……何故それを知っている
俺の宣言に対して、目の前の少女は1ミリたりとも表情がブレることはなかった。
犯人だとしても、冤罪だとしても、肝の座った女だ。相変わらずの薄ら笑みでティーカップを傾けるアイに、俺は言葉を続ける。
「怪盗アイ。お前の、特殊能力は何だ?」
「にししっ、特殊能力? 何やねんいきなり厨二くさい。さすが、〝名無しの探偵〟なんてコードネームを自分で考える男はワードチョイスも一味ちゃうわ」
……何故それを知っている。ほんと、無駄な情報ばかり出回る組織だ。
「やかましい。怪盗としてのお前の技能の話をしてんだよ」
「技能なぁ。たとえばつまり――――一度見たもんは絶対に忘れへん、この〝瞬間記憶〟のことを言うてんの?」
ピースした指の隙間から、見開いた右目を俺に向けるアイ。吸い込まれそうな黒い瞳が俺を深淵まで覗いているようだ。
「あとはせやな。素早く動いとるもんを捉える〝動体視力〟とか、遠くの景色もくっきり見渡せる〝最高視力〟も使えるで」
「いやいいよ厨二ネーミングに寄せなくて……。というか、その2つはただ〝目が良い〟ってだけの話だろ」
「せやで。うちなんかそんなもんや。記憶力が良いだけで、ただ目が良いだけの奴。ミラちゃんの〝幻影絵画〟やスノウちゃんの〝隠密機動〟、セフィラちゃんの〝調合魔法〟、ドレミちゃんの〝嘘発見器〟に比べたら、うちなんか大した技能も無いんよ」
「寄せなくていいっつってんだろ。厨二病に他のメンバーを巻き込むな。……ん? ドレミの……何だって?」
聞き覚えも見覚えもない、ピンと来ないものが混ざっていた。嘘発見器?
「何や、知らんかった? ドレミちゃんの真骨頂は異常な聴覚でも、それを利用した索敵でもないで。わずかな声の震えやトーンの違い、呼吸や心音まで正確に聞き取って相手の嘘を見抜く、歩く嘘発見器やねんあの魔女っ娘は。もちろん確度100%やないし、そんなバケモンみたいに神経すり減りそうな芸当を常にやっとるわけでもないけど、いざってときに効果絶大の最強スキルやな」
言われて俺は、思い出す。
――――『私が見る限り、聞く限り、あんた別に嘘ついてないし』
「にししっ、身に覚えあったやろ?」
「……ああ。でも、確実じゃないんだろ? 最強スキルってほどじゃないと思うけど」
「あんたにとっちゃそうやろな、名探偵。曖昧なモンはどうせ推理で使えへん。推定無罪の原則的には、0と100以外はあっても無くても変わらんか? ま、これがいかに強い武器かっちゅーのは、裏に馴染んだ人間にしか実感できひんかもな」
そう言われてもやっぱり、俺には『最強』とまでは思えない。どうしても理解できない俺にもう説明するつもりは無いようで、「ともかく」とアイは話を戻す。
「嘘を見抜くのが大したスキルやないっちゅーなら、別にそれでもええよ。けどつまり、うちはそんな〝大したことないスキル〟すら持ってない、特殊性の無い美少女や。一般人を捕まえて、不可能犯罪の黒幕扱いとは。けったいな話やと思わんか名探偵?」
「……そのへんにいる一般人は一人で学校を独裁支配できない」
あと、特殊性のない普通の人間は自分のことを美少女とは言わない。
ツッコミ始めたらキリが無いのでほどほどにして、俺は話を続ける。
「それに、一般人でもできることだ。0時ちょうどにメンバー全員の視線誘導することくらいは。人間の目や物の見え方を人一倍理解している〝盗視怪異〟ならなおさらだな」
「ほんで全員の目ぇ逸らしてる隙に、〝怪盗Missing〟を財宝部屋から脱出。犯行声明通り『0時に失わせた』が成立する、と。けど、監視カメラの問題はどうクリアすんねん? その時間、どころか3日間ずっと、室内に変化は一切無かったんちゃうの?」
「そりゃもちろん、改竄したんだよ」
「その改竄が不可能やっちゅー話やろ。どこかの映像差し替えたら、影の移ろいが繋がらんくてすぐバレるはずや。違うか?」
「違わない。その時間の影は、その時間だけのものだ。少しでもズレがあったら気付いてる。他でもない俺自身が、穴が開くほど映像を見たしな」
やはりというか、当然のように捜査状況は把握しているらしいアイ。情報共有を省略して話せるのは手っ取り早くて助かるが。
「まさか月明かりを再現して影を調整しました、なんてアホみたいな推理かますつもりちゃうやろな? そんな無理やり空論よりも、映像の改竄は無かったって結論付ける方が自然ちゃう?」
「まあ、月明かりを再現するのは無理だよ。昨日の0時は月食中。影のでき方もいつもと違うからな。でも、どうにかして改竄が行われたことだけは間違いないんだ」
「何故?」
「犯行声明が置かれていたから。それを置く犯人の姿がどこにも映っていない」
ドレミを除くメンバー全員でトラックを搬入して以降、財宝部屋の映像には何も映っていない。
搬入時に、みんなの目を盗んでこっそり置いたか? いや、一流の怪盗少女が何人もいて、こっそり犯行声明を置いた裏切り者に気付けないというのは考えにくい。……と、少なくとも本人は思うはずだ。決行するにしても、部屋の中心に堂々と置くまい。リスクがでかすぎる。
それと、もう一つある。
不敵な笑みを浮かべる細目の少女に俺は告げる。
「トラックのガソリンが、ほぼ満タンだった」
「? だから?」
「分からないか? 不自然なんだよ。お前ら、護送車をそのまま奪って運転して帰って来たんだろ? 重そうな巨大金庫を抱えた燃費の悪そうなトラックの、ガソリンが何で、こんなに減ってないんだ?」
「……」
アジトの場所を隠す意味でも、追跡対策の意味でも、最短距離の直行で帰ってきたわけじゃないはずだ。
なのに、ガソリンの減りが無い。わざわざ給油したのだ。
「トラックごと盗み終えて、あとはアジトに帰って財宝部屋に搬入するだけって状況で、ガソリンスタンドに寄る理由は無い。満タンだったってことは、給油したとしたら近所のガソリンスタンドだ。あと少しでアジトだってところまで来て、給油する意味は無いよな? その短距離を走れないほどメーターギリギリだったなら、もっと早く給油すべきだし。――――何故? その答えはシンプルだ。盗んだ日じゃない、別日に給油された。アイ、お前がこっそり、トラックを持ち出して外に行っていたんだ」
おそらくは、金庫の解錠のため。
アイは、……アイに限らず、〝ファントム・ガールズ〟のメンバーに、その手のプロフェッショナルはいない。もちろん一般人と比較したら極上のピッキング技術などは持ち合わせているのだが、3億円の秘宝を入れる最強金庫を開けるとなると、手に余る。
誰か、外部のプロフェッショナルに協力を仰ぐしかない。
そして金庫を持ち出すには当然、トラックごと運搬するしかない。
「ふぅん……。トラックを持ち出して金庫破りの外注か。そんなん、改竄する映像は1時間どころやなくなりそうやけど?」
「ああ。何時間、何回の改竄が必要かも分からない長期戦だった。だからお前は、空き部屋を1つ封鎖してるんだろ?」
ここで。
アイの目がわずかに、見開かれた。
余裕の表情を一切崩さなかった奇々怪々の怪盗少女に見られた、手応えある初めてのリアクションだ。
この隙を逃さない。俺は絶やさず追撃を続ける。
「アジトの西側、二階最奥の空き部屋だ。行ってみたら、ロックされてたよ。ご丁寧にセキュリティも変更されてて、俺には解除できないようになってたな。部屋の中はどうなってんだ?」
「……。さあ、うちは知らんなあ。単なるシステムバグちゃう?」
「その部屋の監視カメラの映像が改竄されてるのも、単なるバグか?」
「……」
「差し替えられてたよ。少なくとも昨日の映像記録は、昨日のものじゃない。何日も前のデータのコピーだ」
誰も来ない空き部屋の映像記録なんて、コピーされても一見して分からない。が、やはり、影が雄弁に語っていた。月食だけじゃない、雲などでも月明かりは遮られる。影のでき方も日によって、時間によって異なる。
見比べてみたら一目瞭然。4日前の映像と昨日の映像は、全く同じものだった。
ロックされ、セキュリティが変更され、映像記録が改竄されている。
空き部屋が一つ、完全にブラックボックスと化している。
「やとしても、だから何? って話やけど。空き部屋の映像記録が細工されてたところで、誰も困らん。何も変わらん。事件現場は財宝部屋やろ」
「そうだな。まあそう急ぐなよ。焦ってるのか? ここまでは前提の確認だ」
アイの表情は、やはり読めない。足を組んで優雅にティーをすすってやがる。
言ってはみたものの、実のところこいつが焦ってるとは全く思えない。空き部屋の細工にリアクションがあったことだけが唯一の収穫だ。そこでわずかでも動揺していたのは間違いないと思うのだが……もうすでに平常運転だ。隙を突いても追撃しても、この少女の余裕を崩すには足りないらしい。
侮るなかれ、さすがに一流の犯罪者か。
これまで、推理を展開している最中に、動揺と諦めで勝手に自白を始める自滅犯人なんかはよくいたものだが、今回はそれは全く期待できない。真っ向勝負のロジック攻撃で詰ませるしかない。
「本題に入ろうか。さしあたってまず一つ、大きな疑問を解消しよう。どうやって財宝部屋C−1の映像記録を改竄したのか」
まず一つというか、それこそが謎の全てだ。
全く同じ月明かりは再現できない。ゆえにどの日どの時間のデータをコピーしても影の違和感に気付かれる。事実、空き部屋の映像改竄には俺は気付けた。
ならば、どうやって?
「結論」
月明かりは再現できない。
なら――――それ以外の全てを再現すればいい。
俺は端的に述べる。
「お前は作り出したんだ。財宝部屋と全く同じ内装の部屋を」




