第46話 代価
言葉少なに惨劇の跡地を出発して、数時間が経とうとしていた。
延々と左右に木々が広がる同じ様な景色の中をシンシアと共に、修一は歩いている。道幅は広く、また踏み固められているため歩行に支障はない。
右足を出し、次に左足をその先に進める、その繰り返しを黙々とこなす。修一とシンシアの間には必要最低限の会話しか行われなかった。シンシアが偶に遠慮がちに、気を揉んでいるような視線を投げかけているが、彼はわざとそれに気が付かない振りをしていた。彼女に対して申し訳ない気持ちはあったものの、今は気軽に雑談を楽しむ気持ちにはなれなかったのだ。
あの夢が、修一の脳内メモリを蝕んでいる。
考えないようにしようとすればするほど、逆に考えてしまいそうになる。
「しゅ~いち~! まだ辛気臭いこと考えてんの?」
胸ポケットから顔を覗かせたラウラが呆れたように話しかけてくる。昨晩の醜態はどこへやら、すっかり普段の調子に戻っている。
修一は顔を顰めて答えた。
「ほっといてくれよ。今必死に別のこと考えようとしてて……」
「あ~! それで逆に気になってるんでしょ。皮肉過程理論だねえ」
「は? なんだそれ」
聞き慣れない言葉がラウラの口から出たので彼は戸惑った。シンシアも心当たりがないのか不思議そうな顔をしてラウラを見ている。
「シロクマ効果って言った方が伝わる? 考えないようにすればするほど考えちゃう現象のこと」
「ああ、それか……と、いうかなんでそんなこと知ってる?」
「と・う・ぜ・ん! あたしが――」
ポケットから飛び出して、胸を叩いて自慢げに決め台詞で締めようとした妖精を、彼はうっとうしそうに手で払った。
「もう飽きたからな、その台詞。んで、実際のところ、知ってる理由は?」
「修一の前に仕事で案内した相手から聞かされたから」
妖精はふてくされながら答えた。
「ついでに聞くが、昨日の拳銃はどうやって見つけた?」
「……うっ、そ、それは……」
ラウラの視線は完全に泳いでいる。
それを見て、修一は畳みかけるように問い詰める。
「お前、使おうと思えば魔法みたいなやつが使えるんだろ?」
「……まあ、その、使おうとするにも条件がですね……まあ、あるわけでして……」
滝のような汗を流しながらしどろもどろになりつつ、ラウラは回答する。
その様子を見たシンシアは、嘘が吐けないというのも煩わしい制約だろうなと憐憫の目を向けた。
一方で修一はあくまでも真相追及の構えを崩さない。ラウラにその条件とやらを明かすように迫る。
「あー! もう! 基本条件は第三者に見られないこと! 他者の願いを叶える場合は対価を必要とすること!」
「対価は?」
「要は寿命よ。言っとくけど、年単位だからね! だからあたしには極力頼らないように!」
ヤケクソ気味に修一を指さして、ラウラは叫ぶ。
修一とシンシアはお互いを見た。
「それは……つまり魔法を使っているところを誰かに見られてはいけない。願望成就のためには命を捧げなくてはならない、とこういうことですね」
「だが、昨日の夜に確か酒瓶浮かせてたところを俺見てるぞ?」
「あたしと契約交わしてるからそこは対象外。修一のサポートのために常に同行するって約束だから。でも、願いを叶えるのに対価が必要なのは変わらないからね」
「そこは無条件で使えるように契約条項として盛り込んどいてくれればいいものを……」
「む~り~! そんな恵まれた条件、女神さまがお許しにならないからね!」
修一とラウラのやり取りを聞きながら、シンシアは思いつめた顔をしていた。
使用時見られてはいけないということは、要は目を瞑ってでもいれば良いのだろう。対価さえ払えば、自分の一番の願いを容易に叶えることが出来る、と彼女は考えていた。
この旅の始まりであり彼女の目指して止まない終着点をシンシアは思い描いていた。
「あの、ラウラ例えばなんですが……私の妹、アリシアを救いたいとして、その対価はどのくらいですか?」
立ち止まったシンシアの、その言葉に妖精はハッとして、それから気まずそうにしばらく沈黙した。シンシアは、真剣な眼差しでラウラからの返答を待っていた。修一の足も止まってしまい、彼女たちの展開を見守っている。
二人から見つめられたラウラはいたたまれない風に身じろぎした。しかしいつまでも黙っているわけにもいかず、おずおずと桃色の唇を開く。
「十年分は貰うことになると思う……」
「では、ここから私の村まで全員で移動したい場合は?」
「…………。一年か二年分……」
それを聞いた修一は、迷わず口を挟んだ。
「だったら、俺がその移動の対価を払う。寿命二年で確実な時間的余裕を持ってシンシアの妹救出の足掛かりが出来るんなら、安いもんだろ」




