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第5話 ろくでもない初日

 女神から、見慣れた自身の電子書籍リーダーを受け取った修一は、真っ先に電池残量を確認する。

 90%の表示が目にした修一は、毎晩充電の確認だけは欠かさなかった自身の習慣に感謝した。

 しばらくは持ちそうだ、という安堵と、充電手段の確保が早期の課題になりうるという不安の両方に、彼は包まれた。


「さあ、人の子よ、行くがよい」


 電子書籍リーダーをしっかりと抱えた修一は、促され、女神の背後にある扉を見据える。扉の表面には、羊皮紙で見た文字と同じものと、修一にはよくわからない植物の彫刻が施されていた。鈍い音を立てて開き始める扉へと、彼は一歩一歩進んでいく。

 扉の先は暗闇に包まれており、先が見えない。能力なしで異世界へと向かおうとする彼の心に不安がよぎるが、その気持ちを振り払うように、一歩一歩踏みしめて、彼は進んだ。

 扉をくぐって進んでいくと、背後でゆっくりと閉じる音がし始めた。修一の周りが闇で埋まっていく。

 暗闇の中を、本当にこのまま歩いていってよいのか、という不安に押しつぶされそうになりながら進んでいた修一だったが、突如として目の前に広がった光に平衡感覚を失い、尻もちをついた。

 とっさに体を支えるためについた左の手のひらには湿った土の感触が伝わってくる。何かが燃えるような匂いがあたりに漂い、まだ視界が白いままの修一は混乱した。

 自身を飲み込んだ光が弱まると、修一の視界も徐々に回復してきた。

 目に飛び込んできたのは、彼を取り囲むように松明を掲げる数人の若い男と、長いローブを身に纏い、大判の書籍を広げた老獪そうな男だった。


 松明が周囲を煌々と照らす灯りで、現在時刻がどうやら夜であることは判別できたが、状況が飲み込めない。

 とにかく立ち上がろうと下に目を向けると、地面には黒く色の変わった部分とそうでない部分があることに気が付いた。視線をより広範に向けると、どうやら地面には陣のようなものが描かれており、彼はその中心に座り込んでいることが予想できた。

 これがいわゆる召喚の儀、というやつなのだろうか、と修一は考えるも、頭の中は疑問だらけだった。


「判定式、構築用意!」


 本を広げた男が声高に宣告すると、松明を掲げた男たちが一斉に何かを唱え始めた。

 次の瞬間、修一の手足は自身の意志とは無関係に硬直し、動かすことが出来なくなった。

 身体の自由を奪われ、修一の混乱は高まるばかりだ。


「おい、いきなり何なんだ? あんたたちは……」

「おのれは黙っておれ!」


 声を上げた修一の言葉を、本を持った男は遮った。

 いきなり理由もなしに怒鳴られた修一は不機嫌になる。


「一体なんなんだ、ここは……」


 じろり、と男に睨まれつつも、動けない修一は唯一動かせる首を振り、周りを観察した。

 松明の明かりで見える範囲では、この場は木々で取り囲まれている、ちょっとした広場のようだ。視線を上に向けると、雲が多少浮かんでいるものの、満月が輝いているのが確認できた。

 足元には、魔法陣らしきものが描かれている。そしてローブを着た、いかにもな男たちと、原理はわからないが拘束を受けている自身の手足。

 どうやらここは異世界らしい、と修一は思った。

 


「何をしておる、さっさと判定せんか!」

「も、申し訳ございません、召喚士様。今一度、直ぐに判定し直します……」


 召喚士と呼ばれた男は、おそらく弟子と思しき男を怒鳴りつけた後、わざとらしくため息をついた。

 そして、苛ついた様子で修一を見下した。

 その目に修一は見覚えがあった。職場の、いけ好かない上司が修一と話す時の、人を人とも思わないあの冷めた目だった。

 修一はふいに思い出してしまったその上司の顔を振り払おうと、首を大きく左右に振った。

 召喚士に再判定を申し出た男は、額に脂汗を浮かべながら、必死で呪文らしき文言を唱えている。


「判定、出ました!」


 修一の周囲を取り囲んでいた男の内の一人が叫ぶ。その様子は半ば自棄になっているように見えた。


「申せ!」

「召喚士様、恐れながら……」

「さっさと申せと言っておろう!」


 召喚士は、この期に及んでまだ何かを逡巡する弟子を叱り飛ばした。

 それを見ていた修一は、根拠はないが、非常に嫌な予感がした。


「え……Fです……」


 は?と言葉を発したのは修一ではなく、召喚士の方だった。信じられないような目で弟子を見つめた後、数秒かけてゆっくりと首を回した男は、憎悪の篭った目を修一に向けた。

 嫌な予感ほどよく当たる、と修一は色を失った。


「こやつは不要じゃ。直ぐに再召喚の手続きに入る。例の娘を連れてこい」


 地獄の底から響くような、低い声が空気を震わせた。

 修一はおろか、弟子たちも戸惑いを隠せないのが伝わってくる。


「ですがあの娘は、この村で唯一の覚醒者。失うわけには……」

「誰が口答えしてよいと申した? あの娘には妹がおろう! 肉親であれば、同じく覚醒者となる確率も高い。仕立てあげれば問題なかろう!」

「しかし……」

「くどい! 姉を捧げ、供物とする。連れてくるのだ! 妹の方も直ちに身柄を確保せよ!」


 召喚士の怒気に当てられ、ばたばたと数人の弟子が走り出し、木々の向こう側へと消えた。

 数分後、弟子たちに連れられて、亜麻色の長い髪を靡かせた二十歳を少し超えた位に見える一人の女性が修一の前に姿をあらわした。

 彼女が歩みを進める度に、髪の左右に着けている飾りが松明の明かりを反射してきらきらと輝いていた。

 目を伏せた彼女の姿を無遠慮にじろじろと眺めまわした召喚士は、よろしい、と言葉を発した。


「汝はこれから、贄となる。覚悟は出来ておろうな」

「……はい」


 か細い声で亜麻色の娘は答えた。

 それまで事態の経緯を見ているしか出来なかった修一のはらわたは煮えくり返っていた。状況は未だ理解出来ていないが、目の前にいるふんぞり返ったこの男が自身を蔑んだこと。連れてこられた女性が、何かの犠牲にされそうになっていることは判断できた。

 修一には、この世界の道理はわかっていない。しかし、このまま理由もわからず、馬鹿にしてきた男相手に何も出来ないのも我慢ならなかった。ゆえに、彼は自身の価値観で行動を起こした。


「ちょっと待て。あんたら何しようとしてんだ?」

「口を開くな、役立たずのひよっこが」

「いいから、さっさと説明しろや、このクソジジイ! その子に何するつもりか聞いてんだよ!」


 未だ地面に拘束されたままの手足に力を込め、立ち上がろうとするも、びくともしない。怒りに任せて、無理矢理力を込められた手足は軋んだ音を立てたが構わず修一はより一層の力を込めて、拘束を振り払った。その勢いのまま、掴みかかろうと召喚士へと肉薄する。


「煩わしい輩め。わしの邪魔をするな! 失せるがよい!」


 召喚士がそう叫ぶと同時に、男の持つ本から五つの光の玉が生まれ、修一を取り囲もうとする。

 咄嗟に危険を予知した修一は光の玉を避けようとして、左前方に飛び出したが、着地に失敗しバランスを崩してしまう。


「え、ちょっと離し……」


 転倒を回避しようとした修一が無意識に掴んでしまったのは、亜麻色の髪の女性の腕だった。

 光の玉は二人を包囲し、即座にそれぞれが弾けるように発光した。


 数十秒後、光がおさまった時、修一たちの姿はその場からすっかり消えていたのだった。




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