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第6話 ”怪物が来る”

「いってぇ!」


 地面に投げ出された修一は強かに肩を打ち付け、その痛みに悶絶しそうになった。

 左肩を押さえつつ、辺りを見回すも、周囲は暗闇に包まれている。松明の明かりがないところを見るに、どうやら別の場所に飛ばされたようだ。月は雲に隠されてしまっているのか、今は見えない。

 明かりを求めた修一は電子書籍リーダーのライトを点灯しようとして、ふと思いとどまった。何がいるかもわからない場所で、不用意に自身の居場所を示すような真似はやめたほうがいいと気が付いたからだ。

 周囲に目をやり、共に飛ばされた女性がいたことに思い至った修一は、慌てて暗闇に目を凝らした。しかし、それまで松明の明かりに慣れていた目は、暗闇に慣れるまでまだまだ時間がかかりそうだった。視力に頼ることを諦め、代わりに耳を済ませた修一の元に、微かに声が届いてきた。その声を頼りに、修一は慎重に中腰で近づいた。足元から聞こえる土の擦れる音が煩わしい。


「ああ、何てことなの……アリシア……。どうしたら、これからどうしたらいいの? 一体何を視たらいいの……?」


 ぶつぶつと呟く彼女の元に、なんとか辿り着いた修一は、可能な限り落ち着いて声を掛ける。


「おい……あんた、大丈夫か?」

「アリシアを、あの子を助けないと……」


 呆然と座り込んだままの彼女に対し、修一は、つい声を荒げてしまう。


「おい!」


 その声に、はっとした彼女は、突然修一の口を塞ぐという彼には予想外の行動を起こした。

 訳も分からず口を覆われた修一は当然抵抗を示し、彼女の手首を掴みにかかる。が、掴んだその細腕が尋常ではなく震えていることに気が付き、動きを止めた。


「…………!」

「静かにしてください。怪物(けもの)が、怪物(けもの)が来る……!」

 

 けもの、という響きに修一は身を固くした。凶暴な肉食動物でも潜んでいるのだろうか。

 緊張の走った修一の様子を察すると、彼女は小声で話しかける。


「死にたくなければ、今は私の言う通りにしてください。お願いできますか?」


 修一は首を縦に激しく動かした。

 彼女は修一が頷いたことを確認すると、彼の口元から十センチメートル程、手を離した。

 数秒待って、修一が黙ったままであることを確かめた女性は完全に手を下ろし、再び小声で話し始めた。


「私の腕を掴んでください。近くにある身を隠せそうなところまで、移動します」

 

 彼女は自身の髪飾りを素早く取り外し、腰のポーチにしまった後、右腕を修一の目の前に差し出した。

 この頃には大分暗闇に目が慣れてきていた修一は、そろそろと手を伸ばし、彼女の前腕をあまり力を込めないように注意しつつ、握った。

 修一が腕を掴んだことを確認すると、彼女はそろりと立ち上がった。つられて修一もゆっくりと立ち上がったことを察した女性は、一歩、また一歩と、慎重に歩み始めた。


 やがて修一の目にも、おそらく二階建てであろう建物と思しき姿が飛び込んできた。

 彼女の荒い息が修一の元にも聞こえてきている。大分、彼女は緊張している様子だった。

 建物を周って入口と思われる扉の前に立ち、取っ手を引っ張る。鍵はかかっていないようで、少し開いたが、そこからびくともしない。

 修一は女性の肩を叩き、身振り手振りで交代する意志を示した。彼女は修一から電子書籍リーダーの端末を受け取ると、ゆっくりと後ずさりし、彼のために場所を開けた。

 修一は、腰をしっかりと落として、左足は扉のそばの壁につけ支えとし、両手で取っ手を掴むと腕を曲げ、上体を出来る限り扉に近づける。大きく息を吸い、呼吸を止めると同時に一気に力を入れて引いた。

 扉は開いた。が、開ける際の大きな音と、勢いあまってよろけた修一が立てた音が響き渡る。

 近くの木から、驚いた鳥が飛び立った羽音が聞こえた。

 修一たちは身体を硬直させたまま、しばらく動けなかった。

 そのまま三分程時間が経ったであろうか。月が雲から顔を覗かせ、光が差し込んできた。

 素早く周囲に目をやるも、彼ら以外は誰もいないようだった。


 修一は建物の中を覗き込んだ。玄関の先に短い廊下があり、正面には扉の開いた部屋が見え、左手にはどうやら二階へと続く階段があるようだ。

 女性は静かに修一の元に近づくと、端末を返し、屋内へ入るように促した。

 埃っぽい、しばらく放置された家屋のようだった。三和土の存在に気が付いた修一は訝しげな顔をして立ち止まるが、後ろから急かされた。

 入口扉はそのままにし、土足で上がりこむ。

 木張りの廊下はどうしても歩く度に音を立て、この音を聞きつけた捕食者が今まさにこちらへと向かっていそうなイメージが修一の頭に浮かぶ。

 必死で振り払おうとするが、嫌なイメージは中々消えない。彼は生きた心地がしなかった。

 部屋の入口脇、月明かりの届かない場所に腰を降ろした女性に倣い、修一も座り込んだ。


「はじめまして、の挨拶を悠長にしている暇はありません。私はシンシア。とにかく今夜を凌ぎましょう」


 シンシア、と名乗った女性は部屋の中をぐるりと見回したようだった。修一も出来る限り声を抑えて話す。


「……遠矢修一。さっき言ってた、けもの、っていうのは?」

「人に害を為すものです。説明は、後にしましょう。まずは部屋の構造を把握しなければ」

「なんでだ?」

「怪物が侵入してこられるような入口が他にあるか調べておかなければ、危険です。二階を見てきて貰えますか? 壁などに穴が空いていないかどうか」

「……わかった」


 右も左もわからぬまま、修一はシンシアに指示された通り、二階への階段を静かに上がった。幸いにも入口から差し込む月明りで、段差は何とか視認できる。

 埃を吸うのを少しでも抑えるために、修一は上着の袖口で可能な限り鼻と口を覆った。

 しかし、二階に上がると再び暗闇に包まれてしまった。明かりがないのは心許ないが、壁を探り当て慎重に進む。少しして、指先が窪みにひっかかった。

 窪みをなぞると、上下に走っている。どうやら扉があるらしかった。

 手探りでドアレバーを見つけ出し、音を立てぬよう、細心の注意を払って開ける。扉が開くにつれて、白い明かりが漏れ出してきた。中を覗ける位の幅を確保した修一は、こっそりと様子を窺う。

 正面には、大きな窓。カーテンは引かれておらず、ここから月明りが差し込むおかげで部屋の内部が視認出来た。窓の側には、ベッドが一つ置かれている。寝室のようだ。

 天井や壁に破損がないことを確認し、修一は顔を引っ込めた。

 扉はそのままにして光源代わりとし、二階にあるもう一つの部屋へ向かう。同じく静かに扉を開く。

 しかし、こちらの部屋には窓がないようで、良く見えない。修一は、先程の部屋のドアを全開にしてから戻ることで、もう一つの部屋の構造を把握することを思いついた。

 その結果は、机を椅子が一組あるだけの殺風景な部屋だった。同じく壁や天井の状態に問題がないことを確認した彼は、一階へと戻ることにした。



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