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第44話 陽の当たらない場所



「……着きましたね」


 緊張と警戒の入り混じった表情でシンシアが言った。

 修一も辺りを入念に見回してみる。木造家屋が五棟程。傷みきった掘っ立て小屋のようなものがいくつかと、井戸が一つ。地面に目を向けると、足跡らしきものがあるような気がするが、正確な判断は修一には下せない。陽が入っている筈なのにどこか陰々とした、どんよりとした空気が満ちている。じっとその場に佇んでいると、ふとまるで陽の当たらない場所にいるかのような錯覚を起こした。

 ラウラが言う通り、近寄るのは『止めといた方がいい』気配のする場所だった。

 念には念を入れて、全員揃って捜索にかかる。家屋の扉の鍵は破壊されている。侵入は容易だった。

 目的の物をひとまず入手した修一は、襲ってきた男たちの残りを拘束するべくシンシアたちと別行動を取った。四回目ともなれば大分手慣れてくるもので、スムーズに作業を終える。哀れに転がされた姿が二人分加わり、これで全員の拘束を終えた。

 ひと息つく間もなく、修一は集落へ戻ることにする。

 夕刻が近い。今夜はあの集落で一晩明かすことになるだろう。




 額に汗をかいた修一を出迎えたのはラウラだった。


「おかえり~。あっちの家の中でシンシアが待ってるよ。この場所、考えてた以上にまずいかもね~」


 先行きを曇らせるようなラウラの物言いに、彼は動揺した。

 ラウラの言う『まずい』の詳細を知るために、彼はラウラが指し示す建物へと向かう。

 壁沿いに回り込んだ先、開け放たれた扉の向こうに、シンシアの姿が見える。

 玄関を通り抜け、直進して広々とした部屋に到着する。室内は荒らされており、家具の引き出しは床に転がっていたり、開けられたまま放置されている。木彫りの小物があちこちに散らばり、食器は割れ、大きなテーブルや椅子は部屋の隅に積みあがっていた。


「何かあったか? ラウラが言ってた『まずい』話ってのは……?」


 シンシアは彼の問いかけに頷くと、下を向いた。

 修一も釣られて目線を下へ、床を見る。板張りの床には土足で踏み荒らしたような、乾いた泥が付着したような汚れが一面に広がっている。

 強盗でもあったのだろうか、と彼は最初に思ったが、しかし『まずい』というにはインパクトが欠けているような気がする。

 シンシアの意図が読めずに、彼は怪訝な顔をした。


「これ、血痕が混じってます。それもかなりの量の」


 シンシアの言葉に、修一は少しまごついた。


「……つまり、ここで殺人があったってことか?」

「殺人、とまでは断言出来ませんね。もしかしたら人間以外の動物がそうなったのかもしれませんし。それに、殺されたとも限らない」

「でも、怪物の仕業ってこともあり得るよな?」

「あり得ますが、あくまでも可能性のうちのひとつに過ぎません」

「なら、今ここで言えることは、かなりの量の血がこの場所で流されたってことくらいか? 他に手掛かりらしいものもなし……推理の取っ掛かりもないんじゃ、これ以上は難しいかもな」

「……視てみましょうか」


 顎に手を当て考え込んでいたシンシアが提案をする。


「もう異能力使って大丈夫なのか?」

「ええ、問題ありません。では、少し集中しますね」


 修一は壁際まで後退し、腕組をすると息を吞んでシンシアの一挙手一投足を見守った。

 ラウラは修一の肩に腰掛けて、彼と同じ様に静かに待っている。

 シンシアは天井を見上げ、大きく深呼吸をした。肩の力を抜くと俯き気味に両目を閉じたまま静止する。

 静寂が室内に満ちていたのは僅かな時間のみだった。


「……うっ!」


 シンシアは短く呻くと自身の両目を左手で覆った。その手はブルブルと震え、呼吸は乱れている。ずるずるとそのまま座りこもうとする彼女に、修一は慌てて駆け寄り彼女の身体を支えた。シンシアはとにかく呼吸を落ち着けようと試みていたが、一向に喘鳴は治まる気配をみせない。

 混乱した修一は、シンシアの周囲をしきりに飛び回るラウラと顔を見合わせるも、互いに事態を好転させるアイデアは浮かんでこない。

 彼に出来たのは、ただシンシアの側について彼女の背をひたすら擦ることのみであった。

 そうして五分程経過し、ようやく彼女は話せるまでに回復した。


「……すみません。悪意の籠ったものが視えてしまいまして」

「いや、気にしなくていい。落ち着いて休める所に移動しよう。俺が手助けするから」

「ありがとうございます。でも、それは後で結構です。取り急ぎ、視たものをお伝えしますので、聞いてください」

「ああ、わかった。何だったんだ? それは」

「この集落を潰したのは、転移者です。怪物じゃありません。特殊能力なのでしょう……住民を襲って次々に文字通り消し去った。彼らは何が起こったのかまるでわからなかったようです。一瞬で、その存在を消されてしまいましたから。血も遺体も残らない。そしてその後、転移者はこの家へやって来た」

「転移者が? 悪意が籠ってるっていうなら……つまり復讐ってことか」


 『恐らく』とシンシアは小さく頷いた。続きを話そうとして、しかし視た光景が凄惨なものだったために口元を押さえて言い淀む。

 修一は彼女の様子から察して、彼女の言葉の後を引き取った。


「この部屋には大量の血痕が残ってるから、他の住人とは違って、この家の人間は惨たらしく殺されたってことなんだな」

「そうです……」

「転移者って男か? 風貌は? それからその後、どうしたんだ?」

「男性のようでしたが、夜に襲撃をかけたようで暗くて風貌はよくわかりませんでした。その後は、集落を出てどこかへ去って行きました。今回はこの場所で起こったことを視たので、その男に関してはこれが限界ですね」

「わかった。あと、他に何かあるか?」

「……その男は最後まで人間の姿を保っていました」


 そう言ったきり、彼女の萌黄色の瞳は伏せられた。

 修一は理解した。

 この集落を襲った人間は、明確な憎悪を込めて人間として殺戮を行ったのだと。


「そうか、わかった。ラウラ、どこかに休めそうな場所、なかったか?」

「アタリは付けてあるよ。シンシア、歩けそう?」

「ええ」


 シンシアが固辞したためおんぶはしなかったが、代わりに修一は肩を貸した。ふらつきがちな彼女の足元を支えつつ、別の建物へと移動する。

 ラウラの案内の元辿り着いた寝室らしき部屋にて、シンシアはベッドで先に休息を取ることとなった。

 修一たちはリビングへ移動し、椅子に腰を落ち着けるとしばしの休憩を取った。修一もラウラも、何も言葉を発さなかった。各々がいつの間にか自らの思考に深く、深く潜り込んでいった。



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