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怪盗結社ファントム・ガールズの事件簿  作者: 一星
第五章 盗視怪異
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人の心、蔑ろにしたらあかんで?

 その日その時間の月明かりが再現できない。

 のなら、全く同じ構造の部屋を作って、同じ月明かりを浴びればいい。ただそれだけのことで、〝同じ影〟が完成する。


 財宝部屋C−1の窓は西側についていた。つまり、アジト西側の部屋なら、月明かりの差し込み方は全く同じものとなる。いや……座標が違うので本当に厳密に言えば違うのだが、無視していいレベルだ。月と地球の距離に比べたら数十メートルのズレなんてアリンコ以下の誤差だろう。


 月明かりは全く同じものが供給される。

 あとは、内装さえ整えれば、財宝部屋と全く同じ映像の完成だ。


 窓の外は画角に入ってないので、室内だけでいい。窓の形状と高さ、壁や床の改造。置いてある財宝や、トラックなども全て……別にハリボテで構わない。というかハリボテじゃないと、六畳間の部屋にトラックなんて入らない。内装も備品も全部ミニチュアサイズだ。


 カメラから見える影さえ同じならそれでいいのだ。ミラージュのような完璧な模写をする必要も無い。カメラの画質はかなり粗い。


 そうして出来上がったニセモノ財宝部屋映像を、数時間、あるいは数日、差し替え続けた。ファイル名を変更して本物データを削除すればいいだけなのだから作業は秒だ。フォルダ分けすらされていなかったグダグダの管理体制で、すり替えに気付けるわけもない。


 トラックを外に持ち出している間。

 それと、昨夜の0時前後、〝怪盗Missing〟が犯行に及んでいる間。

 俺とドレミが見ていたその時間帯の映像は、空き部屋を改造して作られたニセモノ財宝部屋だったのだ。


「――――そしてそれが可能なのは、お前だけだ、怪盗アイ」


 このトリックを実行できるのは。

 こんなダイナミックな偽装工作をやってのけるバカは、この少女を置いて他にいない。

 部屋を一つ占拠して組織を欺くという意味で見れば、この学校でやっていることと同じだ。


「偏見で決めつけてるわけじゃ、もちろんないぞ。ニセモノ財宝部屋を作るにあたって、お前の目が……お前に倣って呼ぶなら、〝瞬間記憶〟の能力が、不可欠なんだよ」


 精巧なニセモノを作ろうと思ったら当然、本物を参照する必要がある。


 でも、トラックを搬入したときの映像を確認したが、スマホで写真を撮ってるような奴はいなかった。怪しい動きをしてる奴は誰もいなかった。ミニチュアで縮尺も気にしなければならないし、空間把握のあらゆるデータが必要になる。ボールペン型隠しカメラを胸ポッケに忍ばせる程度じゃ、解像度が足りないだろう。

 後でこっそり撮影に来た、という線も無い。〝撮影に来た犯人〟の姿が映ってないからだ。ニセモノ財宝部屋を作るために撮影が必要だが、部屋が完成してからじゃないと映像改竄はできない。

 カメラに映る部分だけ再現するならカメラを見ればいいが、問題となるのは影なのだ。見えない部分も作らないと、影までは完璧に再現できない。


 財宝部屋やトラックの写真を事前に撮ってあった? いいや、それも無意味だ。トラックを搬入する際、スペースを開けるために財宝を移動させている。再現すべきは、財宝移動後の部屋の光景なのだから。


 どう頑張っても、写真は撮れない。

 のなら、〝目で見て覚えておく〟しかない。

 完璧に覚えておく、しかない。


 多少〝記憶力が良い〟だけじゃ不可能。精巧なニセモノを作るにあたって、正確に参照しなければならない。写真か――――写真に匹敵するほどの、完璧な記憶力が必要だ。


 怪盗アイにしか、できない犯行だ。


「以上。俺の推理はこんなもんだな」


 一気に喋り終え、そう言って話を締める俺。


 静寂。


 張り詰めた空気の質感が一気に肌に圧しかかるようだった。俺の視線を無言で見つめ返す、薄ら笑みの栗毛少女。つらつらと推理を展開していたときと打って変わって、室内は静かだ。グラウンドから聞こえる野球部の声がわずかに鼓膜を震わせるのみ。


 長い沈黙があった。……いや、そう感じただけで、実際にはほんの数秒かもしれない。しばらく一言も発しなかったアイが、ここでようやく口を開く。


「動機は?」


「え?」

「うちがそんなことする理由が無い」


 一瞬、俺は呆気にとられた。

 こういう局面、犯人はだいたい『証拠が無い』と盾にするものだ。証拠ではなく、動機を持ち出されたのは初めてかもしれない。


「……知らん。俺が教えてほしいよ。だが論理的に考えたらこうなった。選択肢が1つしか無いのなら、間違いなくそれが真実だ」

「やけど心理的に考えたらこうはならん。選択肢がそれ1つしか無いんなら、間違ってるのは論理の方やで」


 表情に変化は一切無い。アイは堂々と言い切った。


「『動機が無いから』でロジックは崩れないぞ。それともお前は、読心術を使えない警察は犯人逮捕の権利が無いとでも言うつもりか?」

「いいや、そこまでは。けど、人が行動を起こすなら必ず理由がそこにある。『必要に駆られて』とか、『楽しそうやから』とか、『なんとなく』かもしれへんな。必ずある。事件のきっかけ、犯人の中核。やのに、それを無視して真実突き止めた気になるんは、ちょいと早計やと思わんか? ミステリ小説と違って、現実の事件っちゅーのは謎解きクイズとちゃうねんから。動機の方が本質やろ」

「……」

「警察はええよ。けど人の心を軽視する裁判官に、犯人を裁く権利は無いわな」


 言ってることは、まあ分かる。

 けど現実問題、そんなこと言われても、どうしようもない。


「ロジカルに紐解けないなら想像するしかない。そしてアイ、お前の心理なんて俺には想像もできない。それにやっぱり、推理の構築に必要な要素だとは思わないな。俺の仕事は裁判じゃない。『動機が無い』とお前が主張したところで、何か変わるか?」

「そらもちろん。何やサグルちゃん、随分慣れてきたもんやけど、全然まだまだ分かっとらんなあ。怪盗っちゅー生き物を」


 ティーカップを口に運ぶアイ。これまで以上に堂々と、優雅で上品なオーラを感じた。


「理由が無い。つまり欲しくないっちゅーことや。欲しくないモンは盗まへん。それが怪盗の矜持やで」

「…………なるほど」


 その主張ならば、一考せねばならない。


 怪盗の矜持。俺にはまだ理解したとは言えないその不文律は、推理に組み込むと決めている。

 欲しくないものは盗まない。ドレミも言っていたっけか。


「正確には『欲しい理由が無い』。もうすでに盗んだ後やし、当然やろ。自分一人のモンにしたいなら最初から一人で盗んどるわ。アジトに搬入してからえぐい労力かけてみんなを出し抜く理由が無い」


 それは事実だろう。一人で盗めるだけの能力は、アイなら十分あるはずだ。

 みんなを裏切るにしても、アジトに搬入してからという点が意味不明だ。秘宝〝ブラックカーテン〟を盗む計画を知っていて、予告状まで出している。みんなを出し抜くつもりなら、それより前に動けばよかった。わざわざ大掛かりなトリックを用いてアジト脱出を図る理由が無い。


「たとえば、せやな。もうすぐドレミちゃんの誕生日やねんけど」

「そうなのか」

「月末。明後日やね。そんなドレミちゃんのために用意した、〝誕生日プレゼント〟でした」

「? は?」

「動機。この事件を起こした理由がそれやったら、どう思う?」


 どう思うも何も、意味が分からない。


 プレゼントと言うなら、何か与えて然るべきだ。〝ブラックカーテン〟は盗まれてる。事象が真逆で、何も『たとえば』になってない。

 そう言うと、アイは愉快そうに笑い、


「にししっ。そこははっきり否定すんのかいな。人の心なんて分からん言うてたのに」

「……」

「それがプレゼントになると本気で思とるイカレた犯人かもしれへんやろ? あるいは、本人的には筋の通った意図があるかもしれへん。当人同士にしか分からん符号やメッセージ的なことかもしれへん。そこを無視して考えとったら、そら、『誕プレ』なんて発想に至らんわ。サグルちゃんは延々、『組織の裏切り者がおる』と、そればっかり考えることになる」


 真逆。

 まさに真逆だ。事件の全体像が、がらりと一変することになる。


 ……そうか。なるほどそれは、危険だな。

 癪だが、慧眼だった。今までの、そして現在の、俺のやり方が間違っているとは思わない。それでも、俺はもしかしたらずっと、パズル感覚で事件に挑んでいるのではないだろうか。その自戒は消してはならない。留意して、律し続けなければならない。


 事件は人間が起こす。

 ならばそこに、人の心が絡むのは当然だ。省いて推理することはあれど、無いものとして扱っちゃいけない。


 人間社会を圧縮して詰め込んだ〝学校〟という場所をたった一人で掌握する、人間離れした妖怪少女。彼女の提言を俺は、ここは素直に呑み込むべきだと思った。


 ティーと一緒に、完飲した。


「たしかに動機なんか考えんでも、ロジックの構造は変わらんやろなあ。けど〝意味〟が大きく変わることはある。やとしたらサグルちゃんの取るべき行動かて変わってくるんちゃう? 理詰めだけで渡っていける世の中やないねん。人の心、蔑ろにしたらあかんで?」


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