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怪盗結社ファントム・ガールズの事件簿  作者: 一星
第三章 盗足怪鳥
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……いつか、金メダルも盗みたいと思ってる

 犯人はこの中にいる。


 なんて、探偵の決め台詞としては定番もいいところだが。

 ありふれて凡庸で月並みでお決まりにもほどがある鉄板ベタベタなお家芸すぎて、実際に現場でそれを口にするのはもはや恥ずかしいというのが探偵界隈あるあるとなっているくらいだが、この決め台詞が忌避される理由はただ恥ずかしいというだけではない。


 この中に犯人がいるという宣言は。

 この中にいる誰かを疑っているという、敵意の主張に他ならないのだ。


 集団みんなを敵に回し、孤軍奮闘する覚悟が必要だ。その集団は友人同士かもしれない。家族一同かもしれない。誰かにとっての親しい人間を疑うというのは、ましてやそれを宣言するというのは、なかなかハイカロリーな行為である。

 どれだけロジカルに、論理立てて、筋道通った説明をしようと関係ない。身内が悪者扱いされて愉快なわけがないのだから。気分は理不尽な魔女裁判だろう。彼らにとって探偵は、決めつけで犯人扱いしてくる敵だ。


 探偵とは、孤独なのだ。

 疑われる方も気分は悪いだろうが、疑う方も楽ではない。


 が、やっぱり疑われる方に感情移入して然るべきだ。特に、犯人じゃない者にとっては、やってられない。


 かつて名探偵として疑う方ばかりやってきた俺でさえそう思うのだが……〝怪盗Missing〟の協力者がおたくのチームの中にいますよと告げた後、ドレミの反応は淡白なものだった。

 驚いてこそいたものの、それだけだ。

 チームメンバーが疑われた苛立ちや怒りや不愉快も見せず、あまりにも平常運転で、「じゃあアリバイとか聞いてくる?」なんてむしろ協力的な姿勢を見せる始末。いや、特別積極的なわけじゃなくて、これまでの捜査と変わらないスタンスと言えるのだが、変わらないのがおかしいのだ。


 なんて薄情……というワードチョイスは、少し違うか。

 薄情ではない。


 寒空の下で一緒に月食観賞会なんて執り行うほど仲良しの犯罪組織。端から見ていて、その笑顔に偽りは無いように思える。心の底から仲間との日々を楽しんでいるように思える。

 それでも、信用はしていない、というだけだ。


 つまり疑う必要も無い。

 だからこそ、余計な邪推も邪念も無く、純粋に楽しめる。


 ドレミの言っていたその価値観が歪んでいると思うのは……まだ俺が裏社会に馴染めていないからだろうか。いや、文句は無い。人の価値観にケチはつけまい。というか、友達がいなかった俺が何を言っても説得力は無いが。


 裏稼業に信用は無い。再三、彼女達は言っている。――――想定内のイレギュラー、というだけなのだろう、仲間が敵に回ったとしても。


 ドレミにとってはだから、この事件の犯人は、〝裏切り者〟ですら無いのかもしれない。



『――――先日の護送車強奪事件の犯人は未だ捕まっておらず、被害者である黒川製薬CEO・黒川氏は「誠に業腹である」とコメントを残しており……』


 テレビ画面に流れていくニュース映像を眺めながら、アジトのリビングのソファで俺は、さっきコンビニで再購入してきたアンパンをかじっていた。


 報道では詳しい情報は語られていない……というか、報道陣にも詳しい情報が入ってきていないのだろう。〝ブラックカーテン〟という単語すら登場しなかった。時価総額3億円にも上る資産が護送車ごと奪われた。このニュースで分かる情報というのはその程度だ。


 そりゃ、テレビなんかで新情報を得られると期待していたわけではなかったが。


 得られていたとしても鵜呑みにできないし。利益と圧力に雁字搦めな上、コンプラや世間体に操作される情報源に、信憑性もへったくれも無いだろう。

 片手間でSNSをチェックなどしてみているが、当然こちらも情報源としては全く信用はしていない。信憑性などあるわけもない。虚実皮膜の情報プールで自己都合のサルベージをしているだけなんて、言わばセルフ偏向報道だ。偏るしかない。アルゴリズムがそうなっているのだから。


 情報量がゼロに近い薄っぺらな情報を膨大に浴びて、物を知った気にだけなっていく。

 濃い情報だが中央集権(メディア)都合であるテレビと、どっちがマシなのだろうか。


 情報源として使えないというのはどちらも等しくその通りなので、探偵機関の時代から俺も裏の情報屋をよく利用していたものだ。――――信用しないことが前提の裏社会の情報屋が結局一番信用できるというのは、かなりの皮肉かもしれないな。


 アンパンを食べ終わった俺は、テレビを消し、スマホの画面も閉じる。調べるだけ調べてみたが、前述の通り、新情報みたいなものは一切得られなかった。


 SNSの一部界隈で、この事件が〝令和の3億円事件〟などと呼ばれていることくらいだ。

 かの事件もたしか、トラックごと盗まれたのだったか。なるほど、言い得て妙である。


「さて……どうするかな」


 ソファの背もたれに体重を預け、一息つく。

 目の前のテーブルの上には、もう一つ未開封のアンパンと、パックの牛乳。このアンパンは夕食後に取っておくものだ。俺は牛乳に口をつけながら思案する。


 先程、犯人はこの中にいると高らかに宣言した以上、……いや別に高らかには宣言してないが、ここから新たに〝ファントム・ガールズ〟メンバーそれぞれの調査をしなればならない。さっきまではトリックを解明するだけでよかったのが、犯人特定までしなければならなくなった。


 膨大な書類作業はまた後回しだ。……いい加減にコンサルとしての仕事をさせてほしい。

 企業内部の社員素行調査となればこれは名探偵でもなく職業探偵の方に近付いてきた気さえするが……俺のキャリア推移はもう本当にどうなってんだ。次はどんな職業を経験することになるのやら。


 ともあれ。

 一度請け負った業務の延長として割り切るしかないか、とここで俺はようやく重い腰を上げる気になり、


「犯人探しって言ってもなあ。考えてみたら、あいつらのこと何も知らないんだよな俺。正体不明を売りにしてる奴らだから、しょうがないっちゃしょうがないけど」

「……別に、聞かれれば教える」

「そうは言うけどお前……ってぅわっ!?」


 ここで初めて、背後に立っている少女の存在に気付いたのだった。


 持ち前のクールな無表情を半分ほどマフラーに埋めた白い長髪の少女。微動だにせず自然体で直立しているその姿だけで身軽さを感じさせるのはさすがと言うほか無い。


「……、……何回も言ってるけど、スノウ。気配を消して背後に立つな。心臓に悪い」

「……わかった」


 わかってない。


 俺の抗議にもどこ吹く風、少女からは消え入りそうな、雪解けのような声でいつも通りの空虚な返答が返ってくるだけだった。


 怪盗スノウ。


 音を消し、気配を絶ち、存在感を殺し、静かに鮮やかに財宝を盗み出す、身体操作の達人。怪盗を曲芸師に例えるのならこの少女こそがその体現だと言えよう。組織でも随一の身体能力で人智を超えた軽業窃盗を涼しい顔でこなしながらも、盗み足の極地で一切誰にも気付かれず、痕跡の一つも残さない。立つ鳥跡を濁さない。

 ともすればまっさらな雪の上すら足跡を残さず進んでいけるのではと囁かれている――――コードネーム〝盗足怪鳥(サイレンサー)〟。


 同じアジトにいても、あるいはすぐ背後に立っていても、そこにいることにさえ気付けない。

 気付きようがない、今回は特に。

 何故なら俺が今座っているこのソファから、部屋の全ての出入り口が見渡せるからだ。誰か来たら確実に分かる。のに、部屋の奥で壁際を背に設置されたこのソファの、さらに背後に誰か立ってるなんて思わない。


 背後は壁と窓しか無いぞ。どうやって現れたんだこいつ。


 ……窓からだろうなぁ。ここ3階なのに。

 身体能力オバケめ。


「今年はオリンピックだったな。スノウお前、何かで出てみたらどうだ? 最低でも金メダルくらいは取れるんじゃないか?」

「……いつか、金メダルも盗みたいと思ってる」


 あくまで盗むらしい。金メダルを財宝として捉えるなよ。

 怪盗脳すぎる。


「というか、いつからいたんだお前」

「……ずっと」

「ずっとって」

「……最初から。盗まれた秘宝の調査で財宝部屋C−1に行ったときから……ドレミとミラが4時間かけて抜け穴を探して、アンパンを騙し取られて、ミラのアトリエで渾身の推理を披露したけれど結局間違っていたからわたし達の誰かが〝怪盗Missing〟の協力者だっていう結論に帰着したところまで」

「最初からずっとじゃないかっ!」

「……だからそう言ってる」


 気付けなかった俺も間抜けだが、今になって声をかけてきたこいつもタチが悪い。

 メンバーの中の裏切り者調査なんて、当然のように秘密裏にこっそりやるつもりだったのに。一瞬でバレた。


「……これまで色んなコマにわたしが見切れてるから、ぜひ探してみて」

「漫画とかであるけどそういうの。やかましいわ」


 クールで無表情な人間だからとて、無骨じゃないといけない義務は無い。基本的にふざけた少女である。


「で……、まあ、全部見てたならもう隠すこともないな。これからお前達の調査をするつもりだ。つもりだったよ。秘密主義なお前達の情報収集を、水面下でな」

「……秘密主義ってわけじゃない。聞かれないから言わなかっただけ」

「そうなのか? 正体不明の怪盗結社だろ」

「……ただの、怪盗の矜持。怪盗は正体不明であるべし。外向けのプロテクト。身内にまで適応する人はあんまりいないから」


 例によって、怪盗の矜持だ。この言葉に今回どれほど振り回されていることやら。


「なるほど、社外秘ってだけの話か。じゃあ今、教えてくれ。多少パーソナルな情報が分かってるメンバーもいるけど、お前に関しては本当にほぼ何も知らない現状だ。怪盗スノウ。お前の本名は? 生年月日は? 身長と体重は? 普段はどこで何をしている何者だ?」

「……秘密」

「秘密じゃねーーーーかっ!!!!」


 どっと疲労感が全身を襲う。

 ふざけた少女である。


「……わたしが秘密主義ってだけ。他のみんなは、きっと、聞けば答えてくれる」

「あっそ。まあぶっちゃけ、そこまで詳細なパーソナルデータが必要ってわけでもないからいいんだけどさ」

「……あと、どさくさに紛れて体重聞かないで。秘密主義とかじゃなく普通に教えないから。デリカシー」

「ああ……はい。ごめんなさい」


 普通に怒られた。これは俺が悪い。


 バツの悪さをごまかすべく、咳払いをして居住まいを正す。


「とはいえ、だ。〝ブラックカーテン〟を盗んでから数日間、どこで何してたかの事情聴取くらいはちゃんと受けてくれるんだろうな? お前自身の疑いを晴らすためだぞ」

「……構わない。というか、ずっとアジトにいたってことしか言えない。朝に来て夜に帰った。サグルと同じ。ただし、昨夜だけはここに泊まった」

「具体的な時間は? アジトの中でも、何時頃にどこにいた? コントロールルームや財宝部屋に近寄ったか?」

「……細かく覚えてない。近寄ったかどうかはともかく、中に入ってはいない」


 ふむ。

 まあそうだろうなといったところだ。普通に生活していて、ずっと家の中にいて、詳細な時間なんていちいち把握しない。ここ数日分それを思い出せというのも難しい話だ。責める気になんてならない、ごく一般的な回答と言えよう。

 こいつが犯人だとしても、同じ回答になるだろうけど。


「……わたしはやってない。わたしは犯人じゃない。わたしを疑うなら証拠を持ってきて」

「分かったから。わざわざ犯人っぽい言い方をするな……」

「……創作としては楽しめる話だった。サグルは推理作家にでもなったほうがいい」

「わざわざ犯人っぽいことを言うな!」

「……わたしはもう部屋に帰る。殺人犯と同じ空間にいたくない」

「次の被害者っぽいことを言うな!」


 誰が殺人犯だ。クローズドサークルかここは。

 部屋に帰るというのは本気だったようで、足音を立てず静かに踵を返すスノウ。


「……じゃあまた、聞きたいことがあったら聞いて。ただ、一つだけ言っておくと」


 顔だけ振り向き、一度立ち止まったスノウは言う。


「……この島での不思議な出来事は全て〝オヤシロ様〟の仕業。祟りはもう始まっている」

「やがて変死体で見つかるフラグを立てるなっ!!」


 最後まで、ふざけきった少女である。

 そうしてスノウは歩き出す。――――その片手にはいつの間にか、アンパンが握られていた。


「……これ、おやつに貰ってく。ありがとう」

「えっ、あ……おまっ」

「……これも全て、オヤシロ様の仕業」


 慌ててテーブルの方を見ると、そこにあったはずのアンパンが無くなっている。

 それを確認して再びスノウの方へ振り返ると……窓が開いていて、そこにはもう怪盗少女の姿は無かった。まるで最初から誰もいなかったみたいに、音も気配も感じさせず、俺の目の前のアンパンを盗んで去ってみせた。……神業すぎる。


 全開の窓から下を覗いてみるが、そこにもスノウはいない。と思ったら、上から、ガチャリと窓を閉める音が聞こえた。

 え、上に逃げたの? 足場になりそうなものなんてせいぜい雨どいくらいしか無いようなツルツルの壁面を、一切の音を立てることなく……。


 神出鬼没。もはや天晴と言うほか無い手腕。アンパンを盗み食いするためだけに体現するものではない。


 何がオヤシロ様の仕業だ。

「犯人はお前だ」と、ツッコむ暇も無かった。


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