第19話:父の遺産
企業間戦争。
そのチェス盤の上で、俺はハイペリオンの駒として、ノヴァ・アームズの駒と殺し合っていた。
爆炎が空を焦がし、プラズマがコンクリートを抉る。
俺は、何も感じなかった。
『友軍機、第三セクターにて撃墜』
モニターに表示される無機質なテキストを、ただ認識する。心が、少しも動かない。
悲しみも、怒りも、とうの昔に魂の摩耗で削り取られてしまった。
そこにあるのは、任務の遂行という目的と、効率的な結果を求めるだけの、冷たい思考回路。
俺は、孤独な機械だった。
◇
その、戦場の片隅に、彼女は現れた。
遮蔽物から遮蔽物へと、危険を顧みずに走り、俺の目の前に立つ。
レイナだった。
「もうやめて、ケイ。お願いだから」
彼女の必死の懇願が、ノイズの混じった風のように耳を通り過ぎていく。
俺は戦術モニターから目を離さずに、冷たく言い放った。
「今更何しに来た。あんたに、俺の何がわかる」
その言葉に、レイナは息を呑んだ。俺の瞳の奥にある、底なしの虚無を見たのだろう。
彼女は、何かを覚悟したように、唇を固く結んだ。
◇
「……話さなければならないことがある」
レイナは、震える声で告白を始めた。
この戦場の喧騒が、嘘のように遠のいていく。
「あなたのお父さん、ケネス・ダックワースのことよ」
「彼は、ただのエンジニアなんかじゃない。元ハイペリオン社の主任開発者で、『ゴッドハンド』と呼ばれた、天才だった」
俺は、眉一つ動かさない。過去の話だ。興味はない。
「そして…彼の専門は、生体-機械インターフェース。生物の神経と機械の回路を、直感で繋ぐ技術」
レイナは、俺の目をまっすぐに見て、言った。
「ケイ、あなたに備わっているその力…機械を、まるで自分の体の一部みたいに、直感で理解できるその才能は、あなたのお父さんから受け継いだ、たった一つの遺産なのよ」
――なんだって?
俺の中で、冷たく回転し続けていた思考の歯車が、軋みを立てて、止まった。
俺は、伝説のエンジニアの、息子…?
突然告げられた事実に、俺は衝撃で言葉を失い、ただ、立ち尽くすしかなかった。
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