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怪盗結社ファントム・ガールズの事件簿  作者: 一星
第六章 盗聴怪人
26/28

ロマンにこそ命懸け。怪盗の矜持よ

(欲しいものを諦めるなんて怪盗失格、か……)


 なるほど、その通りだ。とドレミも思った。完璧完全なハッピーエンド……そんなもの、欲しいに決まってる。


 欲しいなら、どうする?

 何が何でも盗み出せ。敵がどんなに強大でも。現実がいかに理不尽でも。それが、怪盗という生き物だ。


「音が加速してる……N−1通路、N−3通路、W−3も潰れた!」

「おいそれっ、全ルート潰れてないか!?」

『それどころやない! さっき隙間から見えたねんけど、誤作動か何かで跳ね橋上がってたで!』

「あーもー絶体絶命だな畜生!」

『……大丈夫。そっちは任せて』

『あっ、スノウさんっ!』


 やりたいことをやるのだ。生きたいように生きるのだ。


 身勝手に、わがままに。

 エゴと強欲を勝ち取れ。最高の人生を掴み取れ。世界に自分を、認めさせろ。


「――――っだらぁああ!!! こんな……っ、トラックで、瓦礫よじ登って! 2階に移動とか!! こんな無茶したことねーよ!!」

「1階のルート潰れたんだからしょーがないでしょ! ほら、ミラのアトリエ突っ切るわよ!」

『ぎゃぁあああ!!! み、ミラが丹精込めて育ててきた作品の数々がブチブチバキバキと……っ』

『我慢してください。どうせ数分後にはアジトごと燃えてなくなるのです』


 社会からはみ出した劣悪な捨て猫の溜まり場。だから何だ。無価値じゃない。無意味じゃない。誰が何と言おうとここが、自分達の居場所だ。

 アピールを欠かさず、パフォーマンスを絶やさず、主張し続けろ。


 叫び続けろ。



「さあ行けサグル――――ぶち破れぇええっ!!!!」

「うぉぉおおらっしゃぁぁぁあああああああああ!!!!!」



 その生き様で、身近な誰かと笑い合えるのならこんなに素敵なことは無い。


 胸を張って笑顔で生きられるなら、それだけで、


『あかん、跳ね橋まだ降り切ってない!』


 慌てた様子のアイの声がサグルのスマホから響く。

 目的地は財宝部屋C−1だった。海上の孤島。あの部屋に入ってしまえば、アジトの崩落被害からは逃れられる。

 はずだったが……2階の壁を爆弾でぶち破り、外に飛び出したトラックの目の前には、降りている途中の跳ね橋。スノウが途中下車して跳ね橋を降ろしに行ってくれたが、ギリギリ間に合わなかったか。重力と慣性に従いトラックは落ちるが、着地点が無い。


「げぇっ!? やっべ……くそっ、どうしようも、」

『だいじょーぶ! 今! この位置! トラップ起動!』


 アジトに仕込んであった自動迎撃トラップは全てあらかじめ解除されてしまっていたが、今それを、ミラージュが手動で遠隔起動した。


 跳ね橋の切り離し。本来は財宝部屋に侵入しようとする輩を海に落とすためのものだが。ゆっくりと降りていく跳ね橋が途中で切り離され、自由落下へと切り替わる。


 と同時、空中の橋に、上手い具合にトラックが着地する。

 この手の計算・直感が鋭いのはさすが、結社きってのカラクリ大臣といったところか。アジトのトラップも全てミラージュの設計だ。


 空中。自由落下中。もちろん不安定な橋。文字通りすぎる、危ない橋。サグルのハンドルワークでどうにか空中の道を走り切り、対岸の財宝部屋へと着地することに、成功した。

 そして、


「スノウっっ!!!!」

「……っっしょぉ!」


 急いで助手席から外に出たドレミ。落下中の跳ね橋や瓦礫を足場に跳ね回り飛び込んできた、身体能力オバケ少女の手を、ドレミの右手でキャッチした。


 スノウを引き上げ、力尽きるように座り込むドレミ。

 ……乗り越えた。


「乗り越えた……っ」


 一息つく、どころじゃない。安息という二文字はこれほどありがたいものだったのかと身に沁みる。命の危険は何回あった? 自分の心臓の音がさっきからうるさすぎる。

 それでも、ドレミの口から出てきたのは、笑い声だった。


「……はははっ。あっはっはっは!! さすがに、今回は、ヤバかったわねー……!」


 振り返り、運転席から出てきたサグルや、荷室から降りてきたみんなの顔を眺める。各々にそれぞれ徒労と疲労と、達成感の笑顔が浮かぶ。

 恐怖や萎縮や戦慄の中に確かにある、「あー楽しかった」という心の声が聞こえてくる。


 じゃあ、ドレミは?

 自分の心の声だって、とっくにもう聞こえている。


 ――――『お前は、それでいいのかよ? 黙って無抵抗で、人生奪われんだぞ』



(よくない。嫌だ。私はまだ……ここにいたい)



 この人生がどれほど無価値だろうとも。

 何のために生まれてきたのか、何のために生きてるのか分からなくても。


 わがままに、身勝手に、強欲に、貪欲に、ただただ手放したくないと思えるくらいには……手元にある〝今〟は幸せだった。

 これからも。


 そう思えるだけで、きっと十分なのだ。


「……あら?」


 見上げた先。屋上からこちらを見下ろす人影に気付いた。


「和田玲音……だったかしら。驚いた。ずっと屋上(そこ)にいたの?」

「ええまあ。盤面を見渡すには高いところが一番なので」


 肝の座った少年だ。いつ倒壊してもおかしくないというのに。安全なところから指示だけ出す偉そうなガキ、という認識が正直ドレミの中で芽生えつつあったが、評価を修正しなければならない。


 機械のような営業スマイルのまま、少年は尋ねてくる。


「それで、答えを聞かせてくれますか? 10秒はとうに過ぎています」

「もっと男磨いて、バラの花束持って出直して来なさい。せめてうちのアンパン野郎よりは魅力的じゃないと靡かないわね」

「おい」


 隣のアンパン野郎からはリアクションが返ってくるが、少年は失笑しながら肩を竦めただけだった。

 溜息とともに、サグルの口が開かれる。


「何にせよ……これでようやく、ドレミも含めた〝ファントム・ガールズ〟の総意がまとまった。クライアントの意向がはっきりした以上、俺もその指針を軸に職務を全うしなきゃな。とりあえずレオン、お前達〝暗渠〟との取引は白紙だ。どっか行け」

「んー、じゃあ新しく提案なんですけど、サグルさんがうちに来るってのはどうですか?」

「はあ?」

「本気ですよ。ぶっちゃけドレミさんよりサグルさんの方が欲しい」


 この距離ではさすがに、あの少年の心臓の音は聞こえない。だが、声のトーンから察するに、軽口で言っているわけではなさそうだった。

 炎に包まれるアジトの屋上、崩落していく音を背に、少年は平然と落ち着いて語る。


「端的に言います。僕はね、サグルさん。この社会を一度丸ごとぶち壊そうと思ってます。表も裏も、丸ごと全部です」

「……あ?」

「そのために、まずは裏の覇権を獲りにいこうかなって。〝暗渠〟でトップに立てば、とりあえず裏社会は手のひらの上でしょ? そこから全てを作り変えます。裏社会の構造も、勢力図も、販路も流通もダークウェブも。表の法律も伝統も慣習も、条例も社会規範も市場規範も常識も道徳も! 粗悪な既製品は全部ぶっ壊して、表も裏も溶かして混ぜて、理想の新しい型を作ります。言わば手作りチョコですね」

「……、」

「悪の組織の目的として、ありきたりですみませんね。でもほら、やっぱり世の中ってありきたりなんですよ。秩序に不備があるから理不尽が生まれる。じゃあ秩序なんか一度潰して再構築しちゃいましょう。システムエラーは修正しないと。コンサルやってるなら、サグルさんも分かるでしょう?」

「結局……それじゃあ、別の理不尽が生まれるだけだ。お前は神か何かか?」

「だったら、僕をあなたが諌めればいい。新システムを構築するのに、不備が無いか見落としが無いか、あるいは独善になってないか、互いに監視し合えばいい。手を組みましょうサグルさん――――世界の半分を差し上げます」


 ずっと、何を言っているんだこの少年は。


 正気の沙汰だとは思えなかった。ドレミはずっと、言葉を失ったまま呆然と聞いている。最後の一言は明確に冗談だと分かったが……逆に言えば、それ以外は。


 この少年の動機は、何なのだろう。

 さっき屋上で聞きそびれた、この2人の過去に、一体何があったのだろう。


 サグルの返答は、迷いなくまっすぐだった。


「寝言は寝て言えクソガキ」

「まあ良い返事が貰えるとは思いませんでしたけど。でも、そんな強気な態度で大丈夫ですか? 媚びとか売っといた方がいいのでは?」


 呆れた様子で肩を竦め、営業スマイルの少年は言い放ってくる。


「なんかもう逃げ切った感じで喋ってますけど、別に全然そんなことないでしょう? うちの部隊の囲いを突破しただけ。アジトの崩落から避難しただけ。跳ね橋も落ちちゃって……逃げ道が無いことに変わりないですよ。まさか泳いで逃げ切れるとでも?」

「まさか。俺はカナヅチだぞ」


 そうだったのか。

 こんなところで意外な事実が飛び出したが、今はそんなことより。


 背後を振り返ると、みんなそれぞれ行っていた〝調整〟が、今ちょうど終わったようだ。口々に「準備OK!」「……わたしも」「いつでもいけるで」「完璧完全、動かせるけど」と報告が返ってくる。


 サグルと顔を見合わせ、ドレミはニヤリと口端を歪めた。


「レオンお前、この部屋が何で、わざわざ海上に作られたか分かるか?」

「? 財宝部屋でしょう。セキュリティのためでは?」

「答えはね、」


 サグルのセリフを引き取って、ドレミが続ける。


 背後から様々な機械音が聞こえる。部屋中に響く機械音。部屋全体から発される音。やがてドレミの目線は、どんどん高度が落ちていく。

 海へと、落下していく。



「アジトから部屋ごと切り離して、いざというときにずらかるためよっ!!!」



 着水した。

 部屋が。いや――――部屋の外装が変形して、船のシルエットになったそれが。


 波に揺られながらドヤ顔でドレミは胸を張る。さすがの少年も驚きを隠せない様子で、営業スマイルが崩れてぽかんと突っ立っていた。


「……………………採算合うんですか、この緊急脱出(ペイルアウト)システム」

「余計なお世話。ロマンはあるでしょ?」

「バカですか?」

「ロマンにこそ命懸け。怪盗の矜持よ。私達が価値を感じれば全部お宝なの、バカと呼びたきゃ呼びなさい」


 アジトの方から、ひときわ大きな崩落音が鳴り響いた。

 もう建物としての限界はすぐそこかもしれない。事ここに至って少年もさすがに諦めた様子で、自らの脱出に向けて踵を返した。


「やれやれ、ここまでですね。今回は、やられました。また会いましょうサグルさん」

「……ああ。お前とは、話さなきゃいけないことが山程ある」


 気付けば、少年の姿は消えていた。

 数秒後には、アジトは炎に包まれながらダイナミックに倒壊し、瓦礫の山と化していた。あの少年は無事だろうか……と一瞬だけ思うドレミだったが、きっと無事なのだろう。案の定、サグルを見ても、心配そうな表情は一切していなかった。


(……あーあ、燃えちゃった)


 あのアジトの中に、どれだけの財宝を残してきたのかも分からない。被害総額は一体いくらだ? 全てが崩れ、全てが燃えた。


 それでも、手元に残った財宝が4人分、キラキラと輝いていて。そのちっぽけな輝きこそ、ドレミにとってかけがえのない価値がある。

 ドレミの口元が歪み、たった今、5人分になった。


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