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第4話:地獄への招待状

「ゴースト・クーリエに、指名依頼だ」

情報屋からの通信は、いつもより声が低かった。

「依頼主は不明。最高レベルの機密案件。だが…」


情報屋は言葉を区切り、ゴクリと唾をのむ音を立てた。


「報酬は、破格だ」


ディスプレイに提示された数字を見て、俺は息を呑んだ。ゼロの数が、おかしい。

この金額があれば、純度の高いブリス・チップが、何十枚も買える。

兄貴が、何か月も「人間らしく」生きられる。失われた笑顔を、取り戻せる。


心臓が嫌な音を立てて脈打つのを感じた。

これは、ただの仕事じゃない。

地獄への招待状か、それとも天国への片道切符か。



「……プロメテウス・コア、Ver.0」


隠れ家のコンソールで依頼内容を確認したレイナの声が、震えていた。

顔を見ると、その表情から一切の血の気が引いている。いつもの軽口も、皮肉な笑みもどこにもない。


「ケイ、これだけは絶対にダメ」

「なんでだよ。この報酬を見ろよ。兄貴が…」

「アカン!!」


レイナが、叫んだ。

普段の彼女からは想像もつかない、魂を絞り出すような絶叫。隠していた関西弁が、むき出しになっている。


「死ぬわよ、あんた! それだけは絶対に、絶対にやったらダメなの!」

「理由を言えよ! 理由もなしに、やめろって言うのか!」

「言えない…言えないけど、私を信じて! お願いだから…!」


彼女は泣きそうな顔で俺に懇願する。だが、その瞳の奥には、俺の知らない深い恐怖が渦巻いていた。

なんで教えてくれないんだ。

俺を子供扱いして、また大事なことから遠ざけようとしてるのか。

ふざけるな。兄貴の命がかかってるんだ。

俺の中で、レイナへの不信感が黒い染みのように広がっていく。



その夜、隠れ家は凍えるような沈黙に包まれていた。

レイナとの間に生まれた溝は、あまりに深くて暗い。


その沈黙を破ったのは、兄貴の部屋からだった。

ガリッ、ガリッ、という壁を掻きむしる音。

そして、獣の唸り声のような、押し殺した呻き声。


「兄貴…!?」


ドアを開けると、地獄がそこに広がっていた。

マーカスが、ベッドの上で身をよじらせていた。ブリス・チップが切れたんだ。EDSの禁断症状が、彼を内側から破壊している。


「う…ぁ…ああ……」


焦点の合わない目で虚空を睨み、彼は壁に爪を立てていた。指先から血が滲んでいる。

それは、俺の知っている優しい兄貴じゃなかった。痛みに、苦しみに、完全に支配された、ただの肉塊だった。


目の前の地獄。

昼間の、破格の報酬。

天秤なんて、とっくに壊れていた。


俺は部屋を飛び出し、自分のコンソールに向かう。レイナが、俺の腕を掴んだ。

「待って、ケイ…!」


俺は、その手を振り払った。


「どけよ」

冷たい声が出た。自分でも驚くほど、冷たい声だった。

「見て見ぬフリなんて、俺にはできねえんだよ」


依頼受諾のアイコンを、俺は叩きつけた。


「俺がやるしかないんだ…!」


振り返ると、レイナがそこに立ち尽くしていた。

その顔は、まるで世界の終わりを見たかのように、絶望に染まっていた。

俺は、もう後戻りできない橋を渡ってしまった。それを、はっきりと理解していた。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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