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怪盗結社ファントム・ガールズの事件簿  作者: 一星
第四章 盗採怪物
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へ、へえ……優秀ねあんた

 ウイルス、あるいは細菌などの類い。要は、空気を漂う微生物ならば、空気と一緒に財宝部屋を脱出できる。


『失わせる』ことができる。

 つまりトラックで護送されていた秘宝とは、〝氷の容器で冷凍保存されたウイルス〟だったという仮説だ。



『秘宝の持ち主は黒川製薬のCEOでしたでしょう? 未知のウイルスだなんて、良くも悪くも、使い方次第で巨万の富を生み出せるのです。最悪な想像しますけどたとえば――――良い感じにデザインされた凶悪ウイルスと、その治療薬を、同時に作っておけば。前者を裏ルートに流してボロ儲け、後者は正当に新薬特許でボロ儲けですね。人類史に残る一時的なパンデミックと引き換えに』



 あの後、セフィラはそう続けた。



『トラックごと盗んじゃいましたけど、私もずっと疑問だったのですよ。秘宝の正体は何なのか。というか……何故〝秘宝〟なのか。何で秘密にするのか。「後ろ暗いから」というのはシンプルで納得です。護送のための名目上、「3億円の財宝」という最低限の情報だけは警備隊に開示していたといったところでしょうか。私達に盗まれたことで、メディアにも広まってしまいましたけど』


 とのことだった。

 なるほど、最悪な想像だ。考えたくもない。が、筋は通っている。


 氷の容器、とセフィラは表現したが、実際には〝自然とそうなってしまった〟だけなのだろう――――つまり、北極などで冷凍保存されていた、数千年前の未知のウイルス。とか。


 それなら、シンプルな氷漬けというのも納得できる。その氷こそが、素のままありのままの姿なのだから。

 秘宝〝ブラックカーテン〟は、加工されたジュエリーじゃなく、原石そのままの状態だったというわけだ。


「…………………………もしそれが本当なら、ちょっと、笑っていられないわね」


 説明と伝達を終えた俺に、目の前の怪盗少女が青い顔色でリアクションしてきた。


 ここはアジトの屋上。

 芝生や砂利、観葉植物、ベンチなんかが設置され、簡単なビオトープのような光景が広がっている。ここで月食観賞会をやっていたと言うが、なるほどここなら、ブルーシートを敷くだけでも軽いピクニック気分は味わえるだろう。


 ドレミと二人きり、他のメンバーに聞かれないための密談だ。海側の柵にもたれかかり、海を見ながら俺は、これまでの経緯を報告していた。


 この屋上なら普段誰も来ないし、見晴らしが良く、屋上に誰か来てもすぐに気付ける。仮にも今は、裏切り者の人狼調査中。他の誰かに聞かれるわけにはいかない。……なんかもう内部調査してることはメンバーにバレバレだけど、一応は。


 潮風に飛ばされないように魔女帽を押さえながら、ドレミは言葉を続ける。


「でも……違う気がするわね、その推理は」

「ほう? その心は?」

「もし秘宝が危険なウイルスや……あるいは武器や兵器の類いだったら、その正体をとっくに把握してるはずよ、あの子達は」

「? あいつらは別に、武器の専門家じゃないだろ」

「より正確に言うなら、『秘宝の正体が判明するまで盗みはしない』はずよ。だって……いらないじゃない? 武器も兵器も。持ってても危ないだけだし。必要なら盗むけど、ランダムの武器ガチャそのものに興味は無いわ。欲しくなければ盗まない――――怪盗の矜持よ」


 あいつらが武器に興味が無いかどうか、俺にはまだ判断できない。まあ、ドレミがそう言うのなら、そうなのだろうと判断しておく。


「製薬会社の黒川って言ったら、裏の社会じゃ有名よ。各方面の闇取引で、法外な利益を得て会社を大きくしていった男。裏の、色んなネットワークと深く繋がっている。その中には、武器の密輸を生業とする巨大な組織もあるわ。〝暗渠〟って、聞いたことあるでしょ」

「……〝暗渠〟が直接関わってるのか」


 探偵機関時代に、何度も何度も聞いた名だ。


 違法な武器を始めとして、情報や道具や人材など、様々な〝犯罪〟をバラ撒く秘密結社。日本中の裏社会に巣食い、人の不幸を金に変える営利団体。日本で起こる組織犯罪を辿ればどこかで必ず〝暗渠〟に行き着くとされるほどの、裏の根幹たる巨大組織だ。


〝ファントムガールズ〟と同じく、正体不明。裏稼業の者なら知らぬ者はいないほど名前だけは根付いているのに、その名前で引き起こされる犯罪は無数に記録されているのに、その実態を知る者はまるでいない。存在すらしない都市伝説なんじゃないかと囁かれるほど、光の届かない闇の底に深く深く沈んでいる。


 俺の頭脳をもってしても……どころか。

 探偵機関の創設から歴史を見てみても、〝暗渠〟の解明に成果を挙げた探偵は、一人もいない。


 ()()()()()()()()。この深淵を覗いて何かを垣間見た探偵は、もれなく謎の不審死を遂げているからだ。


 俺が加入した頃には、すでに〝暗渠〟はタブー扱いになっていた。正式に、機関の公式声明として、〝暗渠〟への深入りを禁じられていた。


「そんな黒川製薬の〝秘宝〟なんて、どんな後ろ暗いお宝なのかしらね。それこそ未知のウイルスでも不思議じゃない。あの子達もそう思うはずよ。ロマンたっぷりの宝箱じゃない、危険たっぷりのパンドラの箱を欲しいとは思わない。所持するだけでハイリスクよそんなの」

「ふーん……リスクで言うなら、裏の組織をターゲットにするのがそもそも危険だろって思うけど」

「それは逆よ。むしろ、裏に関わってる奴しかターゲットにしないわ」

「? 何で」

「後ろ暗い人間は警察を頼れないでしょ。『表社会にケンカを売らない』……裏稼業を長く続けるコツは、きちんと棲み分けすることよ。蜂の巣はつついちゃダメ」


 裏社会の無法者達も、本気の警察には敵わないか。冷静に考えれば当然というか、あまりにも組織が巨大すぎる。


 黒川製薬は表向きには公的な企業だし、白昼堂々の犯行だったからか、警察沙汰にこそなっているが……まあおそらく本格的な捜査はされていないのだろう。されていないというか、できないと言う方が正しいか。黒川製薬からの協力が得られまい。ニュースを見た限りでも、情報の秘匿っぷりは垣間見えた。


 つまりやっぱり、情報を秘匿しなければならない後ろ暗い〝秘宝〟ということ、かもしれない。


「正体不明のまま盗むにはメリットが無さすぎる、か。なるほど、怪盗の視点だな」

「納得できない?」

「いや、俺も元々、この説は無いと思ってたんだ」


 一応、雇い主のドレミへの報告義務で告げただけだ。

 冷凍保存のウイルス説。これは、俺の中ですでに否定されている。


「何で? 筋は通ってると思うけど」

「途中まではな。氷はあくまで容器で、その中に冷凍保存されたウイルスこそが秘宝だった。……そこまではいいけど、その〝氷の容器〟を、入れる容器も無いとおかしい」


 氷の容器なんてものが、剥き出しで入ってるわけがないのだ。

 当たり前のことを言うようだけど、氷は溶けるんだから。


「……別に、溶けてもよかったって話じゃないの? 本命は中身のウイルスなんだから。ウイルスさえ溶け出さなきゃいいんだし、分厚い氷で何重にも覆っておいたんじゃない?」

「それでも時間をかければ溶けるだろ。しかも換気口から外に逃げる。何のための護送トラックで、何のための金庫だよ。不測の事故が起きて氷が溶ければ終わりだ」


 そんなの、研究室に籠もって怪盗相手にタワーディフェンスする方が圧倒的にマシだろう。護送するなんてリスクしか無い。黒川氏が3億円の資産をドブに捨てるような人間でない限り、そんな最悪の管理手段は取らないはずだ。


 護送するなら絶対に、ウイルス一匹出入りする隙も無い密閉容器に入れなければならない。その密閉容器だけは、自然に消失してはいけない。


 結論。この仮説は間違いだ。


 ……間違いであってほしい、という偏向的な気持ちがあるのも否定はできないが。万が一この仮説が正しいとしたら、未知のウイルスがすでにバラ撒かれたことになってしまう。

 黒川氏のリテラシーを信じよう。


「なるほどね……でも、そうなると」

「ああ。内部調査は続行だ」


 内通の裏切り者説に、やはり戻ってくる。


「というか、内通者がいることはほぼ確定だ。さっき調べたら、情報漏洩の痕跡を見つけた」

「え……」

「資料室の、ファイルが1つ、一度抜き取られた形跡があったんだ。お前ら資料室なんか滅多に近寄らないだろ。なのに、1週間前に俺が資料整理したときと比べて、ファイルが1つ配置が変わってた。あのファイルに保管されてる情報で重要なのは……アジトの館内見取り図かな。写真でも撮って送ったんじゃないか? 〝怪盗Missing〟個人か、あるいは、そのさらに親元組織が存在するのか」

「へ、へえ……優秀ねあんた」


 何でそんな小さな手がかりを見逃さないのよ、といったような呆れ顔がそこにあった。何ならちょっと引いていた。優秀ならいいじゃないか、褒めてくれよ。


 ファイル配置のズレがそれ1つだったというだけで、漏洩した情報はもっとたくさんあるかもしれない。だが何にせよ、これでもし監視カメラに不審行為が残されていたら……あるいは何も残っていなかったら、内通者の存在は確定でいいだろう。


 資料室は窓も無い。未使用の暗闇の中では、当然映像記録も真っ暗だ。前の1時間のデータをコピーして映像改竄するのはあまりにも容易い。が、その改竄こそが後ろめたさの証明ということだ。


「なるほど。だから私に、この作業頼んだのね」

「やってくれたか」

「はいこれ」


 懐から取り出したUSBメモリを見せてくるドレミ。

 俺が一人で調査する間、ドレミにはコントロールルームの方で、監視カメラのデータ整理とコピーを頼んでいた。資料室の映像と、他にもいくつか、アジトの色んな部屋のものだ。

 疲れ切った表情でドレミは嘆く。


「まったく、大変だったわよ……。どのデータがどの部屋なのか、区別するところから始めなきゃいけないんだもの。ファイル名が数字と英字の羅列だからパッと見で分かんないのよね……」

「フォルダ分けせずに一緒くたに保存してるのが悪い。……何で『監視カメラ』のフォルダ一つしかないんだよ。映像データ全部まとめて放り込むな。意味不明すぎて未だに信じられないからな?」


 相変わらず、管理能力がゴミすぎる。

 財宝部屋のデータを3日間遡って確認したときも、どれがどの映像なのか分かりづらすぎて無駄に苦労させられた。


「だからフォルダ分けして整理してきたんじゃない。褒めなさい」

「当然の仕事なんだよ本来……。まあいい、じゃあこの中にデータが入ってるんだな?」

「ええ、でも……資料室は分かるけど、他の部屋は何なの? 言われた通り、アジトの中でも西側に面した部屋の、合計5部屋のデータ3日分。3つくらいただの空き部屋だけど、こんなの見て意味あるの? 適当な荷物が置いてあるだけの六畳間よ」

「ああ、それでいい」


 俺が確認したいのは、実のところそのデータだけだ。資料室はどうせ改竄されているだろうし。


「てか、財宝部屋のデータはいいの? 一番必要じゃない?」

「もう全部見たからな。あいつらがトラック搬入してる光景から、3日分のデータ全部」

「いつの間に……さすがの情報処理能力ね。怪しい動きをしてる子はいた?」

「特に。メンバー4人で迅速にトラックを財宝部屋へ搬入して、数分もせずに退室していった。ドアを開ける係、トラックを運転する係、中の財宝を移動させてスペースを作る係……不自然な奴は誰もいなかったよ。手元から足先まで注視して4回はリピートしたんだけどな。____ところで」

「何?」

「いや……お前さ、無警戒に俺にデータとか見せすぎじゃないか?」


 と、俺は急ハンドルで話題を変える。

 俺としては、急ではない。ずっと思っていたことだ。


「見せろって言ったのはサグルじゃん」

「言ったけど。内通者は俺かもしれないだろ。信じるも疑うも無くて、可能性のグラデーションだとお前は言ったな。その可能性、自分で言うのも何だけど、けっこう上がってないか? 状況はもう今朝とは違う。『組織内部に裏切り者がいる』なら、第一候補は絶対に俺だろ」

「え、そう? 私としてはそこまで変わってないけど。私が見る限り、聞く限り、あんた別に嘘ついてないし」


 まるで根拠の無い断言をこんなにも堂々と言い放つ魔女に、俺は一瞬返す言葉が見つからなかった。


「……鼻が効くってやつか?」

「聞くのは耳よ。嘘つきは分かるの、なんとなく」

「大した自信だな。知ってるか? 嘘つきを見抜ける確率ってのは、ベテランの尋問官でもコイントスと大して変わらないらしいぞ」

「自分を信じられなくなったら終わりよ。裏社会で信用できるのは自分だけ。覚えておきなさい」


 ドレミは平然とそう言ってのけ、USBを俺に投げ渡した。


「ふーん……いやまあ、俺は別にいいんだけどさ」


 俺は、なんとなく聞きそびれていた疑問を、ここでようやく投げかける。


「いいのか? 俺じゃないってことは、あいつらの誰かが、裏切り者だぞ。いくら想定内だっつってもお前……」

「ん? 別に。関係ないしね」

「関係ないって」


 随分と薄情だな。そう言おうとしたが、続くドレミの言葉に俺は黙らされた。


「裏切られたなら、奪い返せばいい。怪盗は身勝手で強欲なの。欲しいものは絶対に諦めない」


 海の遠くへと目を向けているドレミ。

 ほんのり柔らかいその視線で、何を見ているのかは、分からない。キラキラとした水面に映った何かを、ノスタルジックに眺めていた。


「〝ファントム・ガールズ〟を作ったのは、あの子達のためだって言ったけど……半分嘘。半分は私のわがまま。本当は私が、あの子達と一緒にいたいのよ」


 そう言って、用件は終わりだとばかりに踵を返してドレミは去って行く。照れ隠しなのか何なのか、俺に表情は見せなかった。


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