第6話:プロメテウスの呪い
俺は、兄貴の苦しむ顔を思い出していた。
あの笑顔をもう一度見るためなら、悪魔にだって魂を売る。そう決めたはずだった。
俺は震える手で、プロメテウス・コアを中央の装置にセットした。
カチリ、と硬質な音が響く。
その瞬間、研究室の白い壁が、音もなく透明なガラスに変わった。
ガラスの向こう側は、巨大なプレイルームだった。
大勢の子供たちが、無邪気に笑い、走り回っている。その光景に、俺は一瞬、息を呑んだ。
なんだ、これは。
次の瞬間、装置が起動した。
低く、不快な駆動音が鳴り響き、子供たちが一斉に動きを止める。
そして、叫び始めた。
「あああああっ!」
「いや、やめて!」
子供たちの体から、無数の光の粒子が立ち上る。
「楽しい」「嬉しい」「大好き」――そんな温かい感情が、まるで魂を抜き取るように、中央の装置へと吸い上げられていく。
光の奔流は、装置の中で急速に冷却され、圧縮され――俺がよく知る、青白い結晶体へと姿を変えた。
ブリス・チップ。
これが、幸福の収穫。
感情を根こそぎ奪われた子供たちは、糸の切れた人形のように、次々とその場に崩れ落ちていった。
その瞳から、光は永遠に失われていた。
◇
「……ぉえ……ッ」
俺は、その場で胃の中身をぶちまけた。
俺が届けたこのコアが、引き金を引いた。俺が、この子たちを殺した。
違う、殺してない。でも、同じことだ。
脳が理解を拒絶する。だが、流れ込んでくる。子供たちの最後の感情が、濁流になって俺の精神を蹂躙する。
『ママにあいたい』
『たのしかったよ』
『いたい、いたい、いたい』
「う……ああああああああああッ!」
俺の絶叫に、掌のコアが共鳴した。
青白い光が、俺の罪悪感を喰らうように激しく明滅する。
『これは君の罪だ』
脳に直接響く声。
『お前が彼らを殺したのだ』
違う! 俺は、兄貴を助けたかっただけで――!
『言い訳はするな、創造主。お前は選んだ。この地獄を、お前が望んだのだ』
声が、脳のシナプスに、その罪を焼き付けていく。
プロメテウスの呪い。
もう、逃れることはできない。
◇
ジリリリリリリ!!
けたたましい警報が、地獄に鳴り響いた。
研究室に、ゼウス社の武装した警備部隊が雪崩れ込んでくる。
だが、俺はもう動けなかった。
足が、指一本すら、言うことを聞かない。壊れたおもちゃのように、ただ床にへたり込んでいるだけだった。
終わった。ここで、何もかも。
警備兵の一人が、俺に銃口を向けた。
その、刹那。
――ゴウッ!!!
研究室の壁が、轟音と共に爆砕した。
コンクリートの破片をまき散らしながら、そこに飛び込んできたのは、一台の大型バイク。重武装に魔改造された、黒い獣。
キーッと甲高いブレーキ音を立てて停止したバイクから、ライダーがヘルメットを脱ぐ。
汗と埃にまみれた、見慣れた顔。
「遅くなってごめん、ケイ!」
レイナだった。
彼女は追っ手の銃弾をものともせず、俺の手を掴んでバイクの後ろに引きずり乗せる。
「しっかり掴まってなさい!」
エンジンが咆哮を上げる。
俺たちを乗せた黒い獣は、地獄からの脱出路を切り拓くように、再び闇の中へと加速していった。
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