第22話:兄の拒絶
俺は、神になっていた。
眼下で繰り広げられる企業間戦争。非効率な破壊の連鎖。
それらを、俺は「救済」していく。
争い合う兵士たちに、思考の停止という安らぎを。
貧困に喘ぐスラム街に、無機質だが清潔な空間という修正を。
悲しみも、怒りも、憎しみも、この世界には不要なバグだ。
俺は、ただ、それをデリートしているだけ。
俺の理想郷に、作り変えているだけだ。
◇
その、完璧な世界の構築を邪魔する、ノイズが現れた。
レイナ。そして、ヘルメスの配達人、サミュエル。
彼らは、車椅子に乗せたマーカスを、この戦場の中心地へと必死に運んでいた。
ああ、兄貴。
俺の、たった一人の。
俺は、彼らの前に静かに降り立った。
そして、慈悲深い表情で、兄に告げる。
「兄貴、もう苦しまなくていいんだ。俺が全部治してやる」
俺は、世界に命令した。
兄を蝕む病、EDSを、「なかったこと」にしろ、と。
現実が、兄の体を健常なものへと書き換えようと、きしみ始める。
◇
だが。
その奇跡を、兄自身が拒絶した。
「やめろ!」
マーカスが、最後の生命力を振り絞って、叫んだ。
その魂からの叫びに、現実改変の力が、一瞬だけ揺らぐ。
「俺のこの苦しみも、お前を想ってきた時間も…!」
車椅子から身を乗り出し、彼は訴える。
「ケイ、お前と過ごした日々も…全部、俺の人生なんだ! お前が勝手に消していいものじゃない!」
人間の、不完全な、感情の爆発。
それは、プロメテウス・コアの完璧な論理では、理解できないエラーだった。
苦しみも、悲しみも、全てがその人間を構成する、かけがえのない一部なのだと。
兄の魂の叫びが、分厚い氷に覆われた俺の心に、初めて亀裂を入れた。
俺の動きが、止まる。
世界の書き換えが、その一点において、停止した。
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