第45話 黒の影とその夢
薪が爆ぜる音がする。
これまでの経緯を凡そ思い出し終わった修一は、前のめりになってきていた身体を起こして改めて椅子に深く腰掛けなおした。無意識のうちにまた溜息が漏れる。
そろそろ彼も休息を取らなければならないことは理解しているが、まだまだ考えておかねばならないことが残っている。
修一たちを襲撃してきた男たちは五人全員が縛り上げられた。
ラウラの話では、明日の夜まで起きないという。妖精は嘘が吐けないことはこれまでの出来事で確定している事実であるし、どうやったかの疑念は残るものの、まずは信じてよいだろう。
ラウラは呑んだくれて碌に会話にならないので、諸々を問い詰めるのは翌日にすることを決める。シンシアは結局あのまま起きては来なかった。心配ではあるが、まさかこんな夜更けに部屋を覗くわけにもいかない。その為、こちらも翌日に回す。
今現在、何が一番問題かと言えば、この集落を恐怖のどん底に陥れたであろう、あの転移者の男が近くに潜んでいるのではないかということだった。
修一は考えを整理する。
惨殺現場となった家屋に残された血痕は、恐らく随分と古いものだった。彼には泥汚れと判別がつかなかったくらいだ。シンシアから明示があったわけではないので修一の予想だが、あの出来事が起こったのは最近の話ではない。
既に犯人はどこか遠くへ逃亡している可能性が高い。犯人は現場に戻るなどと言うが、あれは犯行の証拠を残していないという安心感を得るために戻るのだ。
そもそもこの世界に警察のような組織立った存在があるのかどうかすらよくわからない。自身が捕まる心配がないのなら、微々たる証拠が見つかることをそこまで恐れないのではないかと修一は思う。
加えて集落内に妙に残る生活感。修一たちを襲い、逆に返り討ちされた男たちがねぐらにしていたのだろう。
「……今夜一晩であれば問題ないはずだ」
彼は自分自身に言い聞かせるように呟いた。
今晩のラウラに見張りの役割は期待出来そうにもない。かと言って、自身で寝ずの番をするのも得策とは思えない。
彼はずっと右手で摘まんでいる紙片を見た。
頼みの綱は、これだけだ。
この『お守り』の発動条件や効果等、完全把握には程遠いものの、少なくとも襲いかかってきた相手を弾き飛ばす効果は確認済だ。効果は永続なのか、それとも一日限りなのかなどといった懸念がないわけではなかったが、疲労の溜まった彼一人で他に取れる手段もない。
割り切って運に任せるより他になかった。
木組みが軋む音を立てながら、彼は椅子から立ち上がった。火の始末をし、寝床へ向かう。
薄っぺらのベッドに寝転がると、強く目を瞑った。眠れない状況であっても無理矢理眠る方法を覚える必要がある……かつてナイトウが話していたことを思い出しながら、彼はぼんやりと睡魔の中へ落ちていった。
その夜、修一は夢を見た。
音はない。ただ映像のみが目まぐるしく切り替わる、継ぎ接ぎのサイレント映画を彷彿とさせた。
どこかの建物。そして掘っ立て小屋。見覚えがあるような、ないような気がする。
彼は普段夢を見ても、目が覚めるまであれは夢だったのだと知覚出来ないタイプだった。如何に変な状況に置かれようとも、そのことに何の疑念も覚えない。彼はその夢の中で、ただ傍観しているだけだった。
いきなり場面は切り替わる。
何かに追い立てられるように室内を逃げ惑う妙齢の女性。背後に彼女よりも幾分背の低い人影を隠している。彼の視界――画面外から黒く塗りつぶされた影のような腕が伸びてくる。その腕は迷うことなく女性たちへと向かっていった。それに抵抗するように振り払おうとする女性。しかし、抵抗虚しく黒の腕が迫り、次の瞬間には二人とも消えていた。
消えた理由を考える暇もなく、次の場面。
似たような状況だが、今回見えた人物は怯え切った表情の少年だった。腰が抜けてしまっているのか、恐怖に震えたまま動かない。そこにゆっくりと腕は現れ、そして少年は消え去った。
黒の腕が現れ、人が消えていく。そのような光景が何度か繰り広げられた。
また、場面転換。
状況は、同じく室内。暖炉が備え付けられているのが見える。今にも消えそうなちらちらと瞬く明かりに照らされて、髭を蓄えた白髪混じりの男が膝をついている。左手で自身の右肩を押さえている。ボタボタと床に赤い液体が流れ落ちている。男の右肩より先はない。
男と同じくらいの年齢の女性が彼に縋っている。
そこに現れる、黒の影。
髭の男は口角泡を飛ばしているようだ。そう見えるだけで、声は聞こえない。
影の手が翳されると、女性の下半身が消失した。苦痛に顔を歪め、口を大きく開けた女性。髭の男が掴みかかろうと飛び出すも、躱されたようで絨毯の上に蹲っていた。
急な転換。
黒の影は修一の方を向いていた。
腕が、彼の方へと伸ばされる。
修一はただ見ていた。恐怖の感情はなく、何故か懺悔に似た気持ちを抱いていた。
黒の掌によって画面が完全に覆われた時、彼は目を覚ました。
重い頭を左右に振って瞼を指で押さえた後、自分が夢を見ていたことを自覚した。
「あれは……この場所で起きた出来事の一部始終ってことか?」
彼の疑問に答えるものはなかった。
修一は起き上がると、暖炉のあった部屋へと向かうことにした。窓の外はすっかり朝だ。鳥も鳴いている。
「おはようございます、修一。少し顔色が優れませんね」
暖炉で食事の用意をしていたシンシアが振り返って言った。
「あー、ちょっとな。シンシアの調子はどうだ?」
「ご心配おかけしました。もう平気ですよ。早速ですが、食事にしましょうか」
「そうだな」
彼は頷いた。
見た夢については、これ以上深くは考えないようにした。シンシアが異能力で視た内容を聞いたことに影響されて、たまたま夢として現れたに過ぎないのだと彼は思った。その現れ方も生々しい光景であったため、あまり思い返したくなかった。悪い夢を見ただけなのだと結論付けたかった。
けれど、夢の最後に懺悔の感情が湧き出たことについて、まるで皮膚に食い込んで取れない棘のように、事あるごとにその存在を意識せざるを得ないのだった。




