表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/47

第22話 交渉事

 それからのナイトウの行動は素早かった。

 彼は広場に面したある一軒の建物の扉を開けると、迷いなく入っていった。そして戸惑う修一たち二人にも中に入るように促す。

 入口正面の壁際にはトルソーとマネキンが並んでおり、その左横には作業台らしきものが目に入る。さらにその横には、修一の背丈程もある布のぎっしりと詰まった棚。

 ナイトウが声を掛けると、奥から白髪混じりのエプロン姿の女性が顔を出した。

 てきぱきとした動きで修一の身体のサイズを計ると、軽く頷いて壁際に設置されている別の棚へ向かった。

 ただ周囲を見回していただけの修一はあっという間に下着含めた上下一式を用意され、トレッキングシューズまで購入する流れになっていた。

 彼は靴だけは革靴で問題ないと固辞したが、結局シンシアに押し切られてしまい頭を抱えることになった。

 なんせ彼は無一文である。仕方のないことではあるのだが、シンシアに頼りきりの状況に情けなさが溢れた。

 彼はタイミングを図ってシンシアに、この場所に少々留まって路銀を稼がせて貰えないか提案する決意を固めた。

 せめて自身にかかる費用は自分で負担出来るくらいに、彼は自立したかった。

 

 一念発起する修一をよそに、ナイトウは次の場所へと向かおうとしていた。


「ちょっと待って下さい。シンシアが、まだ……」

「嬢ちゃんはこの世界の出身だろう。見たところ旅自体にも慣れている。これから向かう場所の説明はしておいたし、一人で問題ないだろう」


 店内へ戻ろうとする修一の腕をがっちりと掴んで離そうとしない。修一は諦めて半ば引きずられる恰好でナイトウの後をついて行った。

 しかしどうしてもシンシアの安全に懸念が残る彼は、何か策は打てないものかと考えて、閃いた。

 ナイトウの隙を見てラウラを内ポケットから引っ張り出し、シンシアの方を小さく指さした。

 彼は指さしただけにも関わらず、ラウラは何も言わず、更には音も立てずに一瞬で上昇して姿を消した。思ってもみなかった彼女のスピードに、彼は目を丸くした。少し彼女のことを見くびっている節が、彼にはあった。

 けれど後はもう彼女に任せる他ないのだから、と、修一はラウラが飛んで行った空を見上げた。


 そうして連れてこられた次の建物の中で。

 修一はナイトウと並んで公衆浴場の湯舟に浸かっていた。

 ごく軽くとろみのついた湯が皮膚を潤し滑り落ちる。硫黄の匂いが鼻腔を満たし、湯加減も丁度良い塩梅だ。顔に血色が戻ってくる。修一は無意識に安堵のため息をついていた。

 その一方で、何故つい先程知り合ったばかりの男と二人で入浴しているのか自問自答していた。


「いや、風呂には入りたいと思ってたしありがたいことなんだが」

「おめえさん、今は考える時じゃない。湯を楽しむ時間だぞ」

「あー……はい」


 ナイトウのいう通り、湯舟に肩までじっくりと浸かっている内に、それが気にならないくらいに、もっと付け加えて言うならば、この世界に来て初めてと言っていい位リラックスし始めていた。

 縮こまった手足を湯舟の中で存分に伸ばし、ついでに足首からふくらはぎ、ふとももにかけて順番に揉みほぐしていく。

 湯気で見えなくなっている天井を見上げて『極楽』と素直に修一が漏らしたとき。


 改めて目に入ってきたナイトウの身体は年齢を感じさせないくらいに引き締まっており、そして傷だらけだった。黒い機械の輪も、首に取り付けられたままだった。

 つい凝視してしまっていた自分に気が付いた修一は、手のひらで湯を掬うと、顔にかけて誤魔化そうとする。

 その様子を見たナイトウは、なんてことないといった顔で自分から話題にした。


「おう。気になるか?」

「……すみません。失礼な真似をしました」

「はは、気にせんよ。これは怪物らと戦ってきた、俺の記憶だからな」

「え、怪物と戦って……!?」


 ナイトウの言葉を修一は信じることが出来ずに聞き直した。

 けれど彼はそれ以上語ろうとはせず、突然話題を変えた。


「おめえさん、俺には俄かに信じがたいが……特殊能力なしなんだろう。紙片(アレ)は個人が持てる能力以上のものを外部から与えられた者に反応するように出来てる」

「…………」


 修一の沈黙を肯定と受け取ったナイトウはそのまま続ける。


「それに服屋から出た後に懐から小さい生き物を逃がしたな。ありゃ何だ? 嬢ちゃんの異能力じゃない。あの状況でおめえさんの方から逃がしてる。嬢ちゃんがあそこで引き戻す明確な理由がない。そのままつけておくべきだ。それにおめえさんが大事に抱えてたあの機械の板……。城郭都市でなら存在しそうだが、おめえさん自身は城郭都市に行ったことはないはずだ。いつまでも転移者丸出しのあんな恰好したままでいたあたり、こっちに来て間もないだろ?」


 質問らしきものと独り言が入り混じった会話にどう答えたら良いのか分からず、結局修一は黙っていた。


「雄弁は銀、沈黙は金」

 

 ナイトウはにやりと笑う。


「さて、若いモンを見るとつい語りたがるのがオッサンの悪い癖だ。悪いな。まあ一つづつだ。おめえさんは特殊能力なしか?」

「確かに自分に特殊能力はありません」


 慎重に、修一は返答した。そしてナイトウが口を開く前にすぐさま質問し返す。


「単刀直入に聞きますが、何が目的ですか?」

「俺はただ知りたいだけさ。自分がかつていた世界のこと。今いる世界のことを」


 意外にも、ナイトウは修一の疑問に回答を寄越した。それが本心なのか、彼には判別付きかねたが。

 彼が追加の質問内容を考えている隙を突いて、今度は自分の番と言いたげにナイトウが問いを発する。


「さて、二つ目だ。逃がしたあの生き物はなんだ?」

「……厚かましいお願いですが、今夜の宿と飯、俺とシンシアの二人分用立てて貰えるなら続きを答えます」


 口に出した後で、修一は後悔した。いくらなんでも虫が良すぎる。

 しかしナイトウは彼の予想とは裏腹に豪快に笑い飛ばした。浴場内に声が反響する。

 修一は驚いてナイトウの方に向き直った。湯舟のお湯が跳ねて、音を立てた。


「ははは! いい度胸だ! それくらい強かじゃないとこの世界やってけない。交渉成立だ!」


 彼は修一に向かって手を伸ばした。交渉成立の握手のつもりなのだろうと受け取った修一は、しっかりとその手を取った。重い感触のする手だった。

 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ