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第7話:失われたもの、守りたかったもの

暗闇の中で、俺は走り続けていた。

後ろから、声が追いかけてくる。


『これは君の罪だ』


違う。


目の前に、空っぽの瞳をした子供たちが現れる。その唇が、声なく動く。


『かえして』


違う、俺は、お前たちを。


『お前が彼らを殺したのだ』


「うわあああああっ!」


叫んで、跳ね起きた。

そこはいつもの隠れ家の、俺のベッドの上だった。全身が汗でぐっしょりと濡れている。

見慣れた天井。オイルの匂い。現実だ。


「……ケイ?」


傍らの椅子で、レイナがうたた寝から顔を上げた。その目の下には、濃い隈が刻まれている。ずっと、俺のそばにいてくれたらしい。

彼女の瞳に浮かぶのは、深い後悔と、どうしようもない悲しみだった。


俺は、もう自分の両手を見ることができなかった。

この手は、もうただのガラクタいじりの手じゃない。

地獄を作り出すための、呪われた手だ。



ケイが、再び浅い眠りに落ちていく。

その寝顔を見つめながら、レイナは過去の記憶へと沈んでいった。


輝いていた頃の、ハイペリオン社の研究室。

白衣を着た若い彼女は、希望に満ちていた。尊敬する上司の背中を、憧れの眼差しで見つめていた。

ケニー・ダックワース。

「ゴッドハンド」と呼ばれた天才エンジニア。いつも穏やかに笑い、未熟な自分にも根気よく技術を教えてくれた、太陽のような人。


だが、記憶は一瞬で暗転する。

けたたましいアラート音。爆発。炎。悲鳴。

制御を失ったシステムが、非人道的な実験の暴走を引き起こしたあの日。


『――逃げろ、レイナ! これは、俺のミスだ!』


それが、彼女が聞いたケニーの最後の言葉だった。


「私のせいだ…」

レイナは、眠るケイの髪をそっと撫でた。

「私が…あなたの警告を、もっと早く信じていれば…」


彼が命懸けで守ろうとしたものを、私は守れなかった。

だから、せめて。

彼のたった一つの忘れ形見である、この子だけは。

どんな手を使っても、守り抜くと誓ったのだ。



俺が少しだけ動けるようになった日、隠れ家がささやかに飾り付けられていた。

テーブルの上には、少し歪んだ手作りのケーキ。

今日が、俺の16歳の誕生日なんだと、その時になって思い出した。


マーカスが、いつもよりはっきりとした口調で言った。

「おめでとう、ケイ。……生きててくれて、よかった」

その言葉は、どんな高価なブリス・チップよりも、俺の心に沁みた。


レイナは、何も言わずに俺の頭を優しく撫でた。

「もう、無茶しないで」

その声は、少しだけ震えていた。


二人の温かさに触れて、凍てついていた俺の心が、ほんの少しだけ溶けていくのを感じた。

ここに、俺の帰る場所がある。まだ、失っていないものが、ここにある。


だが。

ケーキに立てられた蝋燭の火が、ふと、あの子供たちの瞳から消えた最後の光のように見えた。

プロメテウスの呪いは、まだ俺の魂に深く刻み込まれたままだった。

消えない悪夢は、始まったばかりなのだ。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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