第33話 僅かな異変
沈んだ気分のままその後の時間を過ごした修一だったが、ナイトウとの別れ際に、明日以降も手伝いをしたい旨を申し出て酒場の店主共に了承は得ていた。
多少の路銀を確保出来る目処が付いたことは修一にとって幸いだった。今まで後ろめたい思いをしていたものが、少しずつ晴れていくような感覚だった。
同時に少しでも役に立てれば、と保存してあったレシピ本からいくつか新規メニューの提案もさせてもらった。店主は興味深そうにそれらを検討し、いくつか試作してみよう、と言った。
ナイトウは料理よりも電子書籍リーダー自体の方に強い関心を示し、構造や設計について修一に尋ねてきたが、修一に答えられる知識は無かった。
残念そうにしつつも、ナイトウは『城郭都市ならこういった機械に詳しい奴がいるから気にするな』と笑った。
シンシアもどうやらナイトウの伝手で、日中は何処かへ出掛けているようだ。
恐らく彼女の異能力を活かしているのだろう、と修一は考えていた。深くは訊けていなかったが。
朝から午後は働き、その後入浴して酒場に集まって食事、の流れが大まかな一日の予定だった。
ひとり落ち着くのは夜、寝る前くらいのものであったが、肉体労働の疲れもあって考え込むことも出来ずに直ぐに睡魔に連行されていくような状態だった。
よくよく考えてみれば、シンシアもナイトウも、そしてラウラさえもが修一をひとりにしないように努めていたように思えた。それが配慮なのか、それとも彼ら彼女らなりの懺悔なのか彼には判断が下せなかったが、しかしありがたく頼っていた。
ひとりになればなるほど考え込んでしまう自身の性格を修一はよく理解していたし、長年の経験でそうなればなるほど、ろくな考えに至らないということも知っていた。
ナイトウに相談しても良かったが、修一はきっとシンシアに対して相談すべきで、ナイトウではないのだと、根拠はないがそう感じていた。
そして問題は、何時彼女に相談しようかといったところであったが、中々言い出すことが出来ずにずるずると先延ばしにした結果、怪物の正体を知ってから三日が経っていた。
すっかり酒場の二階で目覚めることに慣れて、同じ様に階下に朝食を摂りに行った修一だったが、その日は少し光景が違っていた。
それまでは、彼が一階に降りると朝食は二人分並んでいた。朝早くナイトウと出ていくために修一の方が早かったのだ。
それが今朝は一人分しか並んでいない。店主にそれとなく訊くと、シンシアは既に出ていったという。
釈然としないまま修一も朝食を済ませ、ナイトウを待っていたのだが。
いつもと同じ時間になっても彼は現れなかった。
修一は、ここ数日の流れとは違ったことが二つも起こったことを少なからず胸騒ぎを覚えつつも、まさか仕事をおざなりにするわけにもいかずに一人先に向かうことにした。
仕事内容自体はもう頭の中に入っており支障ないのだが、問題は彼一人で全て行わなければならないということだった。
流石にキツイ、と彼がもう何度目か呟いた時、驚くべき速さでラウラが視界に飛び込んできた。
「……うわっ!」
「修一、伝言! ナイトウさんから」
「何て?」
「『悪いが今日は行けそうにない。任せていいか?』……だって」
「まじか。……なんとかするっきゃないか」
「それから、もうひとつ、あるの。……シンシアが、倒れちゃったの」
「は!? 何があった!?」
目を伏せたラウラは悲痛の面持ちで答えた。
「異能力の使い過ぎみたい……。でも意識はあって、介抱してもらえたから今は眠ってるだけだって。修一、あたし手伝うから、早くお仕事終わらせてシンシアのとこに!」
修一は拳を握りしめると作業を再開した。ラウラもその小さな身体で懸命に飛び回り、配達作業までつつがなく終わらせることに成功した。
酒場まで完了の報告に出向くと、店主には既に伝達が行われていたのだろう、直ぐに物見櫓まで向かうよう指示された。
逸る気持ちを押さえきれずに、修一は扉を開けて飛び出すように走り出すとラウラの先導に従い、一直線に櫓へ突き進んでいった。
ラウラが言った『異能力の使い過ぎ』という声が修一の脳内を駆け巡っている。彼女は無茶をしたのだろう。そこに彼女なりの理由があったからだとは思ったが、如何せん、彼女が心配だった。
酷使されている肺が悲鳴を上げている。空気がぶつかる気管が痛い。脹脛が、太腿が彼の体重をしっかりと支え切れておらず、着地する足元が頼りない。
ラウラが必死に何か言っているような声が耳に入ってくるが、自身の大きすぎる呼吸音が耳障りで上手く聞き取ることが出来なかった。
それでも彼の目ははっきりと目指すべき場所を捕えていた。




