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第37話 虚空に浮かぶ双眸



 彼が覚醒してその重たい瞼をこじ開けた時、最初にオレンジ色の光が瞳孔へと飛び込んできた。

 随分と長い間眠り込んでしまったようだった。

 シンシアはどうしただろうか、と部屋の入口付近に向かって首を回すと、彼女はすぐそばにいた。


「すみません。心配だったので」


 小さく縮こまりながら彼女は言った。体調はもう問題なさそうだった。


「いや、いいよ」


 修一は額に手の甲を押し当てた。頭の中には眠気の霞がかかっていて、ぼんやりとしたまま晴れてくれない。


「今、何時くらい?」

「午後四時前です」


 『そうか』と言って起き上がろうと彼は右の前腕をついて手のひらに力を込めて身体を支えようとして、力加減を誤ってよろけた。

 シンシアが慌てて支えに入る。

 休息を勧める彼女の忠告を素直に受け入れ、彼はベッドに寝直した。


「朝になったらここを発とう。そうだ、ナイトウさんがどこにいるか知ってるか? お世話になったしきちんと話しておかないと……」

「先程会いに来られましたよ。修一がまだ眠っていると話したら、食事がてら夜にまた来るとおっしゃってました」

「ならその時でいいな。そういえば、ラウラはどうしてる?」

「ええと。それが彼女、かなり怒ってて……。葬送(おく)りは身体に負担のかかる行程だったでしょう? 『シンシアに無茶しないようにって言っておきながら自分は別問題とばかりに無理してる! 矛盾してんのよ想像力マイナスの鈍感男が』って、それはもう凄い剣幕で。気晴らしに散歩するって飛んで行っちゃいました」

「あー。まあ、そうか。許しを乞うにもそうとう骨が折れそうだ。どうしたもんか。正直、考えたくないな」

「……私も少し、怒ってますよ。彼女の怒りは真っ当かと。この状況は、自業自得に近いものがあります」


 シンシアの声のトーンが明らかに下がったのを感じ取って修一は慌てて彼女に謝罪した。


「それで、葬送(おく)りに参加してどうでしたか」

「どうって?」

「後悔、無情、罪悪、嫌悪。怪物とはいえ、私たちが行っているのは人殺しに変わりないのだと、私はどうしても考えてしまうのです。けれど、他の手段が見つからない。何より自分や、自分が大切にしている人が殺されてしまうくらいならと、怪物を殺すことを肯定している。葬送(おく)りは歪んだ自分の感情を浮き彫りにする、私にとってそんなイメージなのです。怪物にまつわる話を最低限にしようとしていた私に責任がありますが、ここへ来てから転移者である修一にとって、精神に負荷のかかる出来事が続いてしまっていると思ったものですから」


 私の責任ですが、と彼女は再び繰り返した。

 オレンジ色に照らされている彼女の顔を見ながら、修一は誤魔化さずにあるがままを口にした。


「実を言うと、最中ずっと考えていた筈なのにまだ表現出来ない。本当に言葉にして発してしまっていいのかどうか、喉の奥の方につっかえてる感じだ。だけど後悔は、してないな」

「そう、ですか」

「おいおい話していきたいとは思ってたんだが、シンシアは転移者が怪物になる原因について考えたことはあるか?」

「それは、勿論」

「明確な原因が存在すると思うか?」

「……難しい問いですね。あると信じたい、というのが心境です」

「俺がまず第一に恐れてるのはそれだ。全くの偶然。理由なんて何もなく怪物と化すというのが、抗いようがなくて一番救いがない。事故に遭わないように、ただひたすら祈るしかないからだ」


 彼の発言に対し、シンシアは沈黙を返答とした。

 彼女の無言を受け取って、修一は続ける。


「それから気になる点がもう一つ。怪物になる原因は本当に誰も知らないのか? それとも諸事情で秘匿されているだけなのか?」

「それに関して、昔、やってみたことがあるんです」


 ぼそりと、声を潜めてシンシアは言った。


「千里眼で何か視えやしないかと思って。ですが……その……」

「シンシア? 言いたくなければ今は無理して言わなくても」


 修一の気遣いの言葉を受け入れつつ、シンシアは『そういうわけじゃないんです』と言って、その身を震わせた。


「ただ、あの時のことを思い出すと、怖気立つんです。……初めに視えたのは、真っ暗な光景でした。一筋の光もない。虚空かと思いました。今まで経験したことがなく、私は混乱しました。わけがわからないまま視ていると、突然双眸が……心底冷え切った二つの瞳が私を見つめてきたんです。恐ろしくなって、慌てて異能力の使用を中断しました」

「瞳? 一体何を意味して?」


 シンシアは首を振った。両の腕で自らを抱きしめ、頻りに二の腕を擦っている。彼女にとって余程の恐怖を覚える体験だったのだろう。

 もう一度やってみてくれないか、とは流石に言えなかった。その代わりに、修一は一つだけ質問をした。


「悪いんだが、一つだけ訊かせてくれ。その瞳は、人間のものだったのか?」

「ええ。そうです」

「思い出させてしまって済まなかった。シンシアも、部屋に戻って休んだ方がいいんじゃないか?」

「……そうですね。そうします」


 『では、ナイトウさんが来る夜にまた』と言ってシンシアは部屋から去っていった。

 修一は窓から外の風景を眺めながら、シンシアの話を思い返した。

 人間の目。怪物になる原因を知っている人間が存在するという意味なのだろうか。だとして、何人の人間がそれを知っているのか? 理由は隠されているのか? それとも、たまたま知らない人間が多すぎるだけか? そんなまさか、云々。

 修一の思考は入り組んだ迷路に迷い込んだまま、脱出出来る気配が無かった。むしろ益々戻れない深みへと嵌っていくような心地さえした。

 そろそろ陽が沈みそうだった。

 無理矢理迷子のままの思考を中断させて、彼は夜に備えることにした。




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