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怪盗結社ファントム・ガールズの事件簿  作者: 一星
第六章 盗聴怪人
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はい、死んだ

 とはいえ、アイは俺の推理を否定したわけではなかった。


 実際、ロジックそのものは崩れていない。一箇所だけ埋め忘れた空欄が見つかっただけだ。

 学校を後にし、アジトへの帰路。下校中の学生や買い物帰りの主婦、散歩中の老人などに紛れて俺も歩く。


 自然公園のような場所だった。公園と呼ぶには遊具も広場も見当たらず、路上と呼ぶには自然が多くて舗装の少ない空間。ほどよく静かで、ほどよく人が少ない。環境音や話し声が景色に溶け込んで調和する、ストレスフリーな心地よい場所だ。

 アジトへの帰路というのは半分嘘だった。ここに来るために、随分と遠回りしている。


「……懐かしいな」


 思わず声が漏れていた。

 探偵時代に、よく来ていたものだ。推理が行き詰まったとき。集中したいとき。考えを整えたいとき。ここの空気はちょうどいい。


 だから今、俺は無性に、ここの空気を吸いたかった。集中して考えを整えたい。推理はもうほとんど行き詰まりと言ってもいい。


 さて。

 落ち着いて整理していこう。状況と、情報を。


 今回の推理において、事実と推測を区別する。まず、事実として、とある空き部屋の映像が改竄されていてブラックボックス化している。セキュリティも変更されていて部屋には入れない。トラックのガソリンが何故か満タンなのも確認済みの事実。財宝部屋で〝ブラックカーテン〟を盗み出す犯人の姿も、犯行声明を置く犯人の姿も映り込んでいない、これも事実だ。


 ひいては、財宝部屋の映像が改竄されているのは間違いない。……というのは一応、事実ではなく推測の部類に入るだろうか。空き部屋はそのために作られた、財宝部屋のニセモノだ。映像を改竄し、金庫破りの外注のため、トラックを外に持ち出した。そして昨夜0時ピッタリ、〝怪盗Missing〟を名乗る協力者を財宝部屋に招き入れ、ドレミ達の視線誘導をしている隙にそいつは〝ブラックカーテン〟を持ち出し脱出した。……と、俺は推測した。

 推理した。だがここに、大事な要素が1つ欠けている。


 ――――『欲しくないモンは盗まへん。それが怪盗の矜持やで』


 犯人は一流の怪盗である。ゆえに矜持に背かない。


 バカバカしい前提だが、これは疑わない。

 最初にそう決めて進み始めてしまった以上、行けるところまで行くしかない。全てのルートが潰れた、と本当に確信できるまで。無数の可能性を総当たりのローラーで潰してるんだから、中途半端に投げ出す方が非効率だ。


 にしても。

 だとしても……アイが犯人である推理は揺るがないけれど。

 こんな意味不明な犯行をする理由が無い。理由が無いなら、盗まない。なるほど、そこまでは受け入れよう。でも、『じゃあアイは容疑者から外すか』とはならない。当然だ。俺にはアイの心の中まで紐解けないのだから。


 俺には想像もできない〝欲しい理由〟があったのだろう。と、その一言で決着する話だ。

 不可能犯罪を可能にする手法があって、それがアイにしか実行できない。その結論だけで十分、『犯人は誰か(フーダニット)』には答えられている。


 俺はそう思う。が、俺がどう思うかは関係無い。雇い主のドレミが、納得する答えを導き出すのが俺の仕事である。


 現状、『盗む理由が無い』のがアイだ。

 ならば、犯人じゃない。ドレミはそう判断するだろう。


 知るか。理由なんて何でもいい。何かあるんだろう。……そう反論するためには、具体的な仮説を用意しなければならない。つまり、動機にあたりをつけなければならない。


「……結局、考えなきゃいけないか」


 至った結論に辟易して溜息が漏れる。


 ホワイダニット。動機を推理するのは、昔から苦手だった。

 何故こんなことをしたのか? そんな答えの見つからない疑問に、頭を悩ませ続けなければならないから。いや、答えの有無は本質じゃない。アンパンはつぶあんとこしあんどっちが良いのか、みたいな内容であれば、考えることそれ自体が有意義で楽しい。だが犯行動機はそうじゃない。犯人の主観と価値観を十全に理解してもいないのに、どうやって導けというのか。人の心に100点解答はあり得ない。


 何より。大抵の場合、本人に答えを聞いても納得できないのが、一番厄介だ。

 だから、行き詰まった。行き止まりじゃないけど、行き詰まりだ。最後のアイの言葉はそれなりに心に刺さるものではあったが、それ自体は素直に受け入れるべき提言ではあったのだが……こと〝推理〟に限れば、動機などという厄介な要素は、省けるものなら省きたいというのが偽りない本音だった。


「どうしたものか……ん?」


 そうして頭を悩ませている俺の、背後で妙な気配を感じた。

 俺に忍び迫るような足取り……身の危険のような直感。振り返ろうと、した直後、


「――――え」


 拳が目の前に迫っていた。


 咄嗟に、紙一重でギリギリ躱す。

 が、すぐに二撃目が迫っている。気付けば側面にステップしていた相手を俺の視線は追え切れていない。視界の外から急に現れる追撃。躱すことはできたものの、大きくバランスを崩してしまう。

 が、代わりにその腕を掴んだ。崩れたバランスを利用して俺は、相手を投げ飛ばす。


 つもりだった。

 次の瞬間、地面に叩きつけられたのは俺の方だった。肺の空気が一気に無くなる。致命的な隙。これはまずい、と全身の細胞が警鐘を鳴らす。相手が懐から取り出したナイフも見えている。見えているが……間に合わない。


「はい、死んだ」


 カシャリと。俺の腹に突き立てられたナイフの、プラスチックの刃が引っ込んだ。


 放心して時が止まる。思考が停止する。続けて、目の前にあるそいつを見て全てを理解した。……なんてタチの悪い冗談だ。


 ぶかぶかの黒いパーカーに明るい金髪が映えている。影になっていて顔はよく見えないが、よく見るまでもない。これまで何千回と突き合わせてきた、小憎たらしい笑顔を今もしているに違いない。


 おもちゃのナイフをクルクルと弄びながら、愉快そうな声色で、かつて俺の助手(パートナー)だったその少年は口を開いた。


「お久しぶりです、〝名無しの探偵(アンノウン)〟」


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