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第27話 ”バベルの塔”

 翌日の朝。

 寝付くことは出来たものの、質の良い睡眠とは言えずに修一は欠伸をしながら一階へ向かった。

 カウンター内で仕込み作業中の店主に朝の挨拶をすると、テーブル席まで案内される。朝食が二人分用意されていた。

 どうやらシンシアはまだ降りてきていないようだった。

 彼は椅子に腰を落ち着けると、先に食べているのも気が憚れたのでしばらく彼女を待ってみることにした。

 昨夜二階に上がった後、修一とシンシアはお互い会話の仕方を忘れてしまったかのようにぎこちない別れを告げてそれぞれの客室へと引きこもった。

 ベッドで幾度となく寝返りを繰り返しながら、つい『犠牲となった老婦人』のことが頭を過ぎり、『怪物の正体』について推測してはナイトウの『無理矢理にでも休め』というアドバイスに従うべく眠りに落ちる努力をする。

 それらを何度か繰り返した。


 昨夜の自分のことを振り返っている間にシンシアも姿を見せるだろうと考えていたのだが、彼女は一向に現れない。

 修一はしばし思案した後、先に朝食を済ませることにした。



***



 修一がほぼ食べ終えた頃、店の扉が開く音がした。

 修一が背後に目をやると、ナイトウが両手に大きな籠を抱えて店主に挨拶をしているところだった。

 二人はそのまま会話を始めたので、彼は後でナイトウに話しかけようと先にとにかく朝食を完食すべく皿に向き直った。

 しかし、その会話の途中で自分の名前が出たような気がして彼は思わず顔を上げてしまった。確かにカウンター内の二人は修一の方を向いている。

 彼は若干の不安を覚えて身構えるも、ナイトウはそんな修一の態度など気にも留めず、ずんずんと近づいてきた。


「おう。ちょっと付き合わねえか」

「おはようございます。えっと……どこへですか?」


 修一の疑問には答えずにナイトウは『金、稼がんとだろ』と笑うのみだった。

 彼は即座に皿の残りを口に詰め込むとコップの水でそれらを流し込み、立ち上がった。

 店主にしっかりと礼を伝えて、先に扉をくぐったナイトウを追いかける。一瞬シンシアのことが頭を過ぎったが、結局彼は何も告げずに出ることにした。


 彼が連れてこられたのはまず畑の一角で、彼はそこでナイトウの指導の元、共に農作物の収穫作業を行った。

 また、荷車の上には大小の籠がいくつも用意されており、ナイトウの指示する通りに農作物を振り分けていく。

 運動不足気味の元サラリーマン、修一は直ぐに汗だくになり身体が悲鳴を上げ始めた。情けない思いを抱えつつ、それでも修一は最後までやり切った。

 ナイトウが持参した昼食をありがたく頂戴した後、今度はこれらを各戸に届けて回るという。それに同行することになった。

 扉を開けた各戸の住人たちはまず見慣れぬ修一を顔を見て、驚いたり、眉をひそめたりと様々な反応を見せたが、ナイトウの説明で多くは納得して彼から籠を受け取った。

 無論、転移者である修一の存在は既に知れ渡っており、中には強い拒否反応を示す住人もいた。

 しかし、修一はかつての自身が繰り返してきた取引先への接待時のことを思い出して脳内は完全に仕事モードへと切り替わっていたため、かなり愛想よく対応した。

 どうにかこうにか無事に配達も終了し、荷車を畑へと戻しにいく最中だった。


「突然だがおめえさん『バベルの塔』って知ってるか?」

「神の怒りに触れて、お互い別の言語を話すことになったっていう、あの話ですか?」

「まあな。だが、俺が言っているのはもうひとつ別の意味も含んでる。……おめえさんのいた世界には、実際に建造物として存在していたか?」


 修一は俄かには信じがたい顔をして言った。


「……いえ、自分の世界にはありませんでした」

「そうか」


 ナイトウは残念そうな顔をしていた。その表情には寂しそうな感情も含まれていた。


「あの、差し支えなければどういうことなのか教えて頂けませんか」


 修一は、何故ナイトウが物悲しい表情をしているのか気になって恐る恐る尋ねた。


「俺のいた世界である日、急に海上に出現した巨大な塔のような建造物でな。塔の先端が何故か観測出来ずに大気圏で消失してるんだ。誰が言い出したのか知らんが、いつの間にかその建造物は『バベルの塔』と呼ばれ始めた。何故突然現れたのか、塔の構造はどうなっているのか、それは人々を惹きつけてやまなかった。多くの人間が塔へ引き寄せられていった。俺もその内の一人さ」


 修一はナイトウが淡々と語る内容に固唾を呑んだ。

 少し聞いただけの修一でさえ興味が湧いてきて仕方がないのだ。言うに及ばず、ナイトウがいた世界の人々はこぞって塔に殺到したのだろう。


「その塔は中も摩訶不思議な性質を持っていてな。複数人で入っても、気が付くと独りになってるんだ。手を握りあったり、ロープで身体同士を結んで入ったり、観測機器を持ち込んだりと色々な手段が用いられた。けれどどうやっても解明されなかった。一度入ったら戻れないと言うことはなく、入口から出れば出られる。内部は階層式になっているが、フロアの面積は塔の外部から観測された広さと一致しない。おまけに塔に足を踏み入れる毎に内部構造から何から変化する」

「え、入る度に違う世界が広がってるってことですか?」

「ま、そうだな。だが、数多の証言と検証を繋ぎ合わせた結果どうやらパターンは無限ではないということが判明した。年々、塔への関心は熱を帯びて、一度入って何年も戻らない――塔に狂う人間も出始める始末だった。最も、俺は途中でその塔の中からこっちの世界に飛ばされてきたもんで、今どうなってるか知らんのだがな」

「…………」

「あれは一体どういう存在だったのか、未だに忘れられなくてな。俺は、俺がかつていた世界からやってきた転移者を探してるんだ」

「その、お役に立てず、すみません」

「いや、謝る必要なんてない。俺が未練がましいだけさ」


 気が付くと、畑まで戻ってきていた。

 修一の肩を叩いたナイトウは荷車を元の場所に停めさせ、農作物の入った籠と交換に集めてきた空の籠を一つ一つ点検していった。

 その間、修一は雲の多い空を見上げてナイトウがかつて目にしていた『バベルの塔』という存在についてぼんやりと考えていた。


「よし。最後の仕上げだ」

「仕上げ?」


 幻想の中から完全に戻って来ていない修一は呆けた声でナイトウの言葉を繰り返した。

 そんな修一にナイトウは苦笑しながら言った。


「おめえさん、対価を貰うまでが仕事だぞ」


 目の覚めた修一は慌てて返事をして、ナイトウと共に酒場へ向かった。

 店主は修一の労をねぎらい、銅貨を五枚手渡してきた。

 受け取った修一が手のひらに納まった丸い金属製の感触を意識すると、つい気持ちがこみ上げてきた。彼は店主に止められる程感謝の言葉を伝え、その様子をナイトウは静かに見守っていた。






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