かくれんぼ最強の密室
解いてしまえば、構造は至ってシンプルだ。
トラックの荷室の中ならば、最初から最後までずっと死角でいられる。
監視カメラから見ても、〝ファントム・ガールズ〟目線でも。
誰もキーナンバーを知らない金庫の中。かくれんぼ最強の密室である。
俺達はずっと、『どうやって侵入したのか』と、そればかりに頭を悩ませてきた。でもその疑問は、まるで的外れだった。
犯人は侵入なんてしていないのだから。犯人は最初からずっとそこにいた――――トラックと一緒に、自動的に搬入されていたのだから。
監視カメラにはトラックしか映っていない。
映像記録を改竄する必要も無い。
「……、……でも待って。侵入はそれでいいとしても、脱出は? 映像を改竄してないなら、脱出する姿は映ってるはずよ」
それに、とドレミは続ける。
「何でそんな場所に入ってんのよ? うちのアジトに侵入するため? いいえ、計画が杜撰すぎる。たまたまあの子達がキーナンバー知らなかったから良かったものの、もし知ってたら一瞬で見つかってたわよ」
「そうだな。『たまたま』――――それが今回のキーワードだ。覚えといてくれ」
まずは、前者の質問に答えよう。俺は続けて口を開く。
「脱出する姿が映ってないのなら、答えは一つ。映らない場所から脱出したんだ」
「え? そんな場所どこにも……」
「あるだろ。トラックの下、床からだ」
百戦錬磨の怪盗ドレミでも、精巧に偽装された抜け穴は見抜けないこともあるらしい。暗くて狭くてろくに調査できない、トラックの下ならなおさらだろう。
足場の無い財宝部屋でどうやって抜け穴を作ったのか? 『室内からくり抜いた』がその正解だ。
床をくり抜く大工事は最初の方に終えるはず。ほとんどの時間はおそらく、後日抜け穴が見つからないようにする工夫と芸術の精密作業。最初の騒音作業時に、アジトにドレミがいないことだけが条件だ。それさえ乗り越えれば、あとは気付かれる心配はほぼ無い。
「……いやいや。カメラに映らないように、って話はどこ行ったの? 床に穴開けるなら、荷室から出なきゃいけないじゃない。そのときに絶対映るでしょ」
「そんなもん、荷室の中から一気に貫通させればいいだろう。外に出る必要は無い」
「……っ、……!」
「いや、違うな。時系列は逆だ。〝怪盗Missing〟もおそらくキーナンバーを知らなかった。だから、トラックの下から穴をくり抜いて、無理やり荷室に侵入したんだ。だからこそ、そんな大掛かりな穴あけ機械が手元にあった」
このトラックを最初に見たとき、金庫そのものだと思った。多少の攻撃じゃ動じない、壊して中を盗むこともできそうにない、秘宝を護送するに相応しい防御力だと。
でも金庫である前に、これはトラックだ。
移動用の車両だ。軽量化できる部分は軽量化すべきだと、そういう設計思想があっても不思議じゃない。
この分厚い金属素材が、床には使われていないとしても、不思議じゃない。
下から穴を開けて侵入するような、奇想天外犯罪者など、想定していないだろうから。
では――――〝怪盗Missing〟は何故、そんな場所に侵入したのか。
「動機なんて、決まってる。怪盗が秘宝のもとにやってきて、『何をしに来た?』だなんて、猿でも分かる愚問だ。当然、盗みに来たんだよ」
あの日。怪盗結社〝ファントム・ガールズ〟と同じように。
いや。
「〝ファントム・ガールズ〟に、先を越されないように」
絶対に秘宝〝ブラックカーテン〟が欲しかった〝怪盗Missing〟は、盗まれる前に、盗もうとした。
「あいつら、どうせ予告状出したんだろう?」
「……ええ。間違いなく」
「それを知って動いたんだろうな。秘宝〝ブラックカーテン〟は俺のものだ、って。――――でも、ギリギリ間に合わなかった」
トラックに穴を開け、荷室に侵入したまでは良かったが……そこでトラックはどこぞへ護送されるべく、動き出してしまった。
さらにその道中、〝ファントム・ガールズ〟によってトラックごと盗まれてしまった。
〝怪盗Missing〟は、たまたま、このアジトに閉じ込められてしまった。
穴が開いてるんだから、外の音や会話は聞こえる。自分の状況もある程度把握できていたはずだ。
「のこのこと出て行って、事情を説明して帰してもらうわけにもいかない。秘宝だって持って帰りたい。そうして奴は、怪盗らしく、犯行声明を残して脱出することにしたわけだ。抜け穴を整えたら、あとは海に落ちるだけ。簡単だな」
「さすがに私も……海に何か落ちる音がしても、波の音と混ざって、聞き流しちゃうわね」
脱出の準備が整って、キリの良い時間がたまたま昨夜0時だった。だからその時間まで待って脱出した。犯行声明として見栄えの良い時間を選びたいだろうが、嘘は書けないルールらしい。
「『たまたま』……か。なるほど、予告状は書かなかったんじゃなく、書けなかったのね」
「そういうことだ。たまたまタイミング悪く、たまたまアジトに連れ込まれて、たまたま0時に盗み出した。事前に予告状を出せるなら予知能力者か何かだな」
結論。
端的にこの事件は、偶然のシチュエーションに振り回される、〝怪盗Missing〟の脱出劇だった。
難攻不落のセキュリティハウスに、どう侵入したのかばかり考えるから行き詰まる。〝怪盗Missing〟にとっては、不覚にも閉じ込められてしまったその要塞から、どう脱出するかの戦いだったのだ。
ただこっそり脱出すればいいものを、わざわざ犯行声明を残すあたり……怪盗という生き物はやはり俺には理解できない。
〝ファントム・ガールズ〟にしてもそうだ。そもそも、予告状なんてものを出すから厄介な横槍が入る。こっそり黙って盗みに行けば、もっとスムーズに秘宝だけ盗んで来れたんじゃないか――――なんて。指摘するのは、きっと野暮なのだろう。
怪盗が怪盗たる故に起きた、奇妙な事件。
怪盗を知る者のみ紐解ける疑問。探偵機関にいた頃の俺じゃ、絶対に解けない謎だった。
推理ショーを聞き終えドレミは、少し考え込むような仕草を見せる。俺の話に、不備や矛盾を探して検証しているような……しかしやがて、全て納得したように、大きく一度コクンと頷いた。
「やるじゃない。期待以上。さすが、伝説の名探偵ね」
飛んできたドレミの労いに、何と反応していいか分からず目が泳ぐ。
まさか、犯罪者に褒められる日が来るとは。ゴホン、と、取り繕うような咳払いが、我ながらわざとらしかった。
「じゃあ、あとは……荷室の中と、トラックを動かして下の床を詳しく調査するだけだな。俺が見てもどうせ分かんないし……ミラージュでも連れて来よう。今日アジトにいたよな。あいつなら、どんなに精巧に隠蔽された抜け穴も見逃さない」
「あはっ。『組織の穴を見つけ出せ』……最初にあんたに言った比喩が、まさか文字通りの解決になるとはね」
「これで満足いただけたか? クライアント様?」
「上出来。高評価よコンサル屋さん。その調子で頼むわよ」
これからも。
最後にドレミはそう続け、ズンズンと跳ね橋を渡っていく。
元探偵。現職、コンサル。クライアントは怪盗結社。――――俺の奇怪なキャリアはまだまだ、始まったばかりだった。




