ただし友達は全然いない
アンパンを食べるたびに思うことがある。――――俺は何のために生まれて、何のために生きてるのか。
つまるところ、俺という存在の価値は何なのか。
別に人生に虚無感を覚えているわけじゃない。そこそこ楽しく、まあまあ幸せで、それなりの目標を掲げて今を生きている。ただ、疑問に思うというだけだ。
分からないまま終わるというのが、何事においても嫌なのだ。
設問は、解答をもって完結するパズル。欠けたピースは埋めないと気が済まない。『答えなんて無いんだよ』じゃ、自分を納得させられない。
たとえば目下、『アンパンはこしあんがいいのか、つぶあんがいいのか』という問いに俺は、ここしばらく頭を悩ませている。
究極の選択だ。この問題に正解は無い。
それでも、答えはあるはずなのだ。人それぞれで、主観的で、好みの問題に違いない。が、俺は俺の答えを探し続けるだろう。無類のアンパン好きを自称する俺としてはもう『どっちも美味しい』で結論付けたいところなのだけど、そういうことを言ってるんじゃない。どっちがいいかという比較の話をしている。結論として『引き分け』になることはあっても、うやむやに逃げるのはダメだ。喉の小骨が一生取れないままになる。
ちなみに、世界一有名なアンパンことアンパンマンは一体どっちなのだろうと、一度調べたことがある。奴はつぶあんだった。どうでもいい雑学だが、これも一つの判断材料だ。
ともあれ。
何が言いたいかというと、俺の喉には常に、疑問の小骨が引っかかり続けているのだ。
いっそ考えなしのアホにでもなれればハッピーなのかもしれない。早々に答えの出ない疑問ばかりが俺の中で積み重なっていく。
何のために生まれたのか。義務教育ってのは何故必要なのか。何故俺はこんな難儀な性格なのか。友人はどうやって作るのか。大学に進学する意味はあるのか無いのか。
そして――――俺は今、何故こんな職業に落ち着いているのか。
この数奇な人生の意味も、目下の疑問と言えるだろう。
そんなことをぼんやりと考えている俺に向けて、仰々しい社長椅子に座ったウルフヘアの少女が言葉を投げかけてきた。
「というわけなのよ、サグル! あんたを呼び出した理由、もう言うまでもないわよね?」
赤を基調とした魔女のような衣装で身を包んだ少女。
頭上には大きな魔女帽。音符を象った耳飾り。
傍らに置かれた……等身大ほどもある、あれは杖か? ファッションがこの上なく騒々しい。
仰々しいデスクで頬杖をつきながら少女は、不機嫌そうにギロリと俺を睨んでいた。
溜息混じりに俺は、答えを返す。
「『というわけなのよ』って言われても……何も説明されてないんだけど」
「察しなさい。全てを」
「んな無茶な」
小柄な体格に相応な、童顔の少女。中学生……いいや、ランドセルを背負えば小学生と言われても納得できそうな彼女だが、実年齢は18歳。この前選挙に行ったらしい。
こんなナリでも法的には成人年齢だというのだから、令和は奇妙な時代だと思う。
いや……この少女がたとえ20歳になったとしても、大人相応の容姿を手に入れてるものか、俺は疑問だが。年齢不詳の妖怪じみた若々しさは、魔女呼ぶに相応しい。
その童顔を険しく歪め、彼女はやはり不機嫌そうに言う。
「これは私達〝ファントム・ガールズ〟の沽券に関わる大事件よ」
怪盗結社〝ファントム・ガールズ〟。そう呼ばれる組織がある。
神出鬼没。大胆巧妙。軽妙洒脱。鮮やかで華やかな、盗み特化の曲芸師達。空想から飛び出して本当に実在する、怪盗の集団だ。
ここはそのアジト。その建物の一室であり、目の前の少女は何を隠そうそのリーダーである。
人呼んで――――怪盗ドレミ。
俺も職業柄、裏社会の情報は色々と耳にするものだが、〝怪盗ドレミ〟の名は特に界隈に轟いている。……その正体がこんなちんちくりんな少女だとは思わなかったが。
あと、魔女だとも思わなかった。
魔女っ娘で、ドレミって。何に影響されたのか一発で分かる単純な女だな……。
「だから、何があったんだよ」
「怪盗が出たの」
「そりゃ出るだろ。蜂が出るから蜂の巣だ」
「おいこら、怪盗を害虫扱いすんな!」
「良いじゃないか、蜂。溜め込んだハチミツは極上だ」
「財宝をハチミツ扱いすんな! ……じゃなくて、そうじゃなくて!」
百聞より一見とばかりに、ドレミは懐から一枚のカードを取り出し、俺に向けてピッと飛ばす。
指でつまんでキャッチしたそれは、〝怪盗Missing〟なる何者かからの犯行声明だった。
「…………なるほど」
概ね、理解した。つまり、
「天下の怪盗結社が、ものの見事に同業者に出し抜かれたってわけか。何してんだよ……」
「う……耳が痛いわ」
「で、この秘宝〝ブラックカーテン〟ってのは?」
「実は私も、具体的に何なのかってのは知らないの。何日か前、うちのメンバー達が勝手に盗んできたものだから」
「何してんだよ……」
俺は頭を抱えた。何だこの組織は……あらゆる管理能力が終わってる。
「でも間違いなく、あったはずなのよ。アホみたいに厳重な、金庫みたいなトラックごと盗んできて、財宝部屋Cー1に保管されてたの」
「金庫みたいなトラック?」
「ゴツい護送車で、荷室が金属の壁なの。本当に、金庫そのものと思ってくれたらいいわ」
大袈裟……でもないか。秘宝を運ぶに相応しい防御力だ。
「昨日……というか今日、26時くらい、私が開けたらそこに何も無かった。代わりに一枚のカードが落ちていた」
「ふーん……。財宝部屋Cー1って、別に不用心な部屋でもないはずだよな。カメラおよびセンサーを8箇所、施錠を4箇所、迎撃トラップを12個、クリアしないと侵入できない」
「あら、優秀ね。アジトの図面、もう完璧じゃない」
「まあ、これが俺の仕事だから」
「加えて施錠がもう一つ、〝トラックの荷室の鍵〟もね。分厚い金属の箱にダイヤルロック。キーナンバーを私がようやく入手して、その直後に、私が初めて解錠した。……はずなのよ」
「おいおい……なんだそりゃ。随分な不可能犯罪じゃないか。カメラは?」
「当然チェックした。犯人はきっと透明人間よ」
まるで隙が無い。
センサーやトラップをくぐり抜け、鍵を4本盗んで解錠し、メンバーの誰も知らないキーナンバーをクリアして金庫を開けた。……可能か? いや無理だ。断じていい。どんなに鮮やかな曲芸師でも、少なくとも、カメラに映らず財宝部屋に入るのは物理的に不可能だ。
では――――こういう線はどうか。財宝部屋にトラックを運び込んだときにはとっくに中身は無かった。
つまり、
「間抜けなメンバーが空っぽのトラックを盗んできちゃった可能性は?」
「無い。心外ね」
キラリと反射する耳飾り。ドレミの視線がまっすぐ俺を射抜く。
「盗みに関しちゃ、あの子達も超一流よ」
「……ま、そうだよなあ」
「あの子達が成功したというのだから、成功したのよ。秘宝〝ブラックカーテン〟を盗み出すまでは、確実にね」
俺も、そう思う。
彼女達の能力の高さは、よく知ってる。身に沁みている。
「犯行声明はどこに?」
「トラックの外よ。部屋の床」
「じゃあ、どうあれ侵入はしてるわけか。ままならないな。少なくとも〝怪盗Missing〟とやらは、アジトの構造を完璧に把握して――――ああ……なるほど」
思わず、溜息が漏れる。今、俺はようやく理解した。
疑問が解けた。
最初のドレミの問いかけ。『あんたを呼び出した理由、もう言うまでもないわよね?』……その答えは、こうだ。
「俺を、犯人だと思ってるんだな」
「……あら。そんなこと言ってないけど? サグルはよく働いてくれてるわ」
「お世辞は結構。俺は犯人じゃないと一応弁明はさせてもらうけど……まあ我ながら、怪しすぎると思うよ。俺が組織に参加した途端にこんな事件が起こるんだから」
肩をすくめながら俺はドレミに言い放つ。実際、俺がドレミの立場でも俺を疑うだろう。さて、どうやって無実証明したものか。
ちょうどアリバイでもあれば話は早かったけど……犯行時刻の0時、家で一人で寝てたからなあ。
などと考えていたものだが、
「いやだから、違うってば」
「あれ?」
「あんたを犯人だとは思ってないわ」
本当に他意の無さそうな、軽い声がドレミの口から発される。
「……じゃあ、何で呼び出されたんだよ俺は」
「何でって、そりゃ、あんたの仕事だからよ。――――怪盗結社の、コンサルでしょ」
淡麗な声が俺を貫く。鮮明に耳に響いてくる、そのワード。
コンサルタント。それが俺の職務である。
経営改善、業務効率化、戦略指南……一般にイメージするコンサルの、仕事としてはそれで正解だ。ただ、クライアントが怪盗なだけ。
怪盗結社のコンサル――――自分で言ってて、呆れるものだ。意味が全く分からない。
何故こうなったのか……紆余曲折あった過程諸々を思い返す気にもならないが、ともかく、これが俺の今の仕事だ。どうあれ請け負ったからには、任務を全うするまで。
依頼主は結社リーダーの怪盗ドレミ。
曰く、『我々〝ファントム・ガールズ〟の、組織運営を改善してほしい』。
コンサルに頼りたくなるほど組織として終わってるのはもう十分理解した。問題点が多すぎて、さてどこから改善に取り掛かったものかと悩んでいたものだが……。
「この一件、あんたに任せるわ。〝怪盗Missing〟……その正体と手法を暴いてみせなさい」
「はあ!?」
思わず素っ頓狂な声が漏れる。いやいや……。
「俺はただのコンサルだぞ。この組織の、課題を分析して解決策を提案する。それが俺の仕事だ」
「だから、それをしてくれって言ってるんじゃない。不備があるからトラブルが起きたんでしょ。保管してる財宝が盗まれるような、致命的な何か脆弱性が」
「む……」
妙に筋の通ってることを言ってくれる……。
たしかに、完璧なはずの警備の、どこかに穴があるのはもはや明らか。それを見つける作業は、犯人の手法を暴くのとイコールだ。ともすればそれは、犯人の正体にも繋がる可能性もある。
「現状、このアジトに一番詳しいのは多分あんたよ。全体像なんて私も細かく把握してないし」
「把握しとけ……。まず何より管理体制だからな? この組織の課題」
「それに……その点を抜きにしても、あんたが一番適任でしょ。この案件は。自分でそう思わない?」
「……。思わないな。何でだ? こんな意味不明な不可能犯罪の謎を解けって言われてんだぞ。普通に、荷が重い。改めて言うけど、ただのコンサルの仕事じゃない」
「ご冗談」
肩をすくめながら、ドレミは言葉を続ける。
「『ただのコンサル』? 聞き間違いかしら? 謙遜は美徳と思わない主義よ私は。世のコンサルに失礼でしょ」
「……お前が俺の何を知ってるって言うんだ」
「んー? そうね」
マスクの奥の瞳が、ニヤリと歪んだ気がした。
「名護探繰。19歳。身長174cm、体重約68kg。6月18日生まれ、双子座のAB型。好物はアンパン。嫌いなものはピーナツバター」
「……、」
「公務員の父と専業主婦の母のもとに生まれた中流家庭の一人っ子。地元の公立中学から、県トップの進学校に入学して、卒業したのは10ヶ月前。学力も身体能力もトップレベルの文武両道。空手と柔道と、剣道も有段者なんだっけ?」
「……っ、これはこれは、……思ったより知ってるじゃないか。話した覚えないんだけどな」
「――――ただし友達は全然いない」
「うっさいわ! 言わなくていいよ知ってても!」
「教室ではずっと一人でパズルやクイズを解いていた。功を奏して、クロスワードパズルの懸賞に当選した経験が合計7回……」
「ええい、やかましい!」
だが、シンプルにすごい。すごいし怖い。そんな情報どこから手に入れたんだろう……。
「あはっ。耳が良いのが自慢なの、私。聴力もそうだけど、特に情報収集ね。私の耳には色んな知らせが届くのよ」
リィン、と。ドレミが指で軽く弾いた、耳飾りが音を響かせる。
「他にはたとえば、あんたの前職のこととかね」
「……っ」
これはまいった……、さすがに驚いた。
戦慄した、と言っていい。
それは、個人情報の域さえ超える、何重にもプロテクトされたトップシークレットのはずだ。いくらなんでも、情報通ってだけじゃ説明が通らない。
表情には、出さなかった自信はある。ポーカーフェイスは得意だ。が……不敵に揺らがぬドレミの微笑みから察するに、今さら誤魔化したとて無意味か。カマをかけてきたわけじゃない、とっくに確信している様子だ。
この怪盗少女は……何故、俺の秘密を知っているのか?
喉の小骨が、一本増えた。
「だから適役だと言ってるのよ。不可能犯罪の解決なんて、あんたならお手の物でしょ」
無意味にポーカーフェイスを続ける俺の耳は、その淡麗な声を強く鮮明に聞き取った。
「ねえ――――引退した伝説の名探偵〝名無しの探偵〟さん?」




