第12話:白衣の悪魔
隠れ家に戻った俺は、一直線にレイナの元へ向かった。
リカルドの言葉が、脳にこびりついて離れない。
ハイペリオン・スパイア。Dr.アリシア。
「レイナ、ハイペリオンって会社を知ってるか?」
その名を聞いた瞬間、レイナの顔から血の気が引いた。彼女が淹れていたコーヒーカップが、ガチャンと音を立てて床に落ちる。
「……なんで、その名前を」
「いいから教えろ。兄貴を救う手がかりになるかもしれないんだ」
「あかん」
レイナは、低い声で呟いた。
「あそこだけは、絶対にダメ」
その瞳には、ゼウスの時とは比べ物にならない、本物の恐怖が宿っていた。
まただ。また、こいつは俺に何も教えず、ただ「ダメだ」と繰り返す。
俺の不信感は、確信に変わりつつあった。
◇
「いい加減にしろよ! いつまで俺をガキ扱いする気だ!」
「あなたを心配してるからでしょ!」
俺とレイナの怒声が、狭い隠れ家にぶつかり合う。
彼女は俺の魔改造デバイスを掴むと、自分のコンソールに接続しようとした。
「何するんだ!」
「安全装置を組ませてもらうわ。これがあれば、最悪の事態は…」
「ふざけるな!」
俺は、その手を荒々しく振り払った。
「兄貴を救うのに、リミットなんてあるか! 俺の技術を信じないのか!」
「あなたのその力が、あなた自身を壊すのよ!」
レイナの悲痛な叫びが、空気を震わせる。
だが、もう俺の耳には届かなかった。
「兄貴を救うためなら、俺は悪魔にだって魂を売る!」
「その先に、救いなんてないのよ!」
互いを想う言葉が、互いを深く傷つけていく。
俺たちの間に生まれた亀裂は、もう修復不可能なほどに広がっていた。
◇
俺はレイナを無視し、一人でハイペリオンのネットワークにハッキングを試みた。
だが、相手はゼウスとはレベルが違った。俺のコードは、鉄壁の防御システムの前で、まるで子供の小石のように弾き返されるだけだった。
「クソッ…! なんだよ、この壁は…!」
その姿を、レイナが部屋の隅から静かに見ていた。
彼女の瞳に、過去の誰かの姿が重なる。無謀な挑戦、止まらない探究心、そして、悲劇的な結末。
「……また、同じ過ちを繰り返す」
彼女は小さく呟くと、何かを覚悟した表情で自室にこもった。
やがて、部屋の奥から、古い端末が起動する、低い駆動音が聞こえてきた。
それは、彼女が封印していた過去への扉を開く音だった。
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