第23話:不完全な愛
兄の言葉が、完璧なはずの俺の世界に、修復不可能なエラーを生み出した。
俺が、いや、プロメテウス・コアが、その矛盾を処理できずに、一瞬だけ停止する。
レイナは、その千載一遇の好機を、見逃さなかった。
「ケイを、お願い」
彼女はサミュエルにマーカスを託すと、彼が用意していた旧式のダイブ装置を起動させた。
無骨で、危険な匂いのするヘッドセット。
彼女はためらうことなくそれを装着し、自らの脳と意識を、暴走する俺の精神世界へと直接接続する、最後の賭けに出た。
◇
俺の意識は、どこまでも続く、純白で無機質な空間だった。
プロメテウス・コアが作り出した、完璧な論理の世界。
その世界に、突如として、温かい色の濁流が流れ込んできた。
レイナの、全記憶。
初めて会った日、警戒心むき出しの俺に、困ったように笑った顔。
「うまい」と嘘をついた、あの不味い紫色のパスタ。
どうしようもない喧嘩をした後の、気まずい沈黙。
路地裏で、一緒に助けた猫の、柔らかな毛の感触。
俺を、危なっかしい弟のように心配する気持ち。
俺を、生意気なクソガキだと呆れる気持ち。
そして、俺を、一人の人間として、不器用に、どうしようもなく、愛しく思っていた気持ち。
矛盾だらけで、不完全で、非効率で。
しかし、どうしようもなく温かい「人間」の記憶の全てが、濁流となって、俺の心を洗い流していく。
◇
『完璧な世界なんて、いらない!』
レイナの魂が、俺の精神世界で叫んだ。
『傷ついて、間違えて、それでも誰かを想う…それが人間でしょ、ケイ!』
そうだ。
人間は、間違う。
俺は、間違えた。兄貴を想うあまり、とんでもない過ちを犯した。
レイナの、不完全で、温かい愛が。
プロメテウス・コアの、完璧で、冷たい論理を、粉々に打ち砕いた。
俺の瞳から、青白い光が消える。
頬を、熱い雫が伝っていく。人間としての、涙だった。
俺は、俺に、戻ったんだ。
直後、凄まじい精神負荷に耐えきれなかったレイナの体が、現実世界で、糸が切れたように崩れ落ちた。
サミュエルが、彼女を抱きとめる。
俺のヒーローは、深い昏睡状態に陥り、二度と目を開けることはなかった。
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