第4話 選んだもの
息を止めて答えを待つ修一に、女神は重々しく口を開いた。
「契約書には、記載があります。そして、そなた自身が署名を行っている」
しくった、と彼は表情を歪めた。妖精は本当に嘘がつけなかったのだ。黒い影の姿をした死という恐怖が、彼の肌をゆっくりと這いまわり、そして奥へと染み込んでいくような心地がする。
しかし、女神の言葉には続きがあった。
「ですが、あの子はどうやら、愚昧な振る舞いをしたようですね。人の子よ、何を持って行きたいのか、申してみなさい」
辛くも修一の勝利だった。
盛大に息を吐き出した修一は、スマホと返答しかけて、ふと思いとどまった。
『妖精は嘘をつけない』が真実だったのだから、インターネットが発展していないと言った妖精の言葉も真となる。
通信の使えないスマホを持っていくのは、果たして正解なのだろうか。
無人島に何か一つ持っていくならば、というよくある質問を修一は思い出していた。
それによれば、確かナイフ、ライターかマッチなどの火を起こせるもの、スマホ、などであったはずである。
確かに刃物類は汎用性が高そうだと、修一も思う。
しかし、ある程度発達した文明を持つ世界において、刃物がアドバンテージとなるかは疑問である。
修一の目的は、あくまで人生をやり直すことだ。無人島で一人生き延びることを目標とするわけではない。
自らの身を助けるものであり、なおかつ、先に転移した特殊能力を持つであろう人間がいたとしても、能力を持たない修一が優位性を保てるものでなければならない。
汎用性、と何気なく呟いた修一は、突如として閃いた。便利な道具を収納できる、四次元のあれがある。
修一は嬉々として返答しようとした。
「念の為伝えておきますが、持っていくものはそなたが契約締結時に所有権を有していたものに限りますよ」
見透かしたような女神の制止に、修一はがっくりと膝を着いた。
何を持っていけば正解なのか、わからなくなっていた。
仕方がないので所謂、文明の利器と呼ばれそうなものを片っ端から思い浮かべることにした。
スマホは、保留。パソコンの類も、スマホと同じ理由で保留。タブレットは所持していないため、却下。車、もしかしたらあちらの世界に既にあるかもしれない。エアコン、電子レンジ。使い道が限定されすぎている。
電気。いや、その前にこれはモノではない。
修一は頭を抱えながら唸った。
根底から見直すと、彼がスマホを持ち込みたかったのは、多機能ということもあるが、何よりネットから情報を引っ張ってくることが出来るからだ。
情報の有無は、差別化をもたらす。人間が持てる情報の量と深さには、大抵の場合、限りがあるはずだ。
では、外部に大量に情報を蓄えておいて、必要な時にそれを得る。しかも、オフラインで。
辞書や、書籍の類ならばどうだろうか、と彼は思い至った。けれど持っていけるものは、ただ一冊だけだ。一冊で競争優位性を保てる書籍など、彼には直ぐに思い至らない。
修一は頭を搔きむしる。何時までも女神は待ってはくれないだろう。早く決断しなければ、と思えば思う程、彼の思考はますます行き詰るばかりだった。
焦りで彼が叫びだしそうになった、その時。電子書籍、の四文字が修一の頭に浮かんだ。
顔を上げた彼は、女神の神々しく輝きを放つ光の輪を放心して眺めた。女神は黙ったまま、彼を見ている。
電子書籍ならば、可能性があるかもしれない、と彼は考えた。
一時期の修一は、割引セールが行われていれば、興味のある書籍を片っ端から購入していた。
仕事が忙しいから読書の時間をろくに捻出出来ないのだ。面白い本さえあれば、きっとまた本を読む生活に戻れる、と言い聞かせて。
そんな言い訳で自身を欺いてきた修一の元には、そんな電子書籍たちが、物理的ではないにしろ、積みあがっていた。
しかし、修一のスマホでは、購入したはいいものの、肝心のデータはまだダウンロードしてないものが多かった。再ダウンロードするための手段も時間も女神は用意してくれないだろう、と彼は思う。
そして必死に代替品の存在に考えを巡らせた結果を女神に告げた。
「電子書籍リーダーを持っていきます」
修一が異世界で生き抜くための武器に選んだのは、知識の束だった。