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第36話 弔い



 宿に着き、シンシアの様子を窺おうと控えめにノックをすると、意外にも声に張りのあるシンシアからの返答があった。

 修一は恐る恐る扉を開いて中を覗くと、シンシアがベッドの上で上体を起こして彼の方を見ていた。

 元気そうだ、と修一が思ったのも束の間、シンシアの側を不安そうな顔をして忙しなく飛び回るラウラの様子から、これは空元気に過ぎないのだと認識を改めた。

 ベットの側にしゃがみこむと、シンシアの負担にならないように手短に会話を済ませようとする。


「怪物の脅威は去った。これから寝ずの番らしいから、同席しようと思う」

「休んだほうが良いのではないですか?」

「正直、眠れる気がしない。考え込んでしまいそうで。だからどうせなら、立ち合おうと思う。シンシアはゆっくり回復に努めてくれ。それから……」


 修一は言い淀んだ。


「それから?」

「異能力を無理してまで使わないで欲しい。身体にかかる負担が心配なんだ」


 シンシアは微笑むのみに留めた。約束は出来ない、ということだろう。

 修一は彼女に約束を無理強いさせるような真似はしなかった。修一自身がシンシアの懸念をやんわりと否定して寝ずの番に同席すると宣言しているのだ。自らを棚に上げておいて他者に強制するのでは筋が通らないだろう。

 彼女には彼女なりの考えがあり、リスクだって彼女自身が一番理解している筈なのだ。

 それでも敢えて行った行為に、修一はこれ以上口を挟む気はない。ただ、気懸かりだと伝われば、それで今は十分だった。


「ラウラ、このまま側にいてやってくれ」

「わかってる」


 シンシアとラウラ、二人の顔をしっかりと見てから、修一は退室した。

 そのまま酒場から出掛けようとして、その間際に主人から呼び止められた。振り向く修一に手渡されたのは、食糧と水の入った籠だった。ナイトウさんと君のために、と主人は言った。


「何故、自分の分まで?」

「色んな人間をここで見てきた。もちろん転移者も。だからわかるんだよ」


 そう言ったきり、踵を返してカウンターの奥へと戻っていった。

 修一は礼を言うと、酒場を出た。

 月は相変わらず出ていないが、明かりを灯している家々が増えてきている。往路よりも歩くのに問題はなさそうだった。




 修一が戻ると、ナイトウは一足先に待機していた。酒場の主人から託された籠を渡し、ナイトウの隣に座りこむ。

 かがり火が静かに燃える音が耳に届く。時折、夜風が襟足をくすぐっていった。

 怪物の収められた袋は黒い線でぐるりと囲まれていた。ナイトウはこうするために修一と別れて、誰かを呼びに行ったのだろう。当たりを見回してみたが、該当人物らしき人影は見当たらなかった。

 会話をする者はほとんどなかった。

 一定時間ごとに交代の番が現れて二言三言言葉を交わすだけだった。

 修一とナイトウの二人は、酒場の主人の差し入れを少しづつ食べた。とはいっても修一に食欲はまるでなく、二口程口にした後は手が止まってしまった。

 火に照らされる袋を視界に入れて、ぼんやりと取り留めもない思考の波間を溺れそうになりながら漂っていた。

 肩に、背中に、錘をつけられたかのような感覚がしていた。

 眠気ではない。しかし、修一はこの感覚をうまく言い表すことが出来ずに、けれど何とか言語化を試みようとしている内に、夜は更けてやがて明けた。


 朝を迎えるとよりはっきりと、昨夜起こったことが眼前に突き付けられた。

 力任せに破壊され、断片を晒す柵と踏み荒らされた地面の上の黒い斑点。


「修一、宿に戻れ。疲労の色が出てるぞ」

「……ナイトウさんは、ずっといるつもりなんでしょう?」

「今までもそうしてきたからな。だから事前に備えてきてある」

「自分は平気ですよ。なんせ前の世界じゃ突発的な徹夜が当たり前の生活送ってきてましたから」

「梃子でも動かないって様だな。まあいい。限界超えなきゃそれでいいさ」


 それで会話は終わった。 

 二十四時間を迎えるまで、修一はそこにいた。



***



 二十四時間が経って、現場の止まっていた空気が動き始めた。

 村人の男が荷車を引っ張ってやってきた。隣には昨夜どこかへと消えていった門番の男二人もいる。

 袋は門番の男たちによって荷車に乗せられて、村から離れていく。

 立ち上がったナイトウに釣られて同じく立った修一は、何も言わずナイトウの顔を見る。


「これから遺体を焼きに行く。俺はそれに立ち合う。灰になったら、埋めて墓をつくる」


 行くか? とはナイトウは訊かなかった。修一は最後まで見送るつもりなのだとわかっていた。

 歩き出したナイトウの後を、ただ黙って修一もついて行った。

 そうして一連を全て見届けて、修一は宿へと戻ってきた。朝になっていた。

 ナイトウとは出来上がったばかりの墓の前で別れた。ナイトウは、修一の身を案ずる言葉を掛けた後はただ負い革を握りしめて墓石の前に立ち続けていた。

 修一は彼を残して一人去り、けれどその足取りは重かった。

 酒場の店主に頼んで塩を少量分けてもらい、振りかけた。

 そしてシンシアに手短に報告した後は、客室に戻って彼はベッドに潜り込んで泥のように眠った。

 

 

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