第26話 酒場、午後七時半
シンシアははっきりと断言した。
転移者を喚び出すのに生贄が必要であること。
そして、怪物の正体について知っているという。
ナイトウから指摘をされて明かすに至った経緯を鑑みるに、それらはこの世界では自明の理なのだろう。
修一は息を呑んだ。
「……ひとつずつ、お話したいと思います」
シンシアはそう口火を切った。
「別の世界から人一人呼び出すのにはエネルギーが必要になります。それも莫大な。そのエネルギーをどうやって用意するか? 等価交換として一番簡単なのは、同じ一人の人間を犠牲にすることです。ですが、誰を犠牲にするのか、当然揉めます。それでも怪物の脅威を理由にして『誰か』が決まります」
修一は、薄々勘付いていた。
初めてシンシアの姿を目にした、召喚士とその弟子たちに囲まれていたあの夜のことが思い起こされる。
『再召喚』
『供物』
『贄』
ヒントはあった。けれど修一は、見たくない現実から目を背けて、ただ目の前の危機を乗り越えることだけを考えていた。つまり、怪物襲撃の危機。今夜の寝床をどうすべきか。安全な場所をまず目指すことに集中すべきで、怪物と遭遇した廃屋での出来事について真実を確かめるのは先で良いだろうと。
しかし、先延ばしにしていた見たくない事実と否が応でも向き合わなければならない時がやってきてしまった。
修一は自問自答する。
ここで逃げたらどうなる? 耳をふさいで目を閉じていれば自分の精神に負担はかからない。外部からの無機質な波紋に感情を乱されずに済む。殻に閉じ篭っている方が安全な場合もあるのだ。
けれど、ここは逃げるべき場面だろうか? 否。外敵に襲われた時に殻に篭るイメージのあるカタツムリだって、中には殻を武器に攻撃に転じる種だって存在するのだ。
ナイトウが『ろくでもない世界』を表現するこの世界で平穏に暮らすための活路を見出すために、波紋に自ら飛び込んでいく決意をこの時修一は固めた。
「前に、怪物と対抗する手段を有した転移者を召喚するためだと、そう話してくれたよな?」
「ええ」
「もし、召喚された人間が怪物を相手にするのに適した能力を持っていなかったら?」
「それは……」
「俺が初めてこの世界に来て、あのいけ好かない召喚士のジジイが俺を見る目が変わった時のこと、覚えてる。『F』って単語を聞いてからだ」
「修一……」
「その後、あのクソ野郎はシンシアを呼び出した。再召喚の手続きに入るとも」
そこまで言って、修一は言葉を区切った。シンシアの回答を待つためだ。
彼女は顔を下に向けた後に大きく息を吐いて、首をゆるゆると左右に振った。
「修一の察している通りです。……そうです。私たちは繰り返すのです。更なる犠牲を積み上げて。望ましい特殊能力を持った転移者が現れるまで」
「やはりそうか。まるで、リセマラみたいだな」
「リセマラ?」
「ああ、リセットマラソンの略。要は『当たり』を出すまでやり直すんだ」
修一の例えに『その通りですね』とシンシアは顔を上げて乾いた笑いを零した。その瞳は闇に沈んでいた。
「私たちは間違っているのでしょう。怪物を積極的に排除しようとする選択肢を採用するべきではなかった。他の選択を……」
そこまで言って、シンシアは詰まった。
数秒の後、苦悶の表情を浮かべて続く言葉を絞り出した。
「けれど、怪物に襲われたであろう被害者の遺族を間近に見ていれば進言など出来ません。私の千里眼の力不足もあるのですから」
「俺の……」
修一は、その後の言葉を紡ぐことは憚られた。
彼は聞くべきか迷った。つまり、自らの召喚の為に犠牲になった人物について、だった。
修一は恐ろしかった。自分の代わりになった人間はどのような人間だったのだろうと、思い馳せるのが怖かった。
怪物打倒の能力どころか、特殊能力なしで、おまけに村を守っていた唯一の覚醒者シンシアまで巻き込んでしまっている。
彼女が村へ帰る助けにはなれても、彼には怪物を倒す手段がない。
もし。
もし消えた人間の方が周りにとって『いて欲しい人物』だったら? 修一は憎悪の対象になるのだろうか。
「シンシア、俺の……俺の召喚の為に犠牲になってしまった方は、どんな方だったんだろうか」
口に出してしまった。
彼女からの返答がどうであろうと、彼は知っておかねばならないと思った。村に着いてから憎しみの目を向けられるよりも、分かっていて村に向かっていくほうがいい。例え、その道中が余計に彼を苦しめることになるとしても。
「修一、本当に知りたいのですか? 一度聞いてしまったら、無かったことには出来ませんし、確実にこれからのあなたに重い影をもたらすものになりますよ」
「理解してる。だけど、心構え出来るなら俺はそっちを選ぶし、今は殻に閉じ籠るべきじゃない」
萌黄色の瞳で彼女は修一を見つめた。彼の決意の程を計っているようだった。修一も黙ってその瞳を見つめ返す。二人の間を沈黙が流れた。
そして、その意志が強固であると感じた彼女は彼の問いに答えた。
「我が家の隣に住んでいた気立てのいいお婆さんでした。伴侶のお爺さんを亡くされて寂しいからと、村の為になるならと、自ら志願された方でした」
「ありがとう。そうか……」
再び沈黙がその場を支配した。
シンシアは過去の思い出に耽り、修一は彼の預かり知らなかった条理と向き合い、ナイトウは無言を貫いた。
空気が変わったのは、テーブルの客たちが相次いで退店していったからだった。いつの間にか閉店時間間近になっていたらしい。
暗い雰囲気に包まれているのを察してか、店主は時刻を告げることはせずに静かに後片付けを進めている。
「……ま、今日はここまでにしとくかね」
沈黙を破ったのはナイトウだった。
「話途中だが、続きは明日の夜だ。お互い取り留めもない思考に支配されてるんだろうが、無理矢理にでも休むことを覚えとけ。今後役立つ時が来る」
修一の腕を引き上げて椅子から立ち上がらせると、二階へ続く扉の前まで引っ張っていった。シンシアもゆっくりとテーブルから離れると、店主に声を掛けてから修一の後に続いた。
修一は重い足取りで階段を踏みしめて上がった。二階に辿り着くとゆるく頭を振ってから、今はナイトウの言葉に従おうと客室の扉を開いた。




