第7話:失われたもの、守りたかったもの
暗闇の中で、俺は走り続けていた。
後ろから、声が追いかけてくる。
『これは君の罪だ』
違う。
目の前に、空っぽの瞳をした子供たちが現れる。その唇が、声なく動く。
『かえして』
違う、俺は、お前たちを。
『お前が彼らを殺したのだ』
「うわあああああっ!」
叫んで、跳ね起きた。
そこはいつもの隠れ家の、俺のベッドの上だった。全身が汗でぐっしょりと濡れている。
見慣れた天井。オイルの匂い。現実だ。
「……ケイ?」
傍らの椅子で、レイナがうたた寝から顔を上げた。その目の下には、濃い隈が刻まれている。ずっと、俺のそばにいてくれたらしい。
彼女の瞳に浮かぶのは、深い後悔と、どうしようもない悲しみだった。
俺は、もう自分の両手を見ることができなかった。
この手は、もうただのガラクタいじりの手じゃない。
地獄を作り出すための、呪われた手だ。
◇
ケイが、再び浅い眠りに落ちていく。
その寝顔を見つめながら、レイナは過去の記憶へと沈んでいった。
輝いていた頃の、ハイペリオン社の研究室。
白衣を着た若い彼女は、希望に満ちていた。尊敬する上司の背中を、憧れの眼差しで見つめていた。
ケニー・ダックワース。
「ゴッドハンド」と呼ばれた天才エンジニア。いつも穏やかに笑い、未熟な自分にも根気よく技術を教えてくれた、太陽のような人。
だが、記憶は一瞬で暗転する。
けたたましいアラート音。爆発。炎。悲鳴。
制御を失ったシステムが、非人道的な実験の暴走を引き起こしたあの日。
『――逃げろ、レイナ! これは、俺のミスだ!』
それが、彼女が聞いたケニーの最後の言葉だった。
「私のせいだ…」
レイナは、眠るケイの髪をそっと撫でた。
「私が…あなたの警告を、もっと早く信じていれば…」
彼が命懸けで守ろうとしたものを、私は守れなかった。
だから、せめて。
彼のたった一つの忘れ形見である、この子だけは。
どんな手を使っても、守り抜くと誓ったのだ。
◇
俺が少しだけ動けるようになった日、隠れ家がささやかに飾り付けられていた。
テーブルの上には、少し歪んだ手作りのケーキ。
今日が、俺の16歳の誕生日なんだと、その時になって思い出した。
マーカスが、いつもよりはっきりとした口調で言った。
「おめでとう、ケイ。……生きててくれて、よかった」
その言葉は、どんな高価なブリス・チップよりも、俺の心に沁みた。
レイナは、何も言わずに俺の頭を優しく撫でた。
「もう、無茶しないで」
その声は、少しだけ震えていた。
二人の温かさに触れて、凍てついていた俺の心が、ほんの少しだけ溶けていくのを感じた。
ここに、俺の帰る場所がある。まだ、失っていないものが、ここにある。
だが。
ケーキに立てられた蝋燭の火が、ふと、あの子供たちの瞳から消えた最後の光のように見えた。
プロメテウスの呪いは、まだ俺の魂に深く刻み込まれたままだった。
消えない悪夢は、始まったばかりなのだ。
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