第13話:路地裏の小さな命
ハイペリオンの鉄壁を前に、俺は完全に手詰まりだった。
焦燥感が、思考を焼き切っていく。
魔改造の力なんて、こんな時には何の役にも立たない。扉一枚、開けられやしない。
俺は自分の無力さに打ちひしがれ、ワークスペースの床に座り込んでいた。
◇
頭を冷やそうと、隠れ家の裏の路地に出た。
酸性雨がアスファルトを濡らし、排水溝から不気味な色の湯気が立ち上っている。
その時、耳にかすかな鳴き声が届いた。
声のする方へ向かうと、ゴミ集積ポッドの陰で、一匹の野良猫がうずくまっていた。
企業の警備ドローンの誤射にでもあったのか、その後ろ足はありえない方向に曲がっている。
プロメテウスの呪いのせいか、他人の痛みには鈍感になっているはずだった。
だが、目の前の、か細く震える小さな命を見捨てることは、なぜかできなかった。
俺は、猫をそっと抱き上げ、隠れ家へと戻った。
そして、兄貴のために試作していた「自動治療ベッド」を起動させる。不格好な試作品だが、機能は本物だ。
猫をベッドに乗せると、スキャナーが損傷個所を特定し、ナノマシンを含んだ生体フォームが傷口を優しく包み込んでいく。
俺の技術が、初めて純粋な「治療」のためだけに使われた瞬間だった。
◇
数時間後、猫は動けるまでに回復していた。まだおぼつかない足取りで俺にすり寄り、ゴロゴロと喉を鳴らしている。
その時、俺は不思議な感覚に気づいた。
戦闘系の魔改造をした後に必ず襲ってくる、あの激しい頭痛や魂を削られるような消耗が、今回は全くない。
むしろ、胸のあたりが少しだけ温かくて、心が軽い。
まるで、俺は誰かを救うことで、自分自身を無意識に「治療」しているかのようだった。
その光景を、部屋の入り口でレイナが見ていた。
「……あなたのそういうところ、昔から変わらないわね」
ふっと、彼女が静かに微笑んだ。
その言葉に、俺は少し照れくさくて、顔を背けることしかできなかった。
凍りついていた俺たちの間の空気が、ほんの少しだけ、和らいだ気がした。
人間性を失いかけていた俺の中に、まだ「優しさ」という名の部品が、かろうじて残っている。
路地裏で救った小さな命は、そのことを俺に思い出させてくれた。
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