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第30話 怪物の正体・二



 空気が動いたのは、ジョッキの内の一つが持ち上げられたからだった。

 ナイトウは中身を全て飲み干すと、テーブルに戻した。木と木が触れ合う軽い音がした。


「嬢ちゃんは嘘は言っていない。俺が保証する」

「ナイトウさん、そうは言っても……」

「まあ聞け、修一。もしかして、俺と嬢ちゃんが共謀しておめえさんを嵌めようとか考えてないか? そんなことしてどんなメリットが?」

「あー、例えば俺を……売り払うとか?」


 修一の返答を聞いたナイトウは笑い飛ばした。


「いや、すまんすまん。もし仮にそうだとして、おめえさんの衣服やらを新調する理由がない。売り飛ばすってことは要は奴隷扱いだ。身綺麗にしようが転移者ってだけで売値は下がる」

「なら、ナイトウさんが断言するのは別の理由があるからで……」


 そこまで言って修一はようやく気付いたのか固まった。


特殊能力(ギフト)?」

「おう。俺は噓がわかるんでな」

「腰に下げてらっしゃる袋って、関係ありますか? ナイトウさんが歩く度に何かがぶつかる音がしてるな、とは思ってたんですが」

「おめえさん、そこは鋭いな。初めて会った時から気が付いてたみたいだしな。これはな、コーヒー豆なんだよ」


 ナイトウは腰から袋を取り外して口を開いて見せた。

 修一とシンシアはそれを覗き込む。確かに扁平の茶色くなった豆が溜まっている。


「嘘を吐いてる奴からはその時にこう、独特な匂いがしてくるんだ」

「あの、それはどんな匂いなんですか?」


 好奇心を押さえられずについ修一は聞いてしまった。が、彼はすぐにそれを少々後悔することになる。


「おめえさん、ドブ川のヘドロの詰まった臭いって言ってわかるか?」

「あー……と。はい」

「鼻が馬鹿になるんでな。こうしてコーヒー豆の香りを嗅いでリセットしてる」


 これで昨日の夜、ナイトウが突然袋の中に鼻を突っ込むという奇妙な行動を取った理由に納得がいった。


「さて、話を戻そうか。修一は三週間は問題ないことがこれで証明された。極論だが、嬢ちゃんが千里眼で修一の未来を視続ければいずれその時は判明するだろう」

「一理ありますが……」


 シンシアが何か言いたげに口を挟む。

 少し言い淀んだ後、『私の異能力はそこまでよく出来たものではありません』と呟いた。

 しかし、彼女はナイトウの方をちらりと見やると口を噤んでしまった。

 それを見たナイトウは何かを察したのであろう、修一に対してかなり声を落として説明をした。


「感覚的にちょっとわかりにくい部分もあるかもしれんが、聞いてくれ。まず、特殊能力も異能力も完璧じゃない。そして才能の違いとでも表現出来ようか、能力の上位互換だって存在する。ついでに習熟度とでもいうのかね、個人の技量によっても違ってくる。だが、大まかな傾向として特殊能力の方が能力としては上だ」

「はい」

「それから、これが重要なことだ。どんな能力であろうと、弱点というか制限というか、要は欠けてる点が存在するんだ」

「そして他人に対しておいそれとは明かさないのが賢明である、ということですね」


 修一は随分とショックから立ち直ってきていた。

 この忠告は頭の隅に留めておくことにし、いざ本丸に立ち入ろうとして――止めた。


「ナイトウさん、シンシア。食事しながら話しませんか」


 二人の困惑した雰囲気が伝わってくる。

 構わず立ち上がった修一は店主に用意を頼み、ついでにビールも二つ受け取ってきた。飲み干したナイトウの分と、彼自身の新しい分だ。

 席に戻った修一はまずナイトウにひとつ差し出す。修一の意図を計りかねている空気を纏っていたが、彼は何も言わずに受け取った。

 修一はビールの残りを片付けると、ジョッキを邪魔にならないように隅へと追いやった。代わりに、新しいジョッキを手元に引き寄せる。

 そこで、店主が皿を持ってやってきた。料理の見た目は唐揚げに似ている。


「いただきます……うん、旨いですね」


 もう一つ肉を口に放り込む修一に釣られる形でナイトウも唐揚げに手をつけ始める。


「確かに旨い。しかし藪から棒に、どうした?」

「思い出したんですよ。『腹が減っては戦が出来ぬ』って言いますし。俺がこの世界に来たのは平穏な暮らしがしたいからで、もし怪物になる運命とやらが待ち構えているなら、それに抗わなきゃならない。なら、これは戦争ですよね」

「……どうやったって変えられない運命というものもあるかもしれないのに、ですか?」


 暗い表情でシンシアは反論する。


「まだ話、全部聞いてなかったからな。取り乱して済まない。全部知って、それから判断する。……ほらラウラ、いい加減泣き止め」


 修一の声に反応して顔を上げた彼女の目じりはすっかり赤くなって、鼻をずびずび啜っていた。


「よく考えてみろ。俺が仮に怪物になっちまったら、お前は怪物になった俺の側にいないといけない羽目になるぞ。俺の方から契約終了させる以外に帰る方法ないだろ。怪物が意志表示出来るとは思えないし」

「……いるわよ側に! それで修一が人を襲わないようにずっと見張ってやるんだから! 人を襲いかけたら阻止してやるわよ!」

「そのちっこい身体で何が出来んだ?」

「目潰しする」

「そういうのはやめろ。……あのな。そうなる前にどうにか契約終了させようとは考えないのか?」


 ラウラは不本意と言わんばかりの表情をして修一の顔の真正面に飛び上がって宣言した。


「そこまで薄情じゃないわ! あの契約内容を決めたのはあたしで! それを後悔なんてしてない!」


 『絶対に何が何でも目潰ししてやる』とぶつぶつ独り言を言いながら、彼女は修一の胸ポケットにごそごそと入っていった。顔を見られたくないのか、ポケットの開口部の生地を掴んで入口を閉じ、籠城の構えを取っている。

 修一は声こそ漏らさなかったが、自身の頬が緩むのを感じた。

 それを眺めていたナイトウは、シンシアに話の再開を促す。

 しかし、それを遮って修一は言った。 


「あの、ちょっといいですか? 疑問が、大きく分けて三つあります。一つは、転移者が怪物と化す論理。もう一つは、そもそもどうやって転移者が怪物になると判明したのか、その経緯について。そして最後はシンシアが前置きしていた通り、怪物の原因をわざわざ喚び込む理由です」





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