脳みその代わりにアンパン詰まってるの?
警察なんかよりよっぽど探偵機関を警戒していたとドレミは言っていたが、それは、逆も然りだった。
怪盗結社〝ファントム・ガールズ〟。
探偵機関にいた頃、この組織の名前を目にしなかった日は一日たりとも無い。
探偵機関の総力を上げて捜査しても、まるで実体の掴めない陽炎のような犯罪集団。手がかり一つ掴んだだけで探偵として箔が付く。正体や素性の情報を持ち帰った日にはお祭り騒ぎで、機関内部で特別報奨金が与えられるほどだ。
俺も素性の特定に挑んでみたことはあるが……からっきしだった。俺がインドア完結の安楽椅子探偵スタイルだったことを差し引いても、こいつらの情報封鎖と証拠隠滅の能力は伊達じゃない。神出鬼没とはまさしく、彼女達のことだと思った。
今じゃ、組織の重要機密は丸ごと全部すぐ傍にあるけれど。
探偵機関を辞めた途端これだ。皮肉というか何というか。
これ探偵機関に持ち帰ったら一財産築けるなあなどと割と本気で思えたりするものだが――――そんな話はさておいて。
正体不明な彼女達の、数少ない情報の一つに、こんなものがある。
『リーダーである怪盗ドレミは、人間離れした聴力を持つらしい』
「なるほど……じゃあ少なくとも昨日一日、ヘリやモーターボートは近付いてないわけだ」
「もし来てたら、私の耳なら、確実に分かる。昨日はずっとアジトに籠もってたし。どうしても海側からこの部屋を攻めたいなら、泳ぐか小舟ね。支柱に仕掛けた電流トラップもクリアしないと登れないけど」
部屋の中を捜査しながら、俺はドレミの話に耳を傾ける。聞き込み調査なんて、いつぶりだろう。安楽椅子探偵という性質上、聞き込み経験はあまり無い。
財宝部屋には俺も初めて入るが、外から見る印象よりも、存外広いものだった。何十畳あるんだろうという床面積に、散見される財宝の数々。
中央には大きなトラックがある。これが例の護送車だろう。『金庫そのもの』というドレミの評価は決して大袈裟じゃなく、見るからに頑強そうな金属製の荷室だ。今は扉が開いていて、中身は確かに空っぽだった。
……外見の印象より随分狭いスペースだな。どんだけ分厚い金属使ってんだ。
観察しながら、ドレミへの聞き込みを続ける。
「それをクリアしたら、可能か? 急造でも突貫工事でもなくしっかり時間かけて偽装すれば。お前の目を欺けるような、抜け穴を作って埋めるのは」
「そりゃ、可能っちゃ可能よ。私の目も万能じゃないし。でもよっぽど手間のかかる作業になるわ。下にも側面にも、この部屋周辺には足場なんて無いから、作業するとしたら天井になる」
たしかに、この部屋の周囲に地面など無い。跳ね橋を上げてしまえば、ドアの前でさえ、人が一人立つスペースも無い。
「屋根の上に長時間か。見つかるリスクが高すぎるな」
「そもそも、天井に穴を開けるなんて、けっこうな工事よ。私の耳で捉えられないわけがない」
耳飾りを指でリィンと弾くドレミ。
こいつの耳はどれくらい信用できるだろうか、と俺は一瞬考える。……いや、考える意味もない。怪盗ドレミの聴力は自称じゃない。探偵機関のお墨付きでもあるのだ。
機関が命名した彼女のコードネームは――――〝盗聴怪人〟。
己の耳一つで、盗品の情報を集め、飛び交う連絡や通信を聞き分け、警備体制の全てを把握してしまう、人間離れした怪人。それがこの少女、怪盗ドレミだ。
こいつが『聞いてない』というのなら、そうなのだろう。
疑うのが仕事の探偵といえど、これは疑うまでもない。
「まあ、私の耳が無くても、そんな不審者がいたら誰かは絶対気付いてたでしょうね。0時前後は、みんなでアジトの屋上にいたから。財宝部屋はほぼずっと視界に入ってたわ」
「みんなで屋上に? 何でまた」
「月食だったでしょ。みんなで見てたの」
そうか、昨夜は月食だ。犯行声明文にも書かれていたっけか。
アジトの屋上から昨日の月食を見ようと思えば、海側だ。財宝部屋は確実に見える。メンバーみんないたのなら、なおのこと。……仲の良い犯罪集団なこって。
ただ、そうなると、
「それは厄介だな……。また一つ壁が増えた」
「? 何がよ」
「何がってお前、気付かないか? その状況だと、跳ね橋を降ろすこともできないぞ」
「あ……」
「たしかに、海からの侵入ルートは潰せたと言っていい。けど、正規ルートはもっと不可能だ。屋上にいるみんなにバレないように跳ね橋を降ろすなんて、天井に穴開けるより難しいだろ」
「…………じゃあ、跳ね橋を降ろさないまま、扉を開けて入ったとか? 屋根からこう、ロープとかでぶら下がりながら、暗証番号入力してさ。……いや、同じ理由で却下ね」
「そうだな。扉は屋上から丸見えだ。指紋認証をどうクリアしたのかは置いとくとしても……そんな不審者を、お前達が見逃すとは思えない。いくら月を見上げてたとはいえ、な」
「んー、本当に一瞬の隙も無く、見逃しゼロだったかって言われたら、自信無いけど」
「同じことだよ、犯人からしたら。ほぼ確で見つかる。心理的密室だ」
その方法で侵入するなら、せめて決行日を変えるだろう。予告状を出してるわけでもあるまいし、そこの融通は効くはず。メンバー全員に監視されながら強行は愚かすぎる。
それに、
「どうにか侵入できたとしても、監視カメラもあるんだよなあ……」
「通路はもちろん、この部屋にもね」
そう言いながらドレミが見上げた視線の先、天井付近に設置されたカメラのレンズがこちらを向いていた。反対側の壁にも同じカメラがある。そしてドレミ曰く、カメラには何も映っていなかったとのこと。当然、カメラの視界にはトラックは完全に映り込んでいる。
ふむ、と俺は頷く。
「なるほど」
「えっ、何か分かったの?」
「ああ。どうあがいても侵入は不可能だということが分かった」
「ちょっと」
手詰まりだ。この完全な密室に、侵入ルートは見当たらない。
カメラだけでもあり得ないくらい不可能犯罪なのだ。どうやってあのカメラに映らず侵入し、トラックの中身だけ盗んでいける?
昨夜0時。財宝部屋のセキュリティは完璧の鉄壁だ。正面から攻略するのは一旦、不可能だと断じていいだろう。
「つまり、疑うべきは前提だ。何か根本が間違ってるってことだよ」
「前提?」
「整理しよう。一旦、順を追って事の経緯を教えてくれ」
室内調査の手を止め、俺はドレミに向き直る。
「まず、秘宝〝ブラックカーテン〟を盗んできたのが、3日前だったか?」
「ええ、そうよ。私は関与してないけどね。3日前、あの子達がなんか突然ゴツいトラックを持ち帰ってきたの。〝ブラックカーテン〟……名前くらいは知ってたけどね。あの子達も荷室のキーナンバーは分からないっていうから、トラックごと財宝部屋に搬入したのよ」
当時……いや今も、ニュースで大きく報じられている事件だ。『㈱黒川製薬CEO・黒川氏、所持している財宝を移送中、トラックごと盗難に遭った』、と。これがどうやら秘宝〝ブラックカーテン〟のことらしい。
「で、その後、最後に財宝部屋を確認したのはいつだ?」
「してないわ」
「え」
「次に部屋に入ったのは、盗まれた後よ。午前2時。それまで、メンバーの誰も財宝部屋には入ってない」
あっけらかんと言い放つドレミに、俺は呆れ顔で返す。
「おいおい……じゃあ話はかなり変わってくるぞ。俺はてっきり、盗まれる直前に確認してるものかと……」
「? してないわよ。私そんなこと言った?」
「言ってないけど。でもお前、犯行時刻を昨夜0時で断定してたろ。23時頃に一度確認して異常なし、みたいな時系列があるのかと思ってたよ」
それが無いなら、ガバガバじゃないか。3日前から、今日の午前2時まで、犯行時刻の幅が大きすぎる。
いくらなんでもさすがに、穴だらけだ。メンバー全員外出中に侵入して解錠して盗んでいった、で話は終わる。それができる犯人なら、カメラの映像記録もすり替えられるだろう。時間はたっぷりあるのだ。
しかし、ドレミは、
「だって、犯行声明にそう書いてあるじゃない。犯行時刻は0時よ」
「……いやお前。だから、それがフェイクだろって話を今」
「ミスリードならともかくフェイクは無い。〝私達〟は犯行声明文に嘘は書かない」
淀み無く、ドレミは断言した。
「それが怪盗の矜持だもの」
「……」
「ハウスルールじゃない、通底する誇りってものがあるの。美学の欠片も無い奴は、怪盗とは呼べないわね」
「……お前は、そりゃそうかもしれないけどな。こいつがそれほどの器かどうかは分からないだろ。ただのクズ野郎かもしれない」
「こんなに鮮やかな完全犯罪をする人間が? そっちの方が不自然ね」
やはり確信を持って、ドレミは言い放つ。
「こいつが怪盗を名乗るからには、怪盗の矜持を持っている。法の下に生きない裏稼業だからこそ、自分の道だけは踏み外さないものよ」
「……。そうかい」
正直、納得はできない。そんな幻想のような論拠でロジックを形成するわけにはいかない。
が……説得力が全く無いと断じてしまえば、それは嘘になる。
俺にも、探偵としての矜持はあった。
暗黙の鉄則。暗黙の禁忌。探偵機関を飛び越えて、世の探偵に通底して、それはあったのだと思う。――――怪盗の世界もまた同じ。それだけの話だ。
実際に、コンサルとして携わってきたこの数日間……いや。
怪盗事件を追っていた名探偵時代を思い返しても。その言葉には、説得力があった。
怪盗の矜持というものが、俺にはまだ理解できていないけれど。
少なくとも〝ファントム・ガールズ〟は、その誇りに反することは絶対にしない。そのくらいは、俺にも分かる。
「まあ、いいさ。そこを疑問視するのはじゃあ、最後にしよう。ひとまず、〝怪盗Missing〟が一端の怪盗だという前提で話を進める」
「ええ。秘宝〝ブラックカーテン〟が盗まれたのは0時。はっきり数字が書いてある以上、ミスリードしようもないわね」
再確認だ。俺は懐から犯行声明カードを取り出し、目を落とす。
【月の境界が幻影となる良き日に。0時ちょうど、この部屋から失わせしめるは、かの秘宝〝ブラックカーテン〟なり。――――怪盗Missing、参上!】
「前日の0時だった、ってことは無いか?」
「月食は23時半から3時まで続いたのよ。0時はまさに月食の最中。〝月食の日の0時〟は間違いなく昨日でしょ」
「じゃあ月食の方がミスリードだ。〝月の境界が幻影となる〟……月食じゃなくて、新月を指していたとか」
「3日以内に新月は無いわよ」
だよなあ……。むしろほぼ満月だ。
あと考えられる穴としては……、
「怪盗的に、〝0時〟の誤差ってどのくらい許容範囲だ? さすがに秒針までピッタリ0時ってわけじゃないだろ」
「人それぞれじゃない?」
そこは人それぞれなのかよ。
「演出次第ってところかしら。極端な話、0時ピッタリに『消えたように見えた』のなら、事前にいつ盗んでいても全然アリよ」
「ええ……さっきと言ってること違わないか?」
「違わないわよ。分からず屋ねーサグルは。怪盗として、まだまだね!」
腕組みしながら大袈裟に溜息を放つドレミ。
いや……俺はコンサルであって、怪盗を志す男じゃないぞ。
「犯行声明は真実を書いた文章じゃないの。摩訶不思議なマジックショーの舞台装置よ。観客に対して誠実、だけどもちろん種も仕掛けもある。それだけの話よ」
「その観客が、今は俺達か」
「私達が『0時ピッタリに盗まれた!』って思ったのなら、実際の犯行時刻がいつだろうと、犯行声明はフェイクとは言えない。でも今回は、いつ盗まれたのか分からない状態で『0時ピッタリに盗んだ』って言われたのよ。これが嘘なら不誠実でしょ。分かる?」
「犯罪組織が誠実を語るなってツッコミは置いといて……まあ言いたいことは分かった」
納得はあまりできていないが。
俺の価値観はもう無視する。怪盗の矜持とやらを判断材料に進むと決めた以上、ドレミの怪盗観を全面的に採用するしか道は無いのだ。
……なんだそりゃ。ふと我に返ると頭が痛くなる。犯人の誠実さを前提に、犯罪者の価値観を頼りにして推理する探偵がいるか。
「とにかく、じゃあ、この犯行声明も疑う余地の無いものとする。犯行時刻は昨夜0時だ」
話を戻す。事の経緯を確認していた途中だった。
「昨日は、お前はずっとアジトにいたよな。俺が退勤してからも、絶え間なくか? 他のメンバーは?」
「いたわね。私は外に出てないし、あの子達も基本的にずっといたはずよ。ゲームしたり寝てたりダラダラしたり」
「実家か」
昨日あいつらに直接、同じ言葉を投げつけた気がする。これが怪盗の休日なのかと、呆れたものだった。
「月食観賞会を始めたのが23時頃ね。そこからみんなずっと屋上にいたわ。部分食は3時まで続くけど、皆既食は2時に終わっちゃったから解散した。眠かったしね。そこからみんなでアジトで寝泊まりよ」
「そこで、ドレミは一人で財宝部屋に行って、トラックの荷室を解錠した、と」
「とある筋でキーナンバーの情報をずっと探ってたんだけど、ついに収穫があったの。寝る前のメールチェックでそれに気付いてね。眠気も冷めて急いで確認しに行ったわよ」
ヴェールに包まれた秘宝〝ブラックカーテン〟の正体を鑑賞するために。
財宝に心躍る。それもまた、怪盗ってやつに通底する心なのだろう。
「23時から26時まで財宝部屋が完璧な監視下にあった。その前にアジトを動き回って事前準備するのもほぼ不可能か。できるとしたら……みんなが寝静まった後、かな?」
「盗んだ後にわざわざアジトに忍び込むの? 事を終えたのならさっさと逃げるべきでしょ」
「映像記録が残ってないなら、な」
「ああ……そうね」
納得の表情で頷くドレミ。財宝部屋に侵入しようと思ったら、どう頑張っても監視カメラに映る。これをクリアするには映像記録を改竄するしかない。
「そんなところか……状況と条件は大方、これで整理できたかな」
今までの話をまとめると、こうだ。
①犯行時刻は0時。
②その前後数時間は完璧な鉄壁。財宝部屋Cー1に出入りできない。
③どころか、昨日一日、犯人はよっぽど何もできない。
④最低限、映像記録を改竄していく必要がある。
うーむ……①と②でもう矛盾する。やはり犯行時刻は別の時間なんじゃないかと言いたくなるところだが、そこを疑わずにとなると……、
「たとえば――――こういう推理はどうだろう。秘宝〝ブラックカーテン〟が実はアンパンだった」
「真面目にやってくんない? 脳みその代わりにアンパン詰まってるの?」
「まあ聞け。これでも真面目だ。たとえばの話だよ、別にアンパンじゃなくてもいい」
食べ物なら、何でもいい。
分かりやすく、時系列順に説明しよう。
「まず〝怪盗Missing〟は、昨日より前のどこかで財宝部屋に侵入したんだ。メンバー全員が外出中の時間帯とかに、どうにかしてな。時間さえかければ、トラップやロックの解除は不可能じゃないはずだ。絶対無敵のセキュリティなんて存在しない」
特に、一流の怪盗であるならば。
それはこいつらが、一番分かっているだろう。
「まあ、それなら可能ね。でも言ったでしょ。犯行声明に嘘は無い。犯行時刻は0時よ」
「分かってる。でもこいつは別に、『侵入時刻』と書いたわけじゃない」
「え……あっ」
「こいつが明言してるのは、『0時に宝を失わせた』ことだけなんだよ。『盗む』とすら書いてない。つまりだ。もし〝ブラックカーテン〟の正体がアンパンで、それを0時ピッタリに食べてしまえば、条件クリアと言えるんじゃないか?」
何なら、食べ物じゃなくてもいい。
書類か何かなら、燃やせばいい。割れやすいなら壊せばいい。芸術品に落書きするだけでも、あるいはいいのかもしれない。
価値があるからこそ、宝は宝と呼ばれるのだ。
宝としての価値が消えれば――――宝は、失われる。
「そしてお前らが寝室に移動したあたりで、その隙に脱出。海にでも飛び込んで、陸地に戻る。ドレミが犯行声明を見つけたのはこのあたりだな。で、やがてみんな寝静まった頃、アジトに忍び込んだ〝怪盗Missing〟は、映像記録を改竄してみせた。どうだ?」
「無理ね」
気持ちいいくらいの一刀両断だった。え、ダメ?
「そもそもの話よ。私が映像記録を見たの、犯行声明を見つけた直後なの。スマホからデータベースにアクセスして、この場ですぐ。いくらなんでも、改竄のヒマは無いわ」
……そういうのはもう少し早く言ってくれ。無駄な推理を披露しちゃったじゃないか。
そして、不可能の壁がまた一つ増えてしまった。映像記録を改竄するのはマストなのに、その隙が全く無い。
「じゃあこうだ。〝怪盗Missing〟には協力者がいた。そいつがとんでもないIT強者でな。〝怪盗Missing〟が最初に忍び込んだときに、ウイルスとかバックドアを仕込んでおいて、後で改竄を実行したのはその協力者だ。遠隔で、一瞬で」
「それも無理よ。百聞は一見に如かず、映像記録見る?」
そう言って見せてくれたドレミのスマホ画面で、俺も一緒に映像を確認する。
中央にトラック。周囲に財宝。それだけが映る、
何も起こらない室内がしばらく続く。何倍速ものスピードで再生時間が流れていき、1時間後くらいだ。ちょうど物陰でカメラの死角だが、犯行声明カードが落ちているらしい。ドレミがそれを拾い、何やら悔しそうに叫んでいるところで映像は終わっていた。
「この数十秒後、すぐに私は映像記録を確認した。見ての通り、脱出する犯人は映ってないわ」
「なるほど……これを〝一瞬〟は、無理だな」
映像記録は1時間ごとに保存される仕組みのようだ。
たとえば、前の1時間をコピーして差し替える、程度ならもしかしたら一瞬で可能かもしれない。何も起こらない室内の映像をコピーしても、気付かれない公算は高いだろう。
が、この映像にはドレミが映ってしまっている。間違いなく当時刻の映像だ、これは。
この映像から犯人の姿だけを消去する……というのはさすがに、数十秒ではできまい。
「実は脱出してない、ってのは? 『まだ犯人は現場にいた』はミステリーの定番だけど」
「一応確認してるわよ。この部屋に隠れる場所なんてほぼ無いけど……財宝の陰とか、トラックの下とか。もっとも――――どこに隠れていようと、いくら息を潜めていようと、同じ部屋に人がいるなら、私なら分かるわ」
リィン、と耳飾りを指で弾きながらドレミは断言した。
「……お前とかくれんぼはやりたくないな」
「生涯無敗よ。挑戦はいつでも受け付けるけど?」
となると、だ。
頭を抱えた俺の口から、思わず長い溜息が漏れる。
「映像は改竄不可能。これはいよいよ、透明人間の仕業ってことになるな」
「ドアが開くのも映ってないから、テレポートか物理透過も持ってるわね」
「怪盗め……」
再びここで行き詰まった。だいたい、映像記録の件がクリアできたとしても、さっきの推理はかなり無理がある。合理性というか、必然性がまるで無いのだ。
何故侵入と脱出の時間をそんなにズラす必要がある? 侵入したその足で、そのまま帰ればいいものを。荷室のキーロック解除に時間がかかったか? じゃあトラックごと持ち帰ればいい。トラップもカメラも解除して、跳ね橋も降りてるんだから、それが一番手っ取り早いはずだ。それほどの大仕事をこなせる怪盗が、免許の有無はともかく運転できないとは思えない。
わざわざ監視のキツい時間帯に盗難も脱出も行っている。
まあ、相手は怪盗。変人奇人の愉快犯だと言われればそれまでだが……。
ふむ。
「怪盗の視点も欲しいな。ドレミから見て、どうだ? 違和感とか、気になる点とか。何でもいい」
同業者として。
俺の問いかけに、首をひねりながら返答を考えるドレミ。
「そうねー……90点、ってところかしら。〝怪盗Missing〟」
「何でもとは言ったけど、採点が返ってくるとは思わなかったな……。その心は?」
「予告状が無かった」
至って真面目に、怪盗ドレミは言い放つ。
「事後報告の犯行声明を置いておくなら、予告状もセットであってほしかったわね」
「……それもまた、怪盗の矜持ってやつか?」
「どっちかといえばマナーかしら。手紙の拝啓と敬具みたいな」
「合ってる? その例え」
「漫才のフリオチみたいな」
「それは絶対違う気がするけど……」
「要は、後出しの声明文はあまり鮮やかじゃないって話。予告して、警戒されて、それでも盗むから怪盗と言われるの。私達なら絶対に出すわよ、予告状」
なんてめんどくさい非合理な生物なんだ、怪盗は。改めて、俺にはこの世界の常識は理解できそうにない。
しかしなるほど、予告状か。
「気になるところねぇ……他にあるかしら? それとも、今ので何か分かった?」
「ああ、分かった。――――全ての疑問が解けた」
「えっ」
「推理ショーと洒落込もうか」
素っ頓狂な表情のドレミ。
耳を疑う、という言葉をこれほど体現するのも珍しい。耳が自慢な〝盗聴怪人〟だけあって、なかなか皮肉めいている。
少し時間はかかったが、ようやく全ての疑問が解けた。ブランクある俺の灰色の脳細胞も捨てたもんじゃないらしい。
さて……いつぶりだ? 推理ショーなんて。現役時代、俺は何と言って口上を始めていたのだったか。
……ああ、そうそう、思い出した。たしか、こうだ。
「さしあたってまず一つ、大きな疑問を解消しよう。――――この事件の一番の謎は、監視カメラの存在だ。改竄する隙もないのに何故、犯人の姿がカメラに映っていないのか」
答えは、至ってシンプルだった。
もったいぶることもない。俺は直後に言い放つ。
「〝怪盗Missing〟は最初から最後まで、トラックの中にいたからだ」




