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怪盗結社ファントム・ガールズの事件簿  作者: 一星
第二章 盗作怪獣
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我が結社のモットーは〝全力盗球〟よ

 伝説の名探偵〝名無しの探偵(アンノウン)〟などという栄光は、ぶっちゃけ黒歴史に近い。


 若気の至りだ。人前で堂々と自慢することは、もうできない。


 実績はあった。能力はあった。事件を解決し、称えられ、感謝され、それ自体は嬉しいことだった。矜持も誇りも責任感もちゃんとあった。でも――――それでドヤ顔している自分が、恥の極みである。


 世界の中心が自分だと、本気で思っていた。

 高校も卒業してないガキが、調子に乗るなよと言いたい。


 中途半端に結果を残し続けてしまったばっかりに、つけ上がったクソガキだ。自分より出来の悪い探偵を見下し、凶悪な知能犯を「相手にとって不足なし」と称賛し、でもそんな内面はおくびにも出さず模範的で社交的な正義の探偵を取り繕う。そこらの高慢な天才とは違って世渡りも上手なんだぞと、隙の無い自分に酔いしれていた。


 極めつけに……〝名無しの探偵(アンノウン)〟というコードネームは、俺が自分で考えたものだった。レトリックの利いた最高にクールなネーミングだ、と当時は自信満々だったのだ。機関の担当者に直談判し、半ば無理やり通してもらった。センスの是非は百歩譲ったとしても、それを実際に公式化してしまうあたり、自己肯定力と承認欲求が留まるところを知らない。だいたい、そんなことで直談判して無理を通すな。何様のつもりだ。


 吐き気がする。

 もはや犯罪である。


 こんな自分をどうして自慢できようか。過去の全てを否定はしないし、探偵活動自体に忌避感は無いが……〝名無しの探偵(アンノウン)〟という存在だけは、俺の中から積極的に全力前傾で葬り去りたい恥部なのだ。

 なのだが、


「――――ちょっとサグル、いる!? 仕事よ、名探偵っ!」


 それを許してくれない厄介な少女が、騒ぎ立てながら俺の仕事部屋の戸を開けた。

 デスクの書類から目を上げ、溜息混じりに俺は返答する。


「何だやかましい。名探偵はどこにもいないぞ、部屋を間違えてるんじゃないか? ここには一人、ただのコンサルがいるだけだ。分かったら出てけ」


 クライアントに対する口の利き方じゃないなと我ながら思わなくもないが、追い払わないと仕事が進まない。


〝怪盗Missing〟の一件が、ほんの数時間前の話。

 あれのせいで後回しになっている作業も残ってる。いい加減、普通に仕事させてくれ。


 それでもなお、ドレミは食い下がってくる。


「名探偵がいないなら別に、さっき鮮やかな名推理を披露してくれた、頭脳明晰なコンサル君でもいいんだけど」

「さっきのは特殊事案。コンサルの仕事に探偵活動は含まれない。見ての通り、俺は今忙しいんだ。主に、テキトーな組織のガバガバな管理体制を丸投げされてるせいでな」


 ここは怪盗結社。一般的な会社などとは事情が違う。それは分かってる。それを差し引いても、杜撰ここに極まれりだ。


 貸借対照表や事業計画書を作れとは言わない。

 が、いつどのくらい利益があって、維持費がどのくらいかかるとか、そのくらいは正確に管理しておいてくれ……。行き当たりばったり、気分次第の活動をろくに記録もせず、かかる費用はその場その場で、持ってるキャッシュで支払っている現状。

 そのへんの中小企業よりよっぽど大金が動いてるはずだが……よくこれで今まで破綻しなかったものだ。そのせいで今俺は、あらゆる書類や記録を掘り起こしてデータベースにまとめるという無限地獄みたいな作業に追われている。


 会計や経理はおろか、そもそもこのチームには、〝リーダー〟以外の役職や役割という概念が無い。みんな『誰かがやるだろう』と思って公共料金を払い忘れたことも、一度や二度じゃないらしい。

 ルームシェアの若者以下だ、こいつらは。


 定例ミーティングもスケジュール管理も当然のように存在しない。それはまだいいとしても、報告・連絡・相談のシステムはおろか、その習慣が全く無いのは問題だ。そもそも業務用の連絡ツールも無いらしい。

 LINEグループすら作っていないらしい。好きに動いて、好きに盗むのだ。


 聞けば、秘宝〝ブラックカーテン〟は時価総額3億円にも上る大層なお宝だったという。――――社長に黙って、3億円の案件を勝手にこなす社員がいてたまるか。


 とまあ、ざっと挙げるだけで、この体たらくである。


 ただの仲良しグループのつもりなら好きにしたらいいが、これが組織運営としてやっていこうというのだから舌を巻く。コンサルに頼るより先に、帳簿くらいつけといてほしいものだ。

 これまでのしわ寄せを全部引き受ける可哀想なコンサルに就任してしまった俺は、終わりなきタスクに頭痛を覚えながら、目の前の怪盗少女に続けて言葉を投げかける。


「ああ……そうだ、俺もお前に用があったよ。ちょうどいい」

「何よ?」

「帳簿よりも体制よりも、何よりまず、はっきり明確にしておきたいことがある」


 怪盗結社のリーダーに、俺は問う。


「怪盗結社〝ファントム・ガールズ〟の方針だ。――――お前達はこれから、どこへ向かって何をする?」


 こいつらが一体、どういう組織なのか。

 偉そうにコンサルなどという立場で物を言わせてもらう以上、まず俺が、この組織のことを理解しないと始まらない。アジトの構造や収支の数字みたいなことじゃなく、もっとコアの部分だ。


 組織としての、理念さえも俺はまだ知らない。


「そんなの決まってるわよ」


 俺の問いかけに、怪盗結社のリーダーは自信満々に解答する。


「私達は怪盗よ? 世界中どこへでも行って、お宝を盗む。それに尽きるわ!」

「…………そういうんじゃ、なくてだな。もっと理念的なことで頼む」

「我が結社のモットーは〝全力盗球〟よ」

「そういうんでもなくて」


 壁に貼られた〝全力盗球〟の筆文字を手で示しながら言うドレミに、もどかしさと呆れの意を表情全面に押し出しながら俺は否定する。


「組織として、どうなりたいのか、どうありたいのかを教えてくれ。将来、何を実現したい? どんなやり方で? ……そうだな、」


 質問を一つに絞ろう。まず聞くべきは、ここか。


「怪盗結社〝ファントム・ガールズ〟は、何のために生まれた?」


 怪盗をやりたいだけなら、一人でもできたはずだ。協力者が欲しいなら、その都度のチームアップでもよかったはずだ。でも、ドレミはメンバーを固め、大層なアジトを構え、名前を付けて組織化した。

 何故? 俺の問いにドレミは、即答した。


あの子達(メンバー)のため、ね」

「というと?」

「行き場のない怪盗少女達の、居場所なのここは。時価総額3億円の秘宝を気まぐれに盗み出すような、ぶっ飛んだ才能と意欲と破天荒の塊よ? 真っ当な社会に適合できるはずもない」


 肩をすくめ、言葉を続けるドレミ。


「私も含めてね。みんな社会の爪弾き者。拾った捨て猫の住処を拵えるのは当然でしょ」

「何だお前ら、仕方なく怪盗やってるのか?」

「そう聞こえたなら不本意ね。財宝は好き。それを盗む準備も攻略も達成感も全部大好き。怪盗活動は人生を輝かせる生き甲斐。ちゃんと悪党よ、ご心配なく。私達は自分で選んでここにいる」

「まあ、そうだろうな。言ってみただけだ」


 愚問すぎた。そんなのは疑問ですらない。活き活きした普段のあいつらを見てれば分かる、自明の理だろう。


 というか、『仕方なく悪党をやってる奴』なんてのは、存在しないというのが俺の持論だ。

 探偵の経験則だ。


 脅されてるならともかく、自由意思で一線を越える奴は、必ずそこに意義や悦びを見出している。――――法律より優先する〝自分〟がある。


 本来、人間誰しもそうだ。ルールで人は縛れない。ルールを守るかどうか、決めるのは人それぞれ、自分次第なのだから。価値観の天秤が傾けば、容易く線を踏み越える。恋人の命の危機に駆け付ける道中、人も車も全く見えないド田舎の、赤信号を律儀に守る奴はまずいない。


 俺もまた、例外じゃない。探偵機関という正義の組織に、たまたまハマってただけにすぎないのだ。俺の能力が、俺の性格が、俺の生き方が、たまたま社会に適合したというだけだ。〝自分〟がたまたま、法の内側にいただけ。法を基準に生きているわけではない。


 事実こうして、俺は今、犯罪組織で働いている。

 俺の価値観は、この仕事を否定しない。


 もっとも……非常に厄介で面倒な案件だとは思う。何よりまずクライアントのことを俺が把握しなきゃいけないのに、そもそもが正体不明を売りにした謎の組織なのだから。あらゆるブラックボックスを開けて、方々の疑問を解消するところから始めなきゃならない。


 不明な正体を――――謎を、紐解かなきゃいけない。

 元名探偵にピッタリの職務じゃないかと、ドレミなら言うだろうけど。


「結論」


 俺は今の話の要点をまとめる。


「組織を作った時点で目的は達成されてるわけだ。だからその先に目指すべきゴールが無い。ゴールが無いから足並みも揃わない。バラバラにやりたいことを好き勝手やってんだ」

「見くびらないで。私達だって、やるときはやるのよ! 盗みたい財宝があったら、一致団結して最強のチームワークで完璧な窃盗をこなしてみせる」

「だろうな。だけどそれは〝盗みたい財宝〟というゴールがあるからだ。それが組織に必要だって話をしてるんだよ。何か無いのか、怪盗結社〝ファントム・ガールズ〟としての展望みたいなものは?」

「そんなの考えたこともないわ」

「胸を張るな」


 MVV、という考え方がある。

 存在意義(ミッション)将来像(ビジョン)行動指針(バリュー)。組織運営の軸となる、〝理念〟の構造だ。


 何故この組織は存在するのか? どんな未来を実現したいのか? どういう姿勢で進んでいくのか? そういった、組織としての思想を言語化したものになる。


 怪盗少女(メンバー)達の居場所を作りたかったとドレミは言った。だが、ここで問うているのはその先。どういう組織でありたいのか、だ。


「お前達はじゃあ、それを明文化するところから始めろ」


 本当は、まず各々の役職くらいは決めてほしいところだが。各業務の責任の所在をはっきりさせないから、公共料金を払い忘れるみたいなアホすぎるミスが起きる。


 とはいえ……この組織を、一般的な〝会社〟と同じフレームに落とし込んでいいものか、俺は疑問だ。どうコンサルすべきか、まだ正解は分からない。

 つくづく、厄介なクライアントである。


「なんとなく、じゃない。ちゃんと明文化しろ。理念が曖昧なチームはいずれ必ず空中分解する。お前達が固めるべきはまずそこだ」

「どういう組織でありたいのか、ねぇ」

「理念ってのは、今後全ての意思決定の指標になる。大事な分かれ道、どっちに進むべきか……『理念に沿うかどうか』で常に判断しろ。実行も評価も反省もだ、全てに通ずる。理念の軸があるからこそ、PDCAサイクルはブレなく回るんだ」

「PD……何?」

「計画(Plan)、実行(Do)、評価(Check)、改善(Act)。成長のために大事な循環さ。それと、自己成長だけじゃない。一本筋の通った活動は、外向けのブランディングにも繋がる」

「んん……いよいよ本格的にビジネスじみてきたわね。怪盗結社よ私達?」

「コンサル職に依頼したのはお前だぞ。嫌なら怪盗の専門家でも探してそっちに頼め。俺は俺の仕事をする」


 教科書通りとはいかないまでも、〝組織〟をコンサルする上で、ある程度の定石は適応できるはずだ。

 一般的な客商売じゃないにしても、表社会じゃないにしても、こいつらだって裏の社会に接している。一人で生きてるわけじゃない。協力者を必要とするときもあるし、盗品を売るお得意先もある。稀だが依頼を受けて盗みを働くことだってある。〝ファントム・ガールズ〟というブランドを洗練するに越したことはない。


「極端な話、この世の全ての組織は〝理念を体現すること〟が目的だ。盗みは手段だと心得ろ。体現すべき理念が曖昧な現状じゃ話にならん。もうはっきり言うけど、今の〝ファントム・ガールズ〟は組織でも何でもないからな? 怪盗の寄せ集めに名前が付いてるだけだぞ」

「う……耳が痛いわね」

「いいか、存在意義(ミッション)将来像(ビジョン)行動指針(バリュー)だ。自分達のことをちゃんと理解して、理念として言語化しろ。後日同じこと聞くからな、宿題だ」

「はーい、先生」

「誰が先生だ。ほら、分かったら出てけ。俺は仕事で忙しい」

「はいはい、お疲れ。根詰めすぎないようにね」


 そうして、ようやく部屋から去っていくドレミ。

 バタンっ、とドレミが後ろ手にドアを閉める音を聞きながら、俺の口から溜息が漏れる。


 ここに来てから、何度溜息をついたことだろう。悩みのタネが尽きることはない。ただでさえ厄介な連中相手の厄介な仕事をしなきゃならないというのに、その仕事をするヒマさえ今日は潰され倒している。

 災害のような怪盗少女の来訪も乗り越え、俺はようやく仕事を再開、…………しようとしたところで、バタンッ!と盛大な音を立てながらドアが再び開かれたのだった。


「――――って、違うわよっ! そんな話を聞きに来たんじゃないから!!」

「ええい、騒がしい! 何なんだよ一体……」


 頭を抱えざるをえなかった。

 災害はまだ乗り越えられてなかったらしい。もう頭が痛い。


「さっきの今で悪いけど、仕事よ! 〝名無しの探偵(アンノウン)〟の出番再び。来なさいサグル!」

「あーもー……分かった。とにかく騒ぐな。そのコードネームも呼ぶな。話は聞いてやるから、その2点だけ守ってくれ」


 どうも、俺が折れるしか道は無いようだ。こうなりゃさっさと終わらせよう。


「あと何度も言うけど、探偵活動は俺の仕事じゃない。さっきのは例外だからな」

「いや、違うのよ」

「何がだ」

「別件じゃないの。〝怪盗Missing〟の話よ」


 まだ何かあるのか。

 秘宝が盗まれた件は解決したはずだ。トラックおよび床に抜け穴を作って犯人は脱出した。それが結論だと俺は導いた。……いや、トリックが分かっただけで、犯人が捕まったわけでも、犯人の正体を暴いたわけですらないのだが。


 それはでも、俺の仕事じゃない。コンサルとして、このアジトの〝穴〟を見つけて修復するために頭脳労働しただけに過ぎない。これ以上を俺に求めるようならお門違い、やっぱり文句を言って追い返してやろう……などと思っていたが、聞いてみたら、お門は違わなかった。

 これはたしかに、俺の仕事だ。――――俺の不備だ。


 困ったように、憤慨しているように、眉を寄せたドレミは端的に言うのだった。


「あれから4時間、いくら探しても見つからないの」

「? 何が?」

「抜け穴が。あんたの推理、間違ってたみたい」


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