御灸
精霊族辺境伯の屋敷に足止めを喰らっていたら
前国王のマッシュール・トランが現れた。
俺を足止めしたことを詫びた後、
孫である王子、息子の現国王を叱りつけている。
「じゃあ、私はアザリアに帰りますので」
お小言を貰う国王たちを尻目に帰ろうとすると、
また王子が何か言い出した。
「貴方が勝手に帰るのは引き留めません。
しかしその女性たちは置いて行ってください!」
「何を言うか、この愚か者!!」
マッシュールが孫を叱りつけるも言う事を聞かない。
「置いて行かなければ、ただじゃ済みませんよ。
戦争になりますよ、良いのですか?
貴方が戦争の起因になるのですよ。
魔族の領民に苦渋を飲ませるつもりですか?
良いのですか? そんなことをして!」
それを聞いてマッシュールが孫を殴りつけ
黙らせようとするも彼も怯まない。
「我が国の兵士は死をも恐れません。
万夫不当の猛者揃いです。
その者たちの攻撃を受けるのですよ!」
流石にそれは言い過ぎだ。
死を恐れない者などいるものか。
兵士は確かに命を懸け戦いに臨む。
しかしその境地に至るまでに
どれほどの覚悟をするのかまるで理解していない。
要は自分は安全な所から死んで来いと兵士に言うだけで
戦争を主観的に捉えることをしない。
他者に死ねと命令する者は自分がその立場になると一目散に逃げだす。
為政者などその典型ではないかと思う事すらある。
いざ戦いだ、決戦だと叫ぶ為政者ほど信の置けない者はいない。
軍人がその様に言うのは分かるような気もする。
彼らは闘うための職業に従事しているのだ。
ある意味、闘ってナンボの世界に足場をおいている。
しかし為政者は違う。
彼らは領民に対し平和と安全を保障する義務がある。
安全を保障すべき者が開戦を口にするなど
言語道断だと思う事すらある。
敵が攻め込んできたのならば已む得ない場合もあるだろうが
威勢の良いことを言う為政者は絶対に信用できないと思った事もあった。
いざ、自分が死地に赴くことになればいち早く逃げ出す。
その様な指導者の下で闘わなければならない兵士が哀れでならない。
ある意味この王子は自己顕示欲の為に己の欲望を満たす為だけに
他国と戦争を決行しようとしている。
「よう、兄ちゃん、お前さぁ~・・・
本当の意味で痛い思いとかしたことあんの?」
「ありますよ、厳にお爺様に今も殴られたじゃないですか」
「いや、そう言うのじゃなくてさ。
自分の身体生命を懸け痛い思いをしたことがあるかって聞いてんの」
「はっ? 意味が分からないんですけど」
「マッシュールさん、このお坊ちゃんに少し痛い思いを
してもらおうかと思うんですが許可して頂けますか?」
口で言っても分からない様なので身をもって体験してもらう。
戦争で言う戦いが如何に異常な世界の戦いなのかを
少しでもその身に刻ませる。
身をもって知った後にまた同じことを言うのなら真正のバカだ。
二度と相手にはしない。
「待って下さい、御大将、ここはこのバルバロスが
その少年の相手を仕ります。
少年よ、死ぬ気で掛かって参れ!」
バルバロスが俺の前に立ち少年と闘おうとする。
「ははっ、貴方も所詮口だけではないですか。
いざ戦いとなると、家臣に戦わせるだけの腰抜けだ。
卑怯者め!」
まあ、王子の言わんとすることは分かる。
「バルバロス、ここは俺がこのお坊ちゃんの相手しないと
意味が無いんだよ」
「しかし、御大将が相手なされると・・その・・・
その少年、確実に死にますぞ」
いや、俺も手加減位出来るし!
バルバロスを殴った時は勢いで殴ったので手加減も
いい加減だったが、今回はチャンと手加減するし・・
かなり心配するバルバロスを下がらせた。
と言うよりアグラットが黙らせたと言う方が正解か?
「旦那様、お灸を据える程度で宜しいでしょう」
アグラットは徹底的にヤレと言うが、メルテが程々にと釘を刺す。
メルテの隣のブラウは早く帰りたいモードに突入している。
「早く帰って美味しいものでも食べよう」
今はこの無口なブラウの方が俺にとっての脅威だ。
後で何を言い出すか分かったものではない。
早く帰ってブラウのご機嫌を取らなければと思ったのは秘密だ。
「ふん、貴方が相手では少し物足りない気もしますが・・
良いでしょう、お相手しましょう。
得物は剣で宜しいですか?
おっと、魔族の方は剣の使い方を知らないのでしたか・・
知らないのであれば少しお教えしますが?」
何言ってんだ、コイツ・・と思ったのは秘密だ。
俺の奥様たちに何かアピールをしているようにも思えるが・・
気のせいだという事にしておこう。
しかし「僕って凄いんだぞ」アピールにはイラついた。
いや・・こいつ・・ナルシストだったのか・・
キモイと思ったのは秘密・・にしない
「キモイんだけど・・さあ、掛かってきなさい!」
お互い向き合い剣を構え戦いが始まる。
剣を構えると同時に殺気を込めた。
デュエルの開幕だ!!!




