第9話 夜明けを待つそれぞれ
「その様子から察するに、見たようですね」
「……ああ」
修一は天井を見つめたまま答えた。
シンシアはそんな彼の姿を黙って見つめた後、静かに言った。
「交代しましょう。その状態では難しいでしょうが、少しでも休んでください。朝が来たら必要なものを手に入れ、夜が来る前にこの場所を離れますから」
修一はノロノロと立ち上がると、返事をせずに部屋の出口へと向かう。
背後でシンシアが彼を見つめていることは分かっていたが、振り返る気にはなれなかった。
重い足取りで階段を上がり、寝室へと入って、立ち止まる。かといって、埃まみれのベッドで休む気には、とてもなれない。
仕方なしに彼はまたノロノロと寝室を出ると、もう一つの部屋に入り、椅子を引っ張り出して寝室へと運び込んだ。
部屋の角、座った状態で壁に寄りかかれるように設置して、椅子にもたれた。身体は鉛のように重いが、眠気は来ない。
彼は先程のシンシアとの会話を思い出していた。
『朝が来たら必要なものを手に入れ、夜が来る前にここを離れる……』
「彼女は俺と行動するつもりなのか……目的があるのか?」
「ああ、そうだ。アリシアって……誰だ?それから、<覚醒者>とやらと、狼みたいな化け物……」
彼にはわからないことだらけだった。
「そういえば、あの娘に謝らないといけないな……」
本来であれば、あの陰険な召喚士に飛ばされるのは、彼一人だけだったはずなのだ。それが、修一が腕を掴んでしまったせいで、シンシアは不幸にも巻き込まれてしまった。
突然、見ず知らずの男とふたりで知らない場所で夜を過ごす羽目になって、不安だろうに。
謝罪のタイミングを完全に見失っていた彼は、朝になったら一番にシンシアに謝ろうと決め、目を閉じた。すぐに眠れるわけでもなかったが、出来る限り休もうと努めた。
空が白んできた頃、ようやく彼はうつらうつらし始めた。
***
修一が寝室に向かったのを見送った後、シンシアは彼が座り込んでいたところと同じ場所で、同じように座り込んでいた。
彼女は如何に自然に振舞いつつ、彼の同意を得られるかについて悩んでいた。
怪物が現れること自体は、シンシアの予想の範囲内だった。
シンシアは知っていたからだ。シンシアたちをここに飛ばしたあの召喚士は、彼女の村に派遣される前に、ある村で失敗して怪物に攻め込まれる遠因を作り、廃村に追い込んだ過去があることを。
召喚士はこの世界では、それだけで特別視される職だが、それでも召喚士同士の優劣を競い合う制度は存在する。能力の衰えた召喚士はやがて追放されると聞いていたシンシアは、あのプライドだけは高い召喚士が自身の衰えを認める筈がないと踏んでいた。そして、切羽詰まったら自身の能力不足の隠蔽に走るであろうということも。
あの召喚の儀で喚び出される人間が、円陣によって飛ばされることまでは読めていたものの、彼女自身もそれに巻き込まれることになるとは誤算であった。
彼女は早急に自身の妹が待つ村へと帰らなければならない。しかし、女一人での旅は当然の如く危険が伴う。喚び出された例の彼がどんな能力持ちかはまだ不明だが、味方になって随伴してもらえればシンシアにとっても安心出来そうだ。
そのために『なるべく信頼関係を築いて随伴を打診しなければ』とシンシアは思うのだが、果たして上手くいくかどうかは全くの不明だった。
廃屋内は静まり返っている。
先程まで二階で何かを――おそらく椅子を――引きずる音がしていたが、今はその音も止んだ。音に釣られて先程の怪物が戻ってくる可能性も、なくはなかったが、彼がキッチンまで移動していた理由に勘付いていた彼女は、引きずる音を止めようにも後ろめたい気持ちが勝り、彼の望むままにしていたのだった。
あと四時間ほどで夜が明ける筈だとシンシアは見込んでいる。それまでに上手く修一の納得を得られるような説明を考えておかなければならないのだが、妹の安否を心配する気持ちが往々にして頭を過り、彼女の思考はまったくもって要領を得ないのだった。
「ああ、どうしよう……」
二階の様子を窺う彼女の微かな呟きは、闇の中に融けていった。