第15話:ハイペリオン・スパイア
猫たちとの平和な日々が、俺の焦りを消してくれるわけではなかった。
ハイペリオンへの糸口は見つからないまま、時間だけが過ぎていく。俺が足踏みをしている間にも、兄貴の命の砂時計の砂は、確実に落ちている。
そんなある夜、レイナが俺の前に立った。
その瞳には、もう迷いはなかった。あるのは、鋼のような覚悟だけだ。
「私に任せて」
彼女はそれだけ言うと、自室にこもった。
やがて、部屋の奥から、古い端末が起動する低い駆動音が聞こえてくる。俺がハッキングに失敗した、あの鉄壁の要塞に、彼女はたった一人で挑むつもりだ。
自分の身元が割れる危険も、何もかも承知の上で。
俺は、ただ待つことしかできなかった。
◇
レイナは、約束通り「アポイントメント」を取り付けてきた。
俺たちはネオ・カリフォルニア地区へと向かった。そこに、問題のタワーは聳え立っていた。
ハイペリオン・スパイア。
雲を突き抜け、空を貫く、白亜の巨塔。
スラムの汚れた雑踏とは隔絶されたその場所は、静寂に支配されていた。
内部は、塵一つない白で統一されていた。
床を滑るように移動するAIナースたちは、一切の足音を立てない。聞こえるのは、空調の静かすぎる駆動音と、消毒液の匂いだけ。
ここは病院というより、神殿だ。その完璧すぎる清潔さが、逆にかえって不気味だった。
俺は、クリーンルームに迷い込んだウイルスのようだった。
◇
案内されたのは、最上階のCEO執務室。
窓の外には、見渡す限りの雲海が広がっていた。俺たちが住む世界を、完全に見下ろす場所。
そこに、彼女はいた。
部屋の中央に立つその女は、体の90%を冷たいセラミックと金属のサイバーウェアに置換していた。
ハイペリオンCEO、Dr.アリシア・クライン。
その白い陶器のような顔に、感情の起伏は一切浮かんでいなかった。
アリシアは、俺たちを値踏みするように一瞥すると、合成音声のような、平坦な声で言った。
「お待ちしていました、レイナ・クロス」
そして、その感情のない瞳が、俺を捉える。
「そして……ケネス・ダックワースの息子さん」
知らないはずの、父親の名前。
俺は、思考が凍り付くのを感じた。
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