理屈で不可能なら、理屈じゃないんだろ
(やられた……っ)
やってくれたな、この男は。
ドレミは歯を食いしばりながら、サグルを強く睨みつける。
「……呆れた。探偵ってのは本当に、人の心が分かんない最悪な生き物なのね。推理ショーって銘打てば、犯人のプライバシーは配慮しなくていいってのがあんたらのやり方なわけ?」
身の丈ほどもある杖をぎゅっと握り、少し動かすドレミ。
この杖は特殊な集音器になっており、任意の音を拾うためのサポート器具として機能する。音符型の耳飾りもまた特別製で、こっちはイヤホンのような役割だ。この2点セットが無ければさすがに、サグルの心音なんて微小な音は波や風に掻き消されて聞こえない。
杖の位置を調整し、集中する。照準はサグルの手元にあるあのスマホ。
グループ通話。どこに、誰に繋がっている?
聞くまでもなく分かっていた。今この状況で、通話を繋ぐ相手なんて他にいないだろう。
『みんな聞いたー? ドレミってば、完璧完全、ミラ達のこと見くびってると思うけどー』
『……ドレミが大人しく寝返っても関係ない。どの道、わたし達が大人しくしていない』
『そーゆーことなのです。今これ、聞いてますかねドレミさん? 私達のスタンスはもう決まっております、説得も説教も非常に無駄なので』
『にししっ。最善策とか答えの正しさとか何や叫んどったけど、人の心を理屈で抑え込めるなんて本気で思とったんかドレミちゃん? うちらの想いも、自分の気持ちも、無視して話進めんなや。わがまま身勝手やりたい放題――――欲に忠実な怪盗稼業ちゃうんかい?』
スマホの向こうから聞こえてくる4人分の少女の声。
これだから、嫌だったのに。
だからこそ、みんなには黙って去ろうとしたのに。
『認識にズレがあるみたいやから教えたるけどな、ドレミちゃん。ただ組織があっても「居場所」とはうちは呼ばへんねん。5人で笑い合えるからこそ〝ファントム・ガールズ〟や。せやろ?』
やってくれたな、名護探繰。
責めるように睨みつけるドレミにもどこ吹く風で、サグルは平然と語る。
「ドレミ、お前の要求には俺は応えられない。特に2つ目。『お前がいなくなった後の〝ファントム・ガールズ〟でコンサルを続ける』ってのは、不可能だからだ。その組織はもはや〝ファントム・ガールズ〟じゃないってのが、こいつらの総意だからだ。――――あと、多分、勘違いがもう1つあるな。俺がこいつらに真実を暴露したわけじゃないぞ。この通話だって、実は俺の意思じゃない。俺は今回、指示通り動く小間使いに過ぎない」
「は?」
「俺が気付くよりずっと前から、こいつらは知ってたよ、お前の内通の一件は。だから今回、俺を使って、本音を聞き出そうと画策した」
(……そんなバカな)
あの4人にはとっくに気付かれていた。そう言ったのか。
しかしサグルの声は、口調は、心音は、その言葉は、嘘をついているようには聞こえない。嘘判別能力はかなりの精度を誇ると自負しているドレミだったが、こればっかりは己の耳を疑わざるを得なかった。
あの4人にバレないように。ドレミはずっと、そればっかりに注力してきたのだ。
「さすがに……いくらなんでも、この件の情報管理にはしっかり神経張り巡らせたわ。交渉人と会ったときも尾行は絶対されてない。その他のやり取りも全部、私のプライベートアドレスでメールしてる。セキュリティに特化したプロバイダを使ってるし、スマホ自体も当然パスワードロックは設定してある。情報1つが命取りの裏稼業で、『うっかりミスで情報漏洩しちゃいました』なんてヘマする奴はいないわよ……! 実際、伝説の名探偵の目はずっと騙し続けられてたんでしょ!? それを、あの子達が、一体どうやって……!」
「理屈で不可能なら、理屈じゃないんだろ。『なんとなく』って本人達は言ってたぞ」
返す言葉が見つからず、ドレミは呆然と固まった。
「それだけ、お前の言動に違和感があったんじゃないか? 『いつもと違う』……いくら俺が名探偵でも、そりゃ気付けないだろうな。お前の『いつも』を知らん」
「……っ」
「自分の違和感なんて自覚できないものだよな。それをあいつらは、ちゃんと嗅ぎ分けた。そしたら後は、その正体を見つけるだけだ。大層な電子ハッキングなんかしなくても、スマホ本体をこっそり盗み出せばいい。プライベートのスマホなんて、大したレベルのパスワード設定してないだろ? お前の価値観や思考回路を分析してパターン解析して……まあ要するに、お前のことをよく分かってる人間なら、パスワードを力尽くで突破できても何も不思議じゃない。セキュリティってのは内側から攻略できれば脆いんだ」
ドレミは未だに、声を発する気にはなれなかった。
言葉が出ない。
この裏社会に信用は無い。身内相手なら無警戒でも大丈夫、なんて思ってるわけがない。ドレミとしては、普通にセキュリティ十分のつもりだったのだ。パスワード解除の際も、盗み見られないように注意している。サボらず毎回、そのくらいは警戒する。
のに……まさかシンプルに憶測で突破されるなんて想定していない。
嘘を判別できるドレミと違って、あの4人は、人の心を読める能力なんて持ってないのに。
「特殊技能も、超能力も魔法も、必要無いらしいぞ。人の心ににじり寄るってのは。人を理解しようとするコミュニケーションは。……ドレミも、あいつらの想いを理解しようとしてやれよ。それともあいつらはまだ、お前にとって所有物なのか?」
(……違う)
そんなわけがない。
むしろ自分の手から離れてほしかった。こっちに来ないでほしかった。ずっとそこで、4人で、笑っていてくれたら満足だった。
「本当は分かってるはずだ。あえて理解を拒絶してるだけだ。この選択がハッピーエンドに繋がると、本気で思えるか? お前が消えた後、あいつらが4人で、今まで通り笑って活動できると思うか?」
(……思わない)
本当は分かっている。誰も望んでない道を、妥協と諦めで歩んでいるだけだということに。それをさも、みんな幸せになる唯一の方法だとばかりに、自分に言い聞かせていることに。
「そうさ、誰も望んでない。お前自身も望んでない。と、あいつらは言うんだ。だから俺もそのつもりで動いた。あいつらなら、お前を正しく理解してる可能性が高いと思ったから。まあそれでも、お前自身が『間違ってる』と断ずるなら考え直すが」
(……間違ってない)
だからこそ、あの4人にはバレないように全力の隠密で動いてきたのだ。
自分のことをよく分かってる4人だから。
分かってることを、分かってたから。
「最初の質問に戻るぞ。お前はまだ、〝ファントム・ガールズ〟のリーダーか? それとも〝ファントム・ガールズ〟は、あいつらの居場所ではあっても、お前の居場所じゃなかったのか? ここでの怪盗生活はお前にとって、本当に無価値なものだったのか?」
(そんなわけ、ない……!)
でも、全てを手に入れようとしたら、その道の先は真っ暗だから。
認めるわけにはいかない。
認めてしまえば、揺らいでしまう。妥協して切り捨てるのも時には必要だ。他の全てのリスクを下げるために身を切るのは自己犠牲じゃない。責任というやつだ。
〝ファントム・ガールズ〟のリーダーとして。
だから、ドレミは認めない。内心を隠し、一切の返答を拒否した。――――はずだった。
「ああ、お前の本音はよく分かった」
「え?」
サグルの返答に、ドレミは素っ頓狂な声を漏らす。本音どころか、ドレミは今、何も喋ってない。サグルが何に対して返答したのかも意味不明だ。
その意味に気付いたのは、すぐ直後のことだった。
今まで気付かなかった。ドレミの足元付近にある謎のパイプから、ガスのようなものが噴出し続けていることに。よく見れば、周囲の植物も、いつもと植生が違う。
これは、
「……、セフィラの……っ」
特定の植物環境下で発動する、ガス型の自白剤。
完全無意識で心の内を吐露し続ける、知らなければ絶対に防げないし気付けないトンデモ性能の究極武器。
……なんてものを開発してくれたんだ、あの天才小娘は。ドレミもまさか、こんな形でメンバーの異常性を改めて実感することになるとは思わなかった。
何かを言おうとしてまとまらず、開いた口を再び閉じるドレミ。心の中でさえ、想いがぐちゃぐちゃで定まらない。
何も声が、出てこない。ただ俯くのみだった。
その表情は、まるで敗北を受け入れるような。
ある種の清々しい、やわらかい色が滲んでいることに、自分では気付かない。
「もう効果は無いから安心しろ。今出てるのは中和剤らしいから――――」
と。
サグルの声が唐突に途絶え、何かと思って目を向ける。
その口が、開いたまま止まっていた。唖然とした表情で、目を見開いて。
その視線の先は、ドレミの背後だった。
「〝盗聴怪人〟のお株を奪うみたいで申し訳ありませんが、全て盗み聞きさせてもらいましたよ。交渉決裂です、ドレミさん」
「……、あんた、〝暗渠〟の」
交渉人。いつぞやに一度だけ会った、〝暗渠〟の男が歩いてきていた。
黒スーツを身に纏い、感情の読めないビジネススマイルを浮かべている金髪少年。どう考えてもドレミより若く、一見して人畜無害。こんな人間が〝暗渠〟の使いなのかと驚いた記憶がある。
(いや……)
驚くべきはそこじゃない。過去よりも今だ。この少年……いつからいた?
(屋外とはいえ、私の耳で……この距離の人間に気付けなかった)
今こうして歩いている姿からも察せられる異質。気配というものが全く感じられない……特殊な歩法でも用いているのか。
会うのは二度目だが、得体が知れない。
ドレミ達の数メートル手前で立ち止まる金髪黒スーツ少年。その所作と立ち姿はあまりにも、この状況下において、不自然すぎるほど自然体だった。
「……。……。……ちょっと、最後の最後で邪魔しないでよ。もう少しでみんなを騙せてたのに。本音を引き出されたフリして今は退いて、機を見てこっそり出て行こうと思ったのよ」
「その見え見えの嘘を信じたところで覆りませんね。どうせ他のメンバーが黙ってないでしょうから、『大人しく〝暗渠〟に合流』できない可能性が高い。と僕が独断で判断しました。交渉決裂はすでに決定事項です。――――当初の約束通り、ドレミさんは強引に奪っていくことにしました。牙も折らないといけないので、皆さん何かしらの痛い目に遭ってもらうことにはなるでしょう。命以外の全てを失う覚悟はできてますね?」
「……、」
言い訳は、通じなさそうだ。
今さら何を言っても手遅れ。すでにメンバー全員が獲物か。
後ずさるドレミは、頬に伝う冷や汗を自覚しながら隣のサグルに問いかける。
「現状、敵は1人。今ここであの金髪を捻じ伏せちゃえば、何かが解決すると思う?」
しかしその問いは虚しく空回った。
数秒待ったが、サグルからの返答が無い。思わず振り向くと、サグルは、金髪黒スーツ少年をただただ呆然と睨みつけていた。
虚を突かれた、……にしては、もう少しクリティカルな一撃を貰ったかのように。
「? サグル?」
「ん……ああ、悪い悪い。バトるかどうかって話だよな? やめとけ」
質問は聞こえていたようで、我に返って返答してくるサグル。
「どうせ仲間に連絡済みだろうし、多分1人じゃない。交渉決裂の強攻策を視野に入れて来てんだから、伏兵くらい連れてるはずだ。それに――――たとえ1人だったとしても、根本的に不可能だ。俺達2人じゃあいつに勝てない。生き延びる道は逃げ一択だよ」
「……弱気な断定ね。それは試してみなきゃ分からないじゃない。私は戦力にならなくても、あんた色んな格闘術やってんだから……」
「もう試したんだよ。俺は格闘であいつに勝てたことが無い」
その言葉の意味を、ドレミは考えた。一体どういうことだろう。これじゃああの少年が、まるで旧知の仲かのようじゃないか。
浮かべた失笑の中に困惑と警戒の色を滲ませながら、サグルはさらに言葉を投げかける。
「似合わない格好しやがって……説明と言い訳の準備はできてんだろうな? 突然現れて、俺に挨拶すら無しで話進めてんじゃねーよ」
「……ふむ。思ったより動揺が少ないですね。まさか僕の正体、バレてました? ヒントも情報も与えた覚えは無いんですけどね……さすが〝名無しの探偵〟」
金髪黒スーツ少年は、不敵に笑う。
ドレミに向けていた笑顔よりも、親しさと敵意を同時に感じさせる温度が籠もっていた。
「改めましてお二方。元探偵機関所属、〝名無しの探偵〟の助手というキャリアを経て、現在は〝暗渠〟構成員として身を置いております、和田玲音です。以後お見知り置きを」




