表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪盗結社ファントム・ガールズの事件簿  作者: 一星
第一章 名無しの探偵
3/28

え、そんなノリで伝説が始まったの?

 探偵機関、という組織がある。


 興信所とはまた違う、探偵。この現実に怪盗が実在するのだから、探偵だってもちろん実在する。

 名探偵だってまた、実在する。


 ペット探しや不倫調査じゃなく、灰色の脳細胞を駆使して事件を解決に導く名探偵。結社で活動している怪盗がいるのと同じように、探偵の組織もまた秘密裏に存在するのだ。


 迷宮入り寸前の難解事件を専門とする、頭脳のエージェントを束ねた組織、探偵機関。

 その機関で特に大きな功績を上げ、〝伝説〟とまで評された名探偵がいた。


 素顔を隠し名前を隠し、リモートワークで全てを解決してしまう令和の安楽椅子探偵。彗星の如く現れたかと思えば、突如引退したのが数ヶ月前だ。業界が騒然とする中、3年間の探偵活動に終止符を打った正体不明の名探偵。


 その名も、コードネーム〝名無しの探偵(アンノウン)〟。


 恥ずかしながら――――その正体は俺だった。


「いや、何で恥ずかしがってんのよ。照れるならともかく。敵対組織からの転身がバレて気まずいとかならともかく」


 俺の顔を覗き込みながら、溜息混じりにドレミは呟く。


 大きなアジトだけあって、長く広い廊下だった。俺達は並んで歩いていく。

 広大な敷地に巨大な洋館、このアジトを端的に表すとそうなる。海沿いに建設された、金持ちの道楽別荘といった様相だ。佇まいも、内装もまた然り。道中に飾られている絵画や骨董品は盗品なのだろうか。


「探偵機関って、名探偵の総本山でしょ。私達としても、警察なんかよりよっぽど警戒してる組織よ。そこの〝伝説〟って……普通に誇るべきじゃないの? だいたい、何で引退したのよ。今や怪盗のコンサルって。キャリアどうかしてるわよあんた?」

「自覚してるよ。俺だってこんなつもりじゃなかったんだけどなあ……」


 と、俺はぶっきらぼうに返答する。


「そもそも長く続けるつもりは無かったよ、探偵。最初から、高校3年間だけのつもりで始めたから。放課後ヒマだし」

「部活かっ! え、そんなノリで伝説が始まったの……?」

「そのまま就職って道もナシじゃなかったけど、まあ色々考えて順当に辞めたよ」

「バイトかっ! え、そんなノリで伝説が終わったの?」


 金属製の巨大な扉が俺達の進路を遮った。扉の施錠とともに、続く廊下の赤外線センサーを解除し、俺達は歩を進める。


「そんで、次どうしようかって悩んでるところ、ジョニーにこの仕事を紹介されたんだ」

「ジョニー?」

「裏の仲介屋だ。くたびれたスーツのおちゃらけた眼鏡野郎。お前とも繋がってるはずだけど」

「ああ、あいつね。私にはサトナカって名乗ってるわ」

「どうせどっちも偽名だろうな。仕事以外はまるで信用できないテキトーな奴だよ」


 見るからに重厚なシャッターが俺達の進路を遮っている。カードキーで解錠。同時に、そばにあるパネルを操作し、とあるコマンドを実行する。

 ゴゴゴ……と開いていくシャッター。その向こうで、大きな跳ね橋が降りていくのが見て取れる。


「というか、お前の方こそ……俺の素性を知ってなお雇い続けるなんて、どういうつもりだ?」

「別に? 怪盗結社(うち)は経歴不問だし。うちのメンバーどいつもこいつも、普通の人生送ってきた子なんて一人もいないわよ。じゃなきゃ怪盗なんてやってないわ」

「にしてもだな……」

「正体不明の素性不明、それが怪盗の矜持よ。怪盗稼業に、プライベートは関係ないの。あんたが使える奴なら、それで十分。むしろ最適でしょ、〝元名探偵〟。敵の視点で怪盗結社(うち)の欠点を洗い出せるってことだもの」

「……なるほど。だからこそ、ジョニーもこの仕事を勧めてきたのかもな」


 跳ね橋が完全に降り、俺達は歩みを再開する。

 アジトの通路としての橋。そう考えたら、大きな橋だ。トラック一台くらいは余裕で通れる。

 断崖絶壁に建てられたアジトから延びる跳ね橋。下は海。この橋の先には、海上に建設されたたった一つの建物しか存在しない。


「相変わらず、強度と安定が不安になる建物だ」

「あんた、未だに飛行機を信じないタイプの人間? ちゃんと理論に基づいた設計よ」


 その部屋は、ほとんど〝空中〟と言ってもいい佇まいだった。

 大きな箱がそこにある。周囲は全て海。不安になるほど細い骨組みに支えられており、さながら海上に浮遊しているようだ。


 アジトから跳ね橋が降りることで初めて陸地に接続される。平時には完全な孤島……いや、島ですらない。四方八方、陸からも海からも孤立した、完全なクローズドルームだ。この立地こそ、最大のセキュリティと言える。


 たかが倉庫が、なんて大仰なんだろう。

 これと同じくらい大仰な設計の財宝部屋が、このアジトにはいくつかある。トラックごと運び入れることができる部屋は、ここくらいのものだが。


 橋を渡り終えた末、俺達はようやく最後の扉に辿り着いた。『財宝部屋Cー1』とある。


「カードキーや暗証番号が無いと開かない扉。降りない跳ね橋。隠し通路も抜け道も、この立地じゃ存在しようが無い。いや……ヘリで近付いて、天井から穴でも開けりゃ可能か?」

「できるなら、ね。この立地は見晴らしの良さにも寄与してるのよ? この財宝部屋が見える窓は、アジトにざっと9箇所。夜中に作業したとしても、メンバーの誰かがトイレに起きてきたらどうする? 別に私達全員が毎日アジトで寝泊まりしてるわけじゃないけど、犯人にとってはリスクだって話ね」

「心理的密室、だな」

「そもそも穴なんて無かった。あれば、一目見て気付けたはずよ。急造の突貫工事じゃ、いくら偽装しても痕跡くらい残るわ」


 怪盗としての眼力と経験則。ちゃちな小細工じゃ同業者を欺けない、か。

 扉に備え付けられたタッチパネルで、俺は暗証番号を入力していく。


「加えて、道中にトラップもある。催眠ガスとか落とし穴とかね。最初に、コントロールルームで解除したでしょ。トラップはあそこでしか解除できない」

「じゃあコントロールルームに侵入する必要もあるわけだ」

「さらに言えば、当日、私達みんなアジトにいたわね。普通に各々、無作為にアジトで生活してたはずよ」

「聞けば聞くほど不可能だな……おい、自分で言うのもアレだけど、やっぱり俺が一番疑わしいだろ。信用していいのか?」


 この全てをクリアする条件は、暗証番号を知っていて、鍵の保管場所を知っていて、なおかつ、〝ファントム・ガールズ〟全員に怪しまれることなくアジトを動き回れること――――該当者は俺一人だ。

 するとドレミは、リィンと耳飾りを指で弾きながら言葉を返す。


「信用? 聞き間違いかしら。そんなものした覚えはないわよ?」

「え?」


 直後。


 ――――ビィイイイィィィイイイイィィィイイイッッッ!!


 俺が暗証番号を入力し終えた途端、だった。扉から鳴り響く警告音。モニターには『解錠失敗』と文字が表示されている。


「な……っ!? 番号、間違えたか?」

「いいえ。番号は合ってたわ。あんたの記憶力、ちゃんと優秀よ。ただし、」


 モニターをいじって、警告音を止めるドレミ。

 続けて、今度はドレミが暗証番号を入力する。俺がさっき打ったのと、間違いなく同じ番号だ。


「指紋認証も兼ねてるの。確定ボタンがセンサーになっててね」


 モニターに、『認証』の文字。直後、ゴゴゴ……とスライド式の扉が徐々に開いていく。


「……聞いてないぞ」

「言ってないからね」


 悪びれる様子もなく、悪戯めいた笑みで答えるドレミ。


「手を取り合うのも笑い合うのもいい。大好きでも愛してても構わない。でも、隣人も恩人も、同僚も上司もビジネスパートナーも、仲間でも友達でも家族でも、信用だけはしないのが裏稼業の鉄則よ。端的に、『裏切られる想定を捨てるな』」

「保険……ってわけだ」

「探偵と違って怪盗は、疑わない。信用してないんだから、疑う必要も無いでしょ? ああ、それと、」


 そう言いながらドレミは、懐から手帳のようなものを取り出し、放り投げてくる。

 ……おいおい、これは、


「悪いわね、返し忘れてたわ」


 俺の手帳だった。肌身離さず持ってるはずだが、いつの間に……。

 探偵機関の時代から使ってる手帳。大したことは書いてないが、それなりに色々、俺のことは知れるだろう。素性がバレたのはこの手帳きっかけか。


「……っ、……怪盗め」

「それほどでも」


 くすりと笑い、ドレミは扉をくぐっていく。


「もっかい言うけど私は、あんたを犯人とは思ってない。動機も無いし、ロック解除も不可能。〝探偵〟にはできない、〝怪盗〟の所業に間違いない。――――それでもなお、あんたが真犯人だってんなら、大したもんだけど」

「……」

「信用じゃなくて、可能性のグラデーションよ。リスクを割り切る線引きはどこかでしないとね。さあ現場よ、仕事しなさい名探偵」


 やられた。どことなく俺は、一本取られたような気分になる。

 化かし合いに負けたような、妙な気分になる。

 別に騙し騙されの詐欺合戦をやっていたわけでもないのだが、事実として、俺は素性を暴かれ、保険の情報操作に気付かず、ドレミという人間をまんまと侮っていた。


 思えば、今こうして、わざわざ俺に間違ったロック解除をさせたのも、俺の動向を観察するためだろう。俺が犯人なら、指紋認証も把握しているはずだ。解除に失敗し、驚く。犯人じゃないからこその挙動だった。

 ドレミの言うところの、『リスクを割り切る線引き』がおそらくここだったのだろう。この検証によって、俺が犯人であるリスクが低下した。俺を使うメリットの方が高くなった。


〝信用〟を勘定に入れないからこその、合理的判断だ。否定して切り捨てるんじゃなく、強欲に貪欲に、得られるものは得る。これが怪盗か。


 まいった。ただ管理能力の無い適当なリーダーってわけじゃない。

 食えない女だ。俺の認識は、明確に甘かった。


「…………。〝元〟だ。今はただのコンサル屋。あまり期待するなよ?」


 溜息をこぼしながら、俺もまた財宝部屋の敷居を跨いだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ