂ねアホサグル
結局のところ、秘宝の正体が一体何なのかという点が、事件の謎を解く鍵になる。
一体、何を盗まれた?
何が失われた?
人間も物体も0時に出入りすることが不可能である以上、秘宝は〝自動的に消えた〟以外のルートが無い。ならば重要になるのは当然、秘宝そのものの状態・材質・性質だ。
が……考え得る全ての選択肢が潰れてしまった今、推理は暗礁に乗り上げた。
完璧完全、手詰まった。
――――どころか。もはやそれ以前の絶望的な問題点が浮上してしまったのが、つい今しがたの話である。
「……再確認したけど、間違いないって」
「んー、そうかぁ……」
スマホから顔を上げたドレミと短くやり取りする俺。二人揃って、深い溜息をついた。
あれから俺達は、一応、自分達でも財宝部屋を再チェックしに行った。結局のところやっぱり何も見つからず、徒労だけが積もっていく。気分転換にアンパンでも食べようと思って戻って来たはいいが、さっきミラージュに騙し取られたことを忘れて再びアンパンの絵トラップに引っかかってしまった。何してんだ俺は。
この憤慨をぶつけてやろうとミラージュを探したがリビングにその姿はすでに無く、どこ行ったあの野郎と探し歩いて、今はこの部屋にいる。
広さと、異質さが一目見て分かる部屋。
絵やら壺やら、ウィッグやら特殊メイクのマスクやら、各方面の制服やらバッジやら偽造書やら……壁や棚にありとあらゆる〝作品〟が飾られていて、奥には作業スペースもある――――〝盗作怪獣〟のアトリエ部屋だ。
この部屋にもミラージュはいなかったが。代わりに、遅れてドレミがやってきた。
新情報を引っ提げて。
……聞かなきゃよかった。ほんとどうなってんだこの事件は。
「じゃあ、確定事項なんだな。……改めて、報告してくれ」
「トラックの荷室。の、入り口である厳重な扉。の、キーナンバーは自動的に変動する仕組みらしいわ。とある法則に従って、一度開閉するたびに、次のナンバーが設定される。私が入手したキーナンバーは、〝護送直前〟のそれだったって」
「つまり?」
「そのナンバーで開いたってことは、証明されちゃったわね。護送が開始してから、私が解錠するまで約3日間、荷室の扉が一度たりとも開閉されていないってことが」
秘宝の正体が何か、なんて話はもはや関係なく。
そもそも、荷室は解錠もされていない。秘宝の正体が何であろうとも、それを取り出すことがまず不可能ときた。
八方塞がりてんてこ舞いだ。
塞がった八方がさらに塞がった。
「その情報源は信用できるのか?」
「裏稼業に信用は無いわよ。けど、そうね。この情報屋とは長い付き合いだけど、今まで間違った情報を与えられたことは一度も無いわ」
「たとえば、情報屋のPCがハッキングされていて、今届いたメールは別人のなりすましだったとか」
棚に飾られた、特殊メイクの簡易変装用マスクを眺めながら、思いついた案を口にする。
いやしかし、よくできたマスクだ。これで簡易版……着脱スピード優先設計で精密さを犠牲にしたというのだから、もし〝盗作怪獣〟が本気で時間をかけて特殊メイクを施したら、ドレミが男になっていても俺は見破れる自信がない。
「この情報屋は特定の端末を使ってるわけじゃないの。毎回違うメアドから、私達にだけ分かる暗号化で送ってくる」
「私達にだけ分かる、ってのは?」
「情報屋との間で取り決めた、〝ファントム・ガールズ〟専用の暗号化パターンがあってね。そのパターンで、私達がオフライン保管してる解読用文書を照らし合わせて初めて解読できるわ」
「暗号化パターンの方は?」
「私達の脳内に」
「外部の人間には絶対に解読できない暗号文ってわけか。じゃあなりすましもできないな」
正確には、なりすまし自体は容易だが、メールの文面を作成することができない、だ。
アドレスが毎回違うなら、そこを気にする必要は無い。適当なフリーアドレスから送ればそれでいい。が、文面を作成するための必須情報がオフライン保管と脳内だ。ハッキングでは絶対に入手できない。
無理だ。このルートは行き止まりか。
この情報は信用できると仮定する。しかない。
つまり、また八方塞がりの袋小路だ。どうなってんだ、この事件は。
「………………なんというか、もう良くないか? どうせ他人の財宝だろ? このまま盗まれたまま放置しても、お前達の懐が痛むわけじゃない」
「愚の骨頂ねアホサグル。怪盗が盗んだお宝はもう自分の物だから。頭悪いの?」
はいはい。言ってみただけだよ。
俺は溜息を漏らしながら、壁に飾られた絵画の数々をぼんやりと眺める。
かつて盗みの過程で用いられた贋作や、暗号・指令・情報伝達のためのギミックが仕込まれた絵もあれば、全く関係なくミラージュが趣味で描いた作品も多々ある。その中の一つ、トリックアート作品に俺は目が留まった。
目の錯覚。これをどうにか応用すれば解決しないだろうか。たとえばまさに先程、トリックアートでこそないものの、騙し絵レベルの精巧なアンパンの絵によって俺のアンパンが盗まれたように……いや、ダメか。
アンパンは、実際にはそこに無かった。それを、あるように見せるのがトリックアートだ。
秘宝は実際にあった。0時に実際に失われた。その前提は疑わないとすでに決めている。
そもそも、秘宝の姿を誰も見てないのに、騙し絵もへったくれも無い。その目で見てこそのトリックアートだ。
だが……考え方としてはもう、その線しか無い気もする。扉が一度も解錠されていない以上、荷室の中には最初から秘宝なんて無かったという結論にしかならない。それ以外のルートが無い。
目の錯覚がダメなら――――脳の錯覚ならどうか。
勘違い。思い込み。固定観念による決めつけ。
「…………そうか。別に秘宝は荷室の中に無くていいんだ」
「『本当は秘宝なんて無かった』って? それはさっき否定されたでしょ。ミラージュがあれだけ断言するんだもの、あの子達はちゃんと秘宝を盗み出したわ。まだ疑うの?」
「違う、そこじゃない。荷室の中に無かっただけだ。どれほどセキュリティ最強の荷室があるからって、たとえば、秘宝を運転席に乗せて護送しちゃいけないルールは無い」
「……っ」
「たとえば運転席のどこか、一見して分からないところに隠してあった。ミラージュ達は間抜けにも、そうとは知らずに『荷室の扉が開かない』っ嘆いてずっと放置してたわけだ。運転席を探せばすぐ回収できたのにな」
不用心と取るか、思い込みを利用した心理トリックと取るかだ。
秘宝を盗もうと思ったらみんな、金庫みたいな荷室ばかり狙うに決まってる。そりゃ、そこに入ってると思うよな。まあ、トラックごと盗まれたら元も子もないが。
扉の施錠問題はこれで解決できる。
「それでも……振り出しに戻っただけよね? 結局、秘宝を自動で失わせる方法は分からないままよ」
「いや」
ドレミの方へ振り向き、俺は言葉を返す。
「2つ。――――この不可解に対して、回答は2つある」
「え、何で? さっきと何も状況変わってないじゃない」
「……元々、1つはずっと、最初から実は頭の隅にあったんだ。だけどあまりに意味不明というか……やっぱり動機が説明できないから、他の全ての案を潰した後の消去法的選択肢だよ。いや、もう一方も動機が分からないのは同じだけど」
「要領を得ないわね……つまり何?」
「今の話で、1つ推理が生まれた。とりあえずは、それだけの話だな」
状況は何も変わってない。ドレミの言葉はたしかにその通りだ。
変わったのは、前提。秘宝は荷室の中に保管されていたとは限らないという、思い込みの取っ払い。
認識の盲点に、1つのルートが開けた。
「構造は至ってシンプルだ。時系列順に、①〝怪盗Missing〟が財宝部屋に侵入・脱出した。②カラクリ装置で0時ピッタリに秘宝を失わせた。③アジトに侵入して映像記録を改竄した」
「だから、それが無理だってさっき証明されたんじゃないの」
不服そうな表情のドレミ。まあ、言ってることがさっきとまるで変わってないのだから、納得できるわけもないだろうよ。気持ちは分かるが、もう少し聞いてくれ。
「やっぱり、秘宝〝ブラックカーテン〟の正体が何かってところが鍵だったんだよ」
「だから、それも違うって話をさっきしてたんじゃないの。やっぱあんた、脳みそにアンパン詰まってるの?」
「大丈夫だから聞け。その悪口気に入ったのか?」
怪盗結社のリーダーは、あまり辛抱強くはないらしい。
別に俺ももったいぶるつもりは無い。さっさと要点まで持っていこう。
「だって、正体が何であれ関係ないでしょうが。どうせ不可能。カラクリ装置の痕跡が無いんだもの」
「いや、そんなことはない。そこが間違ってた」
そう、間違っていたのはそこだ。カラクリ装置はあった。
時間差で秘宝を消失させる装置……物体や、ましてや機械などではない。装置自体も時限消失する、氷などでなければならない。氷で作るカラクリなんて、必然的にシンプルになる。〝水に溶ける〟とかその程度のことしかできないだろう。――――という、そんな前提が間違っていた。
複雑で、いいのだ。
こんなにも盲点という言葉を実感することも珍しい。
「ずっとそこにあっただろ。俺達の目の前に堂々と、騙し絵でもトリックアートでも目の錯覚でも何でもない〝カラクリ装置〟が」
秘宝は荷室に入れて護送されたとは限らない。だから運転席に隠されていたとしてもおかしくはない。
運転席以外のところに入っていても、おかしくはない。
「結論」
俺は端的に述べる。
「秘宝の正体はガソリン。エンジンをかけっぱなしにして、ガス欠で失わせたんだ」




