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第24話 酒場、午後六時

 案内されたのは酒場だった。

 ナイトウは修一たちに入口脇で待機するように言い残すと、カウンター奥で作業をしていた髭を生やした男と話をし始めた。

 修一は手持ち無沙汰なので周囲を観察する。

 入口脇左手に、金属製の丸い取っ手がついた扉が一つ。勝手に開けるわけにもいかないので眺めるだけに留める。

 座席はカウンター席が五つ。四人掛けのテーブルが五つ。

 入口正面に、まずカウンター席があり、壁沿いに酒瓶が並んでいる。数本の酒瓶には首にそれぞれ色の違う紐が結ばれている。常連客のキープボトルだろうか、と修一は思った。

 カウンターに客の姿はないが、テーブルは既に四つが埋まっている。それぞれの卓で、湯気を立てる料理を囲みながら男たちが酒を飲んでいた。時折陽気な声が上がっている。

 入口から対角線を結んだ先には扉が一枚見える。修一が見ていると、丁度一人の男が出てきて、その後テーブル席について飲み始めた。おそらくあの扉の先に手洗い場があるらしい。


 ナイトウはすぐに戻ってきた。

 修一たち二人を空いていた最後のテーブルに案内すると、そのまま腰を降ろした。二人も言われるがまま腰掛ける。

 机上にはメニューや調味料の類は置かれていないのでどうしたものかと修一は思案したが、杞憂に終わった。

 ナイトウが先程カウンターで話し込んでいた、おそらく店主の男に手を上げて合図をするとすぐにビールが三つ運ばれてきた。

 そして棒状の肉料理と皮つきのフライドポテトも提供される。湯気が立っている出来立ての料理だ。食欲をそそる香りが立ち込めている。

 木製のビールジョッキを掲げてナイトウは『乾杯!』と威勢よく宣言した。修一たちも合わせてジョッキを軽く触れさせる。

 修一はそのまま口をつけて喉奥に一気に流し込んだ。ホップの苦味が口腔内に広がり、炭酸が舌を刺激する。つい先日会社の――おそらく無断欠勤で元会社になるであろう――飲み会でしこたま飲まされた筈なのに、ビールを飲むのはひどく久方ぶりな気がした。

 運ばれてきた肉料理は、粗引きの挽肉にバジルなどのハーブを混ぜ合わせて焼き上げた品で黒胡椒がたっぷりと仕上げに振りかけてある。見た目は皮のない焼いたソーセージといったところか。

 一口噛むと肉汁の旨味が一気に溢れ、続けてハーブの香りが鼻を抜ける。焼きたての香ばしさの後に仕上げの黒胡椒が全体の味を引き締めていた。

 肉とビールを交互に口に運ぶ修一の姿に、ナイトウは満足そうな笑みを浮かべた。


「旨いだろ、この店」

「はい。ありがとうございます」


 答えられる状態にない修一の代わりにシンシアが礼を言った。


「ちなみに今晩の宿だが、ここの二階だ。宿はここしかないんでな」


 ナイトウは建物入口脇にある扉をフォークで指し示した。修一が手持ち無沙汰に観察していた扉はどうやら二階に続くもので、上がった先が客室になっているらしい。

 修一とシンシアはカウンターで別の料理を作っている店の主人の元へと挨拶に立った。

 主人は物腰柔らかに『店は八時には閉店するから、それからはゆっくり休めるだろうから』と言った。


 主人が手渡してきた別の料理の皿を手に、修一たちはナイトウが待つテーブルへと戻ってきた。

 

「お、次は煮込みか。これを食いつつ、そろそろ本題に入ろうかね」


 修一の背筋が伸びる。温かい食事とビールでつい忘れていたが、これは対価なのだった。一体どんな問いが飛んでくるのか、修一は勿論のことシンシアまで険しい顔で待ち構えている。

 そんな二人の表情を見て、ナイトウは初対面の時のように豪快に笑った。


「そんなに身構えなさんな。俺は尋問したいわけじゃねえ。無理矢理聞き出した情報を取り扱うのは検証が面倒だし、なにより気分が悪くなることが大半だ」

「……ナイトウさんは、ご自身がかつていた世界と、この世界について知りたいと、そう仰っていましたね?」

「その通りだ」

「自分も、そう思っています。この世界について知らないことが多すぎる。そして、知っておいて損する情報はないと、そう思ってます」

「損する情報はない、か。果たして本当にそうか? 例えば、俺の此れがそうだろう?」


 修一を見ながらナイトウは自嘲気味に笑って、自身の首を取り囲む鉄の輪を爪先で叩いた。

 しかし、修一はナイトウが察するところを掴めずに曖昧に首を傾げる。


「何だ、嬢ちゃんから訊いてなかったのか」


 ナイトウは煮込み料理の具の根菜を口に運びつつ意外そうな顔をした。


「これはな、転移者にとって証明みたいなもんだ。周囲の身の安全を慮れる常識人ですよってな」


 修一は理解が追いつかない。

 助けを求めるようにシンシアの顔を窺うが、彼女の表情は凍り付いており、ますます混乱は募るばかりだった。

 状況に全く追いつけていない修一と、感情が消えたかのようなシンシア。

 二人の様子から嫌な予感がしたナイトウは話をそもそもの始まりへと、軌道修正することにした。





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