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第32話 怪物の正体・四

 


 言い淀む彼女を慮ってか、当の本人が割り込んできた。


「その仕組みってのが、この首輪だ。修一もずっと気になってたろ」

「……はい。この中でそれをしてるのは、ナイトウさんだけでしたし」


 この場所に入ってから、今朝の配達作業も含めて色々な人間を観察してきたが、首に鉄の輪を嵌めているのはナイトウただ一人だった。

 ナイトウと、それ以外の人間の違い。彼がパッと思いつく点は、ナイトウは転移者で、他の人間はそうではない。そして、転移者が怪物になり得る存在という事実は皆が知っている。

 昨夜のナイトウの言葉がありありと蘇る。


 『これはな、転移者にとって証明みたいなもんだ。周囲の身の安全を慮れる常識人ですよってな』


 それはつまり、制御装置のようなものなのだろう。それも、暴力的で一方的な。

 『送られる』ことにならなかった修一は『幸運』という表現を使ったナイトウの真意を汲んだ修一の脳細胞は、以上の結果を導き出した。


「正確に言うなら、ここにはアイツもいるからな。俺だけってわけでもない……まあ、細かいことだな」

「そのことに触れることが失礼にあたるなら、俺はあえてこの場で訊くつもりはありません」

「いや、俺は別に気にしない」


 ですが、と口にした修一を制止して、ナイトウは強い口調で言った。


「おめえさんは知っておかなければならないのさ。このままこの世界で生きていくにはな。自分に責のないことで一方的に恨まれることもある……。相手が、お互いが、人間だからだ。その時おめえさんは思うはずだ。何故自分に怨嗟の目が向けられるのか、その謂れを知りたいと。違うか?」

「……そうです。その通りです」

「理由を知ったところで、事態は変えられないかもしれない。だが、何も知らないままでいるのは耐えられない――そう思うなら、俺の話を聞いていけ」

「……わかりました」

「と、いってもな。俺はこの忌々しい機械の構造をよく知らん。分かってるのは、内側に圧力センサがあって、閾値を超えた瞬間に致死量の電流を流す。それだけだ」


 予想していたことではあるが、修一は絶句するほか無かった。一方でシンシアも、顔を伏せている。

 彼はただ、彼の脳味噌に浮上してくる言葉に羅列をそのままに、ぼんやりと喋った。


「圧力センサがあるのは、怪物になった瞬間を計測するため……」

「そうだろうな。首周りの急激な変化、膨張を計測してるんだろう」

「無理矢理外したりも出来ないようになってる……」

「…………」

「望まれない転移者は城郭都市に送られて、命に枷をつけられる。それが……『不可解』なことだとしても召喚が継続されている答えだった」

「ああ。そうだ。たとえ死んでも外されることはない。だが、希望がないわけではない。何故転移者は怪物と化すのか? そのプロセスを明らかにしちまえばいいのさ」


 修一は、ナイトウがさも何でもないことのように発言したためにすっかり反応が遅れた。

 しかしようやく取れた肝心のリアクションは『あっけにとられる』というものであった。


「はは、間抜け面になってるぞ」

「え? あ、ですが、その。大変失礼な物言いをしてしまうんですが、それは、可能なんでしょうか?」

「どうだろうなあ。俺はこの世界に来てもう十年経つ。……落ち着いてこの問題に取り組めるようになったのは、ここ二・三年の話だ」


 ナイトウの目がふと遠くなった。過去を振り返っているのだろう、と修一は感じた。

 十年、十年か、とその時間の長さを修一は思った。

 他人の過去に軽々しく立ち入ろうとする程無神経ではないつもりだが、気になってしまうのもまた修一の本心だった。

 ナイトウは、おそらく怪物に対しては不適当な能力だと露見して、城郭都市にてあの鉄の輪を嵌められたのだろう。

 それから、おおよそ七・八年。どんな生活だったのだろう、と修一は考えようとしてふと気付く。

 ナイトウの身体は傷だらけだった。怪物と戦ってきた記憶なのだと言ったあの公衆浴場での出来事は、今更ながら重い意味を含んでいたのだ。


「解き明かすには、まだまだ情報が足りない。かと言って、転移者同士で結託するということも中々難しい」


 修一は両方の言葉の真意が気になったが、まず前者から尋ねることにした。


「発案が凡人のそれですが、情報収集の観点で言えば、城郭都市に居を構えるのが一番いいのではないですか?」

「その通りなんだがな。如何せん、俺はあの土地が嫌いでね。人が増えれば増えるほど、どこもかしこも大小嘘を吐くやつだらけになってくるんでな」


 思い至らなかった。

 前置きまでしておきながらこの体たらくとは、穴があったら入りたいとはこういうことだろう。

 修一は自身の想像力の欠如を恥じて舌を噛んだ。


「強制されてるわけじゃないが、城郭都市には今でも定期的に行かなきゃならん理由があってな。情報収集はその時にまとめてって感じだな。偽情報を篩にかけるのもその時。お陰で城郭都市にはろくな思い出がない……。その点、俺はここが気に入ってる。騙くらかし合いはほとんどないし、空気も澄んでる。何よりも転移者の俺たちを受け入れてくれた、暮らしやすい場所だからな」


 そう言ったナイトウは、照れ隠しのためにビールを呷った。


「浅薄でした。ではその、転移者同士で結託しないっていうのは……」

「それなあ……修一は、特殊能力の付け替えの話は知ってるか?」

「はい」


 修一は、胸ポケットの様子をちらりと見る。ラウラは相変わらず籠城中だ。


「付け替えるには双方が同意するか、もしくは殺して奪うかだ」


 青天の霹靂、というわけではなかった。

 あまりにも情報過多で疲労が蓄積してきた修一の脳には、『まあだったらそうなるよな』という感想しか浮かんでこなかった。


「転移者が集う城郭都市じゃ度々起こることだ」


 嫌悪の篭った声で、付け加えるようにナイトウはそう吐き捨てた。

 強奪。

 単純で至極わかりやすい手段だ。

 修一の想像に過ぎないが、この世界に喚ばれる転移者はてんでんばらばらな世界からやってきているのだろう。自身の世界での常識が通用するとは限らない。むしろ、他者の命を奪うことに何ら抵抗を示さない存在だっているだろう。ならば彼らは他者から同意を得るなどという至極手間の掛かることは選ばない。よりシンプルな方を選択するだろう。

 妙に納得してしまった自分自身に明確な疲れを自覚した彼は、二人に一度ここで話を切り上げて貰うように頼んだ。


 修一は長く息を吐いた。肩回りが凝り固まってしまっている。

 とりあえず、飲もうと思って、彼はビールを口に運んだ。

 しかし炭酸と一緒に液体の中に混じりあって、重苦しい気持ちも胃の中に溜まっていくような心地がして彼は酔うことが出来なかった。




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