第43話 虎の尾を踏んだ人間の末路
ラウラを独り残してきたことに若干の不安を感じつつも、修一たちは早急にロープを調達せんと急ぎ足で進んでいた。
幸いなことに道は平坦で、建物の姿は既に二人の視界に入っている。
しかし、目的の家屋に辿り着くその前に、リーダー格の迷彩男が倒れこんでいる姿が目に入ってきた。
「こいつは……」
思わず修一は立ち止まる。
シンシアも同じ様に立ち止まったが、直後に修一が担いでいた荷物を降ろして渡すように言った。
彼は少々疑問に思いながらも、特に何か言うこともなく、彼女に荷物を差し出した。
地面に置かれたそれに彼女は手を入れて何かを探している。
程なくして出てきたものは、太さのしっかりとした新品のロープだった。
「持ってたのか?」
「ごめんなさい。下っ端程度を縛るのに使い捨てにするのには惜しかったので」
さらっと容赦ないことを言う、と彼は思った。思っただけで、敢えてそのことで彼女に言い寄ったりはしなかったが。
修一の思いをよそに、ある程度の長さを素早く手に巻き取ったシンシアは、腰からナイフを取り出すと切断した。
手元のロープは修一に差し出し、残った方は袋の中へ元通りに戻すと、荷物はそのまま脇に置いた。
「じゃあ、こいつも縛っておくか」
気を取り直すように、修一が気合いを込めてロープをピンと張った時、後方から声が聞こえてきた。
「お~い! 二人とも~! 見つかったよ!」
拳銃を携えて飛んできたのはラウラだった。
小さな両手でトリガーガード部分を掴んで支点としながら、ぶら下げた状態で運んでいる。しかし、細い二本の腕で支えるのには少し重いのか、フラフラしながら修一たち二人の元へ寄ってくる。
驚いた修一が振り返った時、拳銃は彼の目の前に存在していた。ラウラから受け取ったそれをしげしげと眺める。おそらくだが、彼自身が吹き飛ばしたあの拳銃に間違いはなさそうだった。
「……どうやったんでしょう。早くないですか?」
同じように驚きを隠せない表情でシンシアが言う。
「すぐ見つかったよ! やっぱり日頃の行いが良いからかな~? 女神さまのご加護で魔法みたいな奇跡が起こるんだよね!」
得意げに話すラウラを見ながら修一が抱いた感想は、胡散臭いというものでしかなかった。
彼の中にある一般的な妖精のイメージとして、『魔法みたいな奇跡』を妖精が起こすのは別に不自然でもなんでもない。問題は、妖精とはいっても、その妖精があのラウラであることだった。そのせいで彼は疑念を抱かずにいられなかったのだ。なんせ、彼女が魔法らしい魔法を使ったことなど見たことがない。彼は勝手にラウラのことを、魔法は使えない、ただのマスコットでしかないと考えていたのだった。
ラウラは誤魔化そうとしているようだが、こんな状況になっているのだから当然、彼女の物言いを素直に信じる修一ではない。
とはいえ、修一の疑問の解消のためにここで時間を無駄にするわけにはいかない。優先順位を考慮すれば、当然低い。
強引に事を収めようとするラウラに修一は詰め寄りつつ、彼はシンシアの方を振り向いて言った。
「大丈夫だ、シンシア。後で俺が問い詰める」
「なんで!?」
死刑宣告を受けたかの如く項垂れたラウラを摘まみ上げ、胸ポケットに放り込むと、彼は改めて迷彩男へ向き直った。
顔はうつぶせになっているため確認が出来ない。まずは武装解除を先にしたいが、身体を覆うマントが邪魔だった。
そろりそろりと布に手を伸ばした修一の耳に不穏な掛け声が飛び込んできた。
しょげかえっていた数秒前の姿はどこへやら、すっかり調子を取り戻したラウラは修一のシャツのポケットから上半身を乗り出して、いざ特等席で観戦タイムとばかりにはしゃいでいる。
修一は呆れながらも指摘すれば余計に面倒なことになると思い、ひとつ溜息をついてから仕方なしに黙っていることにした。
彼から一歩下がった位置にシンシアはいて、左手にナイフを握りしめてスタンバイしている。銃を扱い慣れていない彼女は、手に馴染んだ得物の方を使うことにしたようだった。
いざ再び手を伸ばそうとして、彼はまたしてもラウラの声に邪魔された。
「蹴り上げた方が安全じゃない?」
「…………」
数秒逡巡した後、身の安全には代えられないと足を使った。
ごろりと転がった男の目は閉じられており、額からは夥しい量の血を流している。顔面の半分以上がすっかり血で染まっていた。
「……死んでるか?」
「ううん。残念ながら生きてるよ」
淡々とラウラが言う。
「わかるのか?」
「まあね! だってあたしはかわ――」
「はいはい。わかってるわかってる。妖精だからだな」
ラウラの台詞を遮って流した修一が気に入らないようで、彼女は頬を膨らませた。続けて、抗議の意を込めて彼の胸を叩こうとして、ふと止めたかと思うと意地悪な笑みを浮かべて修一を見上げた。
「こいつが元凶なんだし、ただ縛るだけじゃ物足りないと思わない?」
「別に思わないが」
「あたしは思う! それにシンシアだってきっとそう思ってる」
「勝手に他人の気持ちを代弁するな」
嗜めながら『一緒にラウラを止めてくれ』という期待を込めた目で彼はシンシアの顔を見た。
しかし、修一の期待は裏切られることとなる。
彼女は何も言わずに、にこにこと修一を見つめていた。彼女の静かなる怒りの炎はまだ燃え上がっていた。
彼はがっくりと膝を着くと、呻くように言った。
「縛る以外に何をしようってんだ……」
「拷問の本とかその端末に保存されてないの?」
「あるわけねーだろ! そんなもん!」
期待外れ、とばかりにラウラはその顔を顰めた。
つまんないの、と頻りに口にするラウラを黙殺し、修一はシンシアの助言を受けつつ、特に『ぎちぎち』に縛り上げられた人間をもう一人作り上げたのだった。




