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怪盗結社ファントム・ガールズの事件簿  作者: 一星
第六章 盗聴怪人
19/28

私立こしあん高等学校

 名を、和田玲音という。


 探偵機関の時代、俺の活動をサポートしてくれていた唯一無二の助手だった。


 俺の3つ下、現在16歳。機関に入った年次で言うなら同期だ。が、機関では16歳未満の探偵活動は認められておらず、当時は助手という立場で俺とともに数々の事件を解決してきた。


 順当に行けば今頃、コードネームを与えられて正式に探偵活動をしていたことだろう。俺なんかよりもずっと優秀な探偵になっていたはずだ。ずっと傍でその才能を見てきた俺が言うのだから間違いない。が……レオンもまた、俺が機関を辞めたのと同時期に脱退したらしい。


 惜しい人材を失ったものだ。探偵機関の未来を憂うのは、まあ、さすがに俺は筋違いか。


「腕、鈍ってんじゃないですか? 僕が本気なら死んでましたよ、気を付けてください」


 近くのベンチに座って缶コーヒーを飲みながら、軽い口調で金髪少年は言う。俺もまた隣に座り、カシュッとプルタブを開けた。


「否定はしないが……鈍ってなくても、身体能力でレオンに勝てる気はしないから関係ないな。……腕掴んでたのは俺なのに、何で俺が投げ飛ばされてんだよおかしいだろ。せめて俺を掴め。何もしてないのに投げ飛ばすのはズルだ。格闘に魔術を使うな」

「魔術じゃなくて技術ですよ。人体の構造をハックすれば最小限の干渉で相手の体くらい操れます。当時のサグルさんになら防がれてました」

「防がれたら防がれたで次の攻撃に連動するだろ。勝てないことに変わりはない」


 俺も最低限の格闘技や護身術は修めてきたが、探偵ライセンス獲得のために必要だったからだ。機関で探偵を名乗るための最低合格ライン。護身の能力が無いと活動許可は出ない。つまり、俺にできる動きは他の探偵全員ができる。


 中でも、突き抜けて身体能力に長けていたのがこのレオンだ。俺じゃなくとも、大抵の探偵はこいつに勝てないだろう。種目次第では、スノウにも勝ると思う。


「ええ、そうですね。だから格闘であなたに勝っても、勝ったとは思わない」

「じゃあそのコーヒー代払え。負けたら奢る、それが俺達の勝負のルールだろ。勝ってないのに、年長者を自販機までパシらせるな」

「負けたと思ったのならあなたの負けですよ。勝者がいないだけです」

「減らず口野郎」

「あなたほどでは」


 口に運んだ缶コーヒーは、どこか懐かしい味がした。


 一緒に活動していた3年間、この生意気な助手とは何かにつけて勝負していたものだ。勝率は覚えてないが、俺のほうが低かった気がする。この万能天才小僧に、弱点というものはほとんど無い。だからこそ、俺もまた意地になって勝負を吹っかけ続けていたのだが。


 最後に勝負した、カードゲームの記憶がふと蘇ってくる。子供から大人までファンの多い、戦略性のトレーディングカードゲーム。決着がつく前に中断して、それっきりだった気がする。


 会うのは1年ぶりか。黒い服を好むのも、首にかけたヘッドホンも、メッシュ入りの白に近い金髪も、薄ら笑みベースの表情も、あの頃から何も変わらない。変化といえば、ヘッドホンが最新モデルになっているくらいだ。

 首から提げた懐中時計も、やはり、そこにある。


「お前、探偵機関辞めたんだって? 今何してんだ」

「まあぼちぼち、個人で色々動いてますよ。サグルさんこそ、どこで何を? 大丈夫そうですか?」

「俺も、ぼちぼちだ。何だ、お前が人の心配とは珍しい」

「そりゃまあ、伝説の名探偵がコスプレで現れたものですから」

「……」


 そりゃそうか。忘れてた。俺は今制服だ。


「色々あってな。今日だけ高校生だ」

「どこの生徒で?」

「私立こしあん高等学校」

「それはそれは。僕はつぶあん派なので敵ですね」


 正直に俺の今の境遇を喋るわけにもいかないが、適当に流すにしても、あまりにも適当な会話だった。でもそれは、1年ぶりに会ったとは思えないほど自然体で、当時と遜色ない力の抜けたやり取り。……あの頃に戻ったかのように。


 自分でも、少し意外だ。1年ぶりのレオン。もう少し、心が強張ると思っていた。


 少し、間が空いた。

 これ以上の追及をレオンはしてこないし、俺もまたレオンにこれ以上聞かない。今こいつが何をして過ごしているのかなんて、正直なところどうでもよかった。何をやらせても高性能な男なのだから、何をやっていようがどうせ上手く生きている。


 何故辞めたのか、とも聞かない。お互いに。

 動機なんて分からない。人の心なんて紐解けない。けど……きっかけがあの一件であることは、それだけは、言うまでもなく聞くまでもなく、お互いに明白だったから。


「あなたがここに来るときは、大事な考え事をするときだ」


 再び口を開いたのはレオンだった。続けて問うてくる。


「今、何を考えているんですか?」

「レオンが何で今、俺に会いに来たんだろうって」

「ほう……。意外な答えが返ってきましたね」

「そんなに意外か?」

「ええ、それなりに。あなたが動機で頭を悩ませるとは」


 本気で意外そうな顔だ。本当に考えてる事件(こと)は喋るわけにいかないので適当に流しただけの回答だが……こいつのそんな顔はめったに見れないので、なんだか得した気分になる。


「俺を人でなしみたいに言うな。そのくらい考えることもある」

「いの一番に口にしたのが意外なんですよ。引き出しの一番手前にあったということでしょう。ホワイダニットは考えない主義かと思ってました」

「まあ、たしかに苦手だよ。現役時代はずっとお前に任せてた」


 そういう、役割分担だった。事件捜査において、俺は推理に集中する。そのための情報をレオンが集める。人と話し、説得したり懐柔したり、隠れた人間関係を読み解いたり、事件解決後のケアにもこいつは気を回していた。対人スキルにおいて、俺はこいつに、格闘以上に敵う気がしない。


「ちなみに僕がここに来たのは偶然ですよ。散歩コースに偶然あなたを見かけて、話しかけただけです。……でも、なるほど。サグルさんが今悩んでる事案はそれですね? あなたの苦手な、ホワイダニットを抱えてる。違いますか?」


 肯定も否定もしない。俺は黙って、言いたいことだけ言うことにする。


「何のために何をしたいか、なんて俺には分からん。人の心ほど複雑なメカニズムは無いだろ。超能力者でも魔法使いでもないのに、分かった気になってる奴の方が間違いだ」

「概ね同意ですけどね。でも動機なんて大抵、突き詰めるとひどく単純なものですよ」

「ふむ」


 俺の脳裏に浮かんでいるのは、もちろんアイのことだった。

 何を考えているか分からないあの女の、行動原理も実は単純なものだったりするのだろうか。


「俺は考えすぎか?」

「あるいは、考えなさすぎです。悩むべきレイヤーが違うんですよ。ロジックじゃないものをロジカルに考えてどうするんです」

「……じゃあどうしろと?」

「考えるしかないでしょう」

「とんちか? それとも俺をバカにしてるのか」

「バカな人間がありもしない答えを探す行為を哲学と言います。決して理解できないものを理解しようとする心を愛と呼びます。サグルさん、答えがあるかどうかは本質じゃないでしょう? 考えることそのものに意味があるし、価値がある」


 それはたとえば、アンパンはこしあんとつぶあんどっちが良いのか、みたいな議論をぶつけ合うようなことですよ。レオンはそう続けた。


「あなたは答えを出すことに優れている。だから答えの無い道を避ける。でもそうなると全く別のゲームです。真っ向勝負を放棄している」

「……。それが、人の心を蔑ろにしているってことか」

「ふふ、何ですかそれ。誰かに言われたんですか?」

「ああ。ちょうど、さっき」


 自分の愚かさを認めるのは、当然面白くない。俺は今どんな仏頂面をしてるんだろう。そんな俺を見て愉快そうな笑みを浮かべる金髪少年にも腹立たしい。


「答えに辿り着けなくても、にじり寄ることはできます。超能力も魔法も無いまま、みんな泥臭く正々堂々挑んでるんです。その密度の濃淡が社会を作っているんですよ」

「どれだけにじり寄っても確率論だけどな。結局不正解かもしれない。不確かで曖昧なものに作られる社会ってやつは、俺にはやっぱり納得できそうもないな。構造が設計ミスだ」

「それも少し違いますよ。……うん。じゃあ勝負しましょうか」


 唐突にレオンは言った。


「サグルさんがこの場所を気に入っている、一番の理由は何か?」

「何だ急に」

「僕達の勝負はいつも急でしょ。――――その〝一番の理由〟。僕が当てられるかどうかです。あなたの心を、僕が理解しているかどうか」


 そんなの、決まってる。


「当てられる。俺はそっちにBETする」

「清々しい掌返しですね。不利になった途端スタンスを変えるの、ズルくないですか?」

「それを言うなら設問がズルだ。俺に選択権無いなら勝ち目無いだろ。いくらなんでも、当てるに決まってる」

「……なんだ、自分で分かってるじゃないですか。〝僕があなたを理解してること〟じゃなくて、〝それを理解してるあなた自身〟をです。〝信頼〟の二文字は思いの外、不確かでも曖昧でもないですよ」


 返す言葉は無かった。

 俺自身が今やっていることに、納得しないわけにいかない。実益の絡む勝負で、理性で選んだのだ。感情論を超えた、確かな価値があるのだと、自分で認めたことになる。


 俺が今まで軽視してきたものは、存外重かった。


 やれやれと言いたげに肩をすくめるレオンに、すでに俺はなんとなく負けた気分になっていた。別に俺をコテンパンに言い負かしたかったわけじゃないのは分かっているが。……いや、その意図もあるのかもしれないが。何せ、全てレオンの手のひらで転がっている感覚がどうにも小憎たらしい。


 せめてもの抵抗だ。ちゃっかり勝負には勝って、得るものは得よう。


「ふん。で、俺がここを気に入ってる一番の理由は?」

「すぐ近くに、美味しいパン屋さんがあるから」


 正解だ。


「賭けは俺の勝ちだな。さあ、勝者に何か奢れ」

「お見事。では、そのパン屋さんのアンパンを」


 そう言って、脇に置かれたカバンから取り出された紙袋。〝轟ベーカリー〟のロゴ……例のパン屋のそれだ。俺に襲撃をかける前に買ってあったのか。


 流れの全てが掌握されている気がして、やっぱり勝った気がしない。この生意気な助手の意表を突くためだけに、アンパンを踏み潰して『この世には思い通りにならないこともあるんだぞ小僧』と高笑いでもしてやろうかと、ほんの少しだけ本気で検討したがやめた。轟ベーカリーのアンパンを食べれるのは素直に嬉しい。


 アンパンの糖分で脳を満たしながら、改めてじっくり考えよう。


 何故それを盗んだのか(ホワイダニット)

 この疑問は多分、思っていたよりもずっと、事件の核心に迫る鍵になる。


「そういえば」


 と、不意にレオンが口を開いた。


「怪盗結社〝ファントム・ガールズ〟って、覚えてます?」

「……。忘れないよ、さすがに。それがどうした?」


 顔色を変えないように、必死に自然体を装う。


「いやそれが、僕が今個人で活動してる中で、妙な情報が入ってきましてね。サグルさんの耳にも入れておこうかと。――――〝暗渠〟と〝ファントム・ガールズ〟に、吸収合併の話が持ち上がっています」

「……」


 え?


「正確には〝ファントム・ガールズ〟が〝暗渠〟に吸収される形ですね。裏社会の勢力図も、大きく影響するものと思われます」

「……〝暗渠〟って、あの?」

「秘密結社〝暗渠〟。裏社会を牛耳る犯罪組織。探偵機関が捜査禁止(アンタッチャブル)に制定せざるを得なかった最奥の闇。僕達にとって、他にどんな〝暗渠〟がありますか。〝暗渠〟側から熱心なラブレターが送られていて、すでに何度も文通はしているみたいですよ。合流まで、時間の問題ですかね」


 まだポーカーフェイスはできているだろうか。

 さすがに自信が無かった。


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